Discussion of Destination Branding.

多能工では解決できない生産性問題

現在、「日本のリゾートを変革してくれるのではないか」という期待を集めているHリゾートがある。
私は、このHリゾートによる「当たり前」の取り組み、教科書通りの取り組みに、とても共感を覚えているし、「普通に当たり前の事を実践すれば、こうやっていけるのになぁ」とも感じている。
ただ、教科書通りであるが故に、教科書にはない「独自な取り組み」については、少々、迫力不足というか、「うん?」と感じることも多い。
その代表例は、スタッフを多能工にすることで、生産性を上げようというものだ。
これは、簡単に言えば、フロント係が、忙しい朝のチェックアウト後には、客室の掃除を手伝ったり、厨房を手伝ったりというように、様々な仕事を時間によって変化させながら、対応していくというものである。
実は、こうした取り組みは、Hリゾートが買収したAリゾートが、買収前に「効率化」「生産性向上」のために、実践していたものであり、別に、Hリゾートオリジナルではない。
買収以前のAリゾートのように、売り上げが減少する中で、固定化し、効率性が低下する「人的資源」を有効活用するという「多能工化」は、有意義な取り組みであったと思う。多能工化することで、他セクションと交流することは情報共有、現状の正しい認識にも繋がるし、なによりも、そうした「沈み浮く船」に残っている船員達は、それまでの経験値も高く、モチベーションも高いからである。そうした人たちが、「多能工」で動くことで、全体に漂う閉塞感を払拭し、「前」に進む力を組織全体にもたらすことは大いに期待できる。
実際、その後、法的整理され買収されることになったとはいえ、当時、私が行ったヒアリングでは、そのAリゾートは、減価償却前利益では黒字となっていた。つまり、当初の過大な投資そのものが、破綻の原因であり、現場の運営では多能工化を初めとする取り組みが実を結んでいたのである。
では、なぜ、その「多能工化」が問題なのだろうか。
それは、多能工化を進めることは、「人的資源にかかるリスク」を増大させることになるためである。
当然ながら「人」というのは、個人差が大きい。とても優秀な人も居れば、そうでもない人も居るのである。
さらに、ホスピタリティ産業の場合、スタッフの能力は絶対的な指標で決定されるものではなく、顧客との関係で決まってくる。例えば、物販業において、店員に声がけしてもらいたい顧客もいれば、それを望まない顧客も居る。それも、Aという顧客がいつも求めるものが同じとは限らない。体調の変化や、プライベートな事情による感情の起伏だってあるだろう。
そうした不確実性の高い要素を様々に有する「人」が、「人」にサービス提供するのだから、この組み合わせで生じる振れ幅は、非常に大きなものになる事は容易に想像できる。こうした「誤差」は、経営上、多大なリスクである。
「多能工化」を進めるというのは、こうしたリスクをさらに、高める事になる。
多能工であり、かつ、それぞれの要素で振れ幅(誤差)が小さいという「優秀」な人材を、多量に揃えることは現実的ではないからだ。
某TV番組で、Hリゾート社長は、「皆が女将のようになる」と発言していたが、女将は、いろいろな意味で「選ばれ」「教育され」た一部の人材であり、しかも、それなりのステータス、収入という見返りを得ることが出来る存在である。
すなわち、優秀な多能工は、在野においてはごく少数であるということは、容易に想像できるだろう。教育(人材育成)によって、ある程度の水準にまで育て上げることは可能であろうが、その人材育成コストは低くない。時間も必要である。
さらに、そうした優秀な多能工には、その優秀さに見合う給与を支払う必要もある。また、その多能工が辞めてしまった場合、すぐに替わりを調達できないため、要員計画にそれなりのバッファを設けておく必要もあるだろう。
つまり、安易に多能工化を進めれば、それは、多大なリスクとなっていくし、かといって、多能工をシステムとして確保し育てていこうとすれば、人件費に跳ね返っていくことになるのである。
ではどうするのか。Hリゾートはどうしたいのか。
おそらく、私が指摘したようなことは、Hリゾートも認識しているハズである。
その上で、「多能工化」について、マスメディアに露出するのは、「新しいことをしている」「変革している」ということを、投資家や顧客達にアピールする意図があるのだろうと私は思っている。
その上で、Hリゾートとしては、「多能工」でも経営が維持できるモデルは、いわゆる「高級旅館」に焦点を絞っているのだろう。
高級旅館は、その宿料の多くを建物や設備費ではなく、人件費に回すことが可能であるからだ。
簡単に言えば、リッツカールトンの日本版である。
確かに、それなら、モデルは組めそうな気はする。
しかし、リッツカールトンは、実は、マリオットグループにとっては「お荷物」的な存在でもある。早い話、収益が悪いのである。
だからといって、Hリゾートもそうなるという訳ではないが、「簡単ではない」ということは確かだろう。
ところで、問題なのは、実のところ、Hリゾートではない。Hリゾートは、ある意味、確信犯であるから、外野の私が、どうこういう話では無い。
私が危惧するのは、他の経営者達が、本来、高級路線でなければ成立し得ない、多能工というモデルを安易に採用し、自施設の仕組みを変えることなしに、従業員の「がんばり」に期待することである。
むしろ、「人」というリスクを、最小限に抑える仕組みについて、カラオケ業界や商業施設、海外のバリュークラスホテルなどから学ぶことの方が汎用性があると思うのだが。さて。

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