本記事は、私が事務局をしている「観光地マーケティング研究会(http://cs-t.jp)」のMLに投稿したものです。(一部、アレンジしています)
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以下の記事が目に付きました。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0901/28/news115.html
これは、感覚的なことでしかありませんが、本屋に行けば、日本のアニメ、漫画のコミックスなどはありますが、ケーブルテレビをザッピングしていても、日本のアニメにぶつかったことはありません。まぁ、その手の番組は夕方放映で、その時間は、大学にいるということも多いのでしょうが、おもちゃコーナーでの品揃えなどを見ても、かつてほどの勢いでは無いと感じています。(ここオーランドは、圧倒的にディズニーが強いということもありますが)
いずれにしても、私は、この分野については門外漢なので、市場がどうなっているのかについては全く解りませんが、この記事を読んでいて、以前読んだ「ライブパフォーマンスだけはダウンロードできない」という記事を思い出しました。
http://www.google.co.jp/search?q=%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%91%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%81%A0%E3%81%91%E3%81%AF%E3%83%80%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%89%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%81%AA%E3%81%84&lr=lang_ja&ie=utf-8&oe=utf-8&aq=t&rls=org.mozilla:ja-JP-mac:official&client=firefox-a
これは、ある意味、当たり前の話ですが、実際にこうしたモデルを実現するには、単にライブを多くやればよいということではなく、CD・DVDを通じて得られる経験よりも、圧倒的な経験をライブパフォーマンスにて提供する必要があります。なにせ、費用はかかるし、時間もかかるし、チケット購入から会場への移動など手間もかかるのですから。
こちらの大学で話を聞いていると、時代の変化、とくにテクノロジの変化についての意識を持つことが強調されることが多いです。
我々が絶対だと思っている価値観や環境が、実は、何かのテクノロジの誕生によって、大きく変わってしまう可能性があるということですね。
その中で、本質的な価値を持ち続けられる部分は何なのか。変化によって新たに価値を生み出す物はなんなのか。そして、その価値を最大限に活かしていくためにはどうしたらよいのか。そういうことを考えて行かないとならないということです。
さて、観光の領域は、それこそ「ダウンロードできない」領域が多くを占めますが、CD・DVD 対 ライブパフォーマンス
の対応のような圧倒的な体験を与えられているのかといえば、残念ながら、疑問の部分も多いのではないでしょうか。
例えば、数年前、沖縄の離島を対象としたドラマが数本作成され、この影響で、沖縄は「まさに毛細血管が膨らむかのように離島便の旅客数が増大(談:沖縄の航空会社マーケティング担当者)」しました。ただ、そうやっておとずれた人々が、ドラマ以上の体験を、離島で行えたかと言えば、正直、疑問です。ふらっと訪れたところで、地元の人と密なコミュニケーションが出来るわけではありませんし、道を歩けば暑さでへばり、バスなどの公共交通機関は脆弱で、海に入ろうにもシャワーやトイレなど整備されていないのですから。
本来は、そうした不便さも含めて「沖縄の離島」なのですが、ドラマの追体験という視点から見れば、むしろ、来訪せずに、ドラマに見入り、写真集やCDなどを揃えていく方が快適な経験となりましょう。つまり、ダウンロードできるコンテンツの方が、多くの人にとって魅力的な存在となってしまっているのです。
ここオーランドで展開されているコンベンション、MICEは、まさしく「ダウンロードできない」経験をいかに効果的に実施するのかという部分が重要になっていますし、WDWを初めとするテーマパークは建物や映像、音響などを高度に組み合わせることで、伝えきれない、ダウンロードできない経験を圧倒的な質感と量で提供しています。
それでも、仮に、テクノロジが発達し、企業の会議室でそこに相手が実在するか否かを全く意識しないでも会話が出来たら?
自宅でテーマパークと同様の体験ができるようになったら?
おそらく、より高度な次元において「本物の経験とは何か」が議論され、対応がすすめられていくのでしょう。

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