羽田空港の拡張に合わせて、マレーシアのエアアジアが羽田空港への就航を決めた。
エアアジアのようなLCCは、「安さ」が目に付くが、私は、それは単なる表面上の事象であろうと思っている。
LCCの本当の強さは、事業の源泉は、ファイナンス力だろう。
簡単に言えば、事業に必要な資金を、いかに柔軟に調達していけるのかということだ。
例えば、エアアジアでは、A320を現在51機所有しているが、2015年までに100機を追加発注している。
一気に3倍の規模に広げるわけだ。
さらに、エアアジアに限らず、LCCは、レガシーキャリアよりも機材の稼働率が高く、かつ、整備要員なども限定されているのに、安全性が高い。こうしたある種の矛盾は「機材が新しいから」という理由で説明できてしまう。
すでに運行実績が長い機材(前述のA320は、すでに20年以上の運行実績)の最新型は、重大事故に結びつくような欠陥はほぼ存在しないし、故障率も低く、整備計画も単純化できることが期待できるからだ。
が、最新機材というのは、当然ながら「高い」。それを短期間に大量発注するということは、普通は出来ない。
事業活動の中で、利益を捻出、それを数年、数十年にわたって積み重ねて、「再」投資を実現していくというのが普通の考えだからだ。
これに対し、LCCは、事業のモデルに投資させる、すなわち将来性に投資をさせる。現在の事業の規模ではなく、可能性というある意味「無限大」の存在を対象に資金が集まるのだ。それによって、従来の発想、当たり前のモデルを大きく逸脱した事業を実現するわけだ。
バブル期は、土地を担保に資金調達が可能であり、その土地の価値が跳ね上がったことが、多くの事業者が従来にはない規模、発想の事業に取り込めたことを想起して欲しい。潤沢な資金は、事業モデルそのものを大きく変革する呼び水なのである。問題は、バブル期に高まった資金調達力は、各事業者の取り組みの結果ではなく、社会という他者が生じさせたものであり、当事者の資金活用力は相応のものとはならなかったことにある。
言ってみれば、LCCというのは、お金持ちにしか出来ないモデルなのだ。LCCが貧乏くさく見えるのは、提供サービスがそのようにデザインされているからに過ぎない。
冒頭で表面的な事象と述べたのは、こうした理由からだ。
こうしたモデルは、レンタカーや、ホテルなどでも同様に見ることが出来る。近年のレンタカーは、車両は需要に合わせて柔軟に調達、切り離しが自由に出来る存在となっているし、ホテルも所有と経営・運営分離が進むことで、短期間での大量出店が可能となっているからだ。東横インなどは、ホテルを土地オーナーに造らせて、それを長期リースすることで、身軽な経営を可能としている。
古典的に、経営資源は、人材、設備、資金などに整理できるが、このうちの資金は、レバリッジが効くようになり、人材や設備とは別次元の動きを示すようになっている。
こうした中で、従来型の資金調達、管理の枠組みでは、勝ち目がないことは明らかではないだろうか。

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