観光振興の仕事をしていると、定期的に遭遇するのが「○○観光」「○○ツーリズム」というキーワードです。

この「○○」は、いろいろな種類があるのですが、その源流は(私の知る限り)1990年代中頃に出てきたエコ・ツーリズム、グリーン・ツーリズムにあります。

これらは、もともと、バブル景気の中で、山間部や農村部も「観光」の領域に取り込んでいこうという意図から始まっていますが、皮肉なことに、その後の、バブル景気の崩壊によって、大型のリゾート施設やテーマパークの失速が見え始めると、大規模な集団的(マス)な観光に対するアンチテーゼ的な存在として、取り上げられるようになります。

高度成長期のレジャーブームが、その終焉後、国鉄のディズカバージャパンと合わせアンノン族による地方都市探訪に注目が集まった構造と似ています。

これらの現象、マス・ツーリズムを代替していくオルタナティブ・ツーリズムとされます。つまり、均一的で大規模な市場(需要)を持つマス・ツーリズムが、加熱しすぎたことで瓦解したことで、その代替として、それまで、あまり注目されてこなかった「ちょっと変わった」需要が注目されるという構造にあります。

オルタナティブ・ツーリズムの提唱

2000年代に入り、ネットの普及、航空の自由化によって個人旅行が主体になっていくと、マス・ツーリズム自体が下火となっていき、観光需要は多様化、細分化していくことになります。それに伴い、様々な「○○観光」「○○ツーリズム」が生まれていくことになりました。産業観光、産業遺産観光、文化観光、まちなか観光、都市観光、スポーツ・ツーリズム、アニメ・ツーリズム、フラワー・ツーリズム、ジオ・ツーリズム、ガストロミー・ツーリズム、そして、アドベンチャー・ツーリズムなどなど。

マスに対するオルタナティブという要素が薄れ、個々の観光需要が独立的に存在するようになったことで、これらは「形容詞観光(Adjectival Tourism)」と称されるようになります。

形容詞観光が指す観光需要の多くは、実際に顕在化している観光客の行動や目的を、マーケティング調査によって区分(セグメンテーション)し、一つの独立した市場として普遍化し、それをわかりやすくラベル(○○ツーリズム)を付けたものとなります。

この辺の「プロセス」は、定量的なマーケティング分析をしている人達にとっては、極めて普通の取り組みです。例えば、キリンビールの牙城を崩したアサヒのスーパードライは「ドライ」というラベル付けによって、それまで隠れていた「辛口好き」の愛飲家の獲得に成功しました。対するキリンビールは、「ドライ」という概念が顕在化した市場において、自身のビールが好きな人達の志向が上品な味わい=淡麗にあることを明らかにし、「一番搾り」というラベル付けによって、アサヒビールとの差別化、棲み分けを行うことで、ポジションを安定化させました。

ただ、こうした定量的な分析においては、あらかじめ仮説が必要となります。ビールの例で言えば、そもそも「ドライ」という概念を調査に組み込まなければ、そこに需要があることはわかりませんでした。その意味で、新規市場の発見には、提供者が、現場を観察する中で、「これは!」と思う直感が重要となります。その直感から仮説が設定され、定量調査によって、それが確認され、事業化されるというのが通常のプロセスです。

形容詞観光はニッチ市場

ここで、認識しておくべきことは、形容詞観光は、基本的に「ニッチ市場」であるということです。前述のように、世の中で、これまで認識されていなかった/名付けされていなかった需要(行動)を切り出し、ラベル付けをしたものですから、市場が大きいはずが無いのです。市場が大きければ、「新しく発見」されることはないからです。

また、ラベルの普及が不全であると、形容詞観光として確立されません。例えば、北海道のトマムリゾートでは、早い段階(=星野リゾート以前)から「ガンガン、スキーをやらない人達」を対象としたマーケティングを標榜していましたが、商品流通においては「北海道スキー」として一括にされていたため、その取り組みは認知されず、トマムの市場での位置づけを確保することはできませんでした。仮に、2000年代のトマムが、メディアを動かすだけの資力やネットワーク力があれば、一つのジャンルを確立していたかもしれません。

他方、市場が小さければ形容詞観光なのかと言えば、それも違います。例えば、私はスキューバダイビングをしますが、この市場は、(国内では特に)極めて小さい。とても「彼女が水着にきがえたら」時代の華やかはありません。が、ここに今更、ラベル付けを行ったら形容詞観光となるかと言えば、否です。市場が小さいものの、スキューバダイビングという活動自体は、多くの人が認知しており、サービス提供する事業者も多く存在する市場だからです。スキューバダイビングを再興するには、おそらく、一度、スキューバダイビングという言葉を捨てるくらいの構造変化が必要でしょう。

このように、「そこに需要の種火が存在しており、新たなラベルが付けられることで、確固たる市場セグメントが確立される」というのが形容詞観光であり、これはニッチャー戦略そのものです。

競争戦略としての形容詞観光

競争戦略には4つあります。リーダー/チャレンジャー/ニッチャー/フォロワーです。

強者はリーダー、チャレンジャーを展開し、弱者はニッチャー、フォロワーとなるというのが基本ですが、その裏返しとして、リーダー、チャレンジャーは、大きな市場を取り込んでおり、ニッチャー、フォロワーは、そのおこぼれとなる市場を対象としています。

多くの場合、形容詞観光を確立するのは弱者です。弱者は、もともと観光客数が少ないですから、フォロワーから脱出し、ちょっと目立つだけでも、十分に多くの観光客を取り込むことが出来るからです。逆に、強者においては、既存の観光で十分な量が取れていますから、敢えて、新しい需要にミートしていく理由は乏しい。

つまり、全体市場の隙間「ニッチ」な需要に、弱者地域が新機軸で取り組む(ニッチャー戦略)ことで、形容詞観光の果実を得ることが出来ます。

ただ、ここで矛盾が生じます。その形容詞観光に対する認知が高まってしまうと、ここに参入する地域・施設が増えてくるということです。

市場規模が小さいのに、新規参入が増えたら、どうなるか。本来、ブルー・オーシャンだった市場が、一気に、レッド・オーシャンとなり、死屍累々…となります。特に、リーダー、チャレンジャークラスが、その市場に参入してくると、ニッチャーは、ひとたまりもありません。

例えば、エコ・ツーリズムは、最初期の形容詞観光の一つですが、概念の導出から四半世紀がたった現在「エコ・ツーリズムと言えば?」と想起される地域は、北海道や富士山周辺など、リーダー/チャレンジャークラスです。かろうじて小笠原や屋久島は、ニッチャー・ポジションを維持していますが、これは、地勢的な隔離システムが強力であったためでしょう。

ここで留意したいのは、エコ・ツーリズムという需要が無くなったわけでは無いということです。むしろ、環境志向の高まりは、その需要を底支えしていると考えることが出来ます。が、エコ・ツーリズムを標榜することで、一定の集客が出来る地域は、ごくわずかであることも確かです。

これは、リーダー/チャレンジャークラスの地域が対応した事によって、差別化要因にならなくなったためです。すなわち、強者による「同質化戦略」です。もっとも、強者地域は、弱者を潰そうと、積極的に同質化戦略をとったのではなく、「今後の流行りはこれですよ」と多方面から言われ、そこに取り組む支援も出ることで、対応を進めたというのが実際のところです。

ブランド確立できるのは3〜5

また、ブランド論から見れば、一つのジャンルに許される座席は、3〜5つ程度(ブランド想起)とされます。これを、形容詞観光に当てはめれば、何かしらの○○観光に紐付けされる地域は3〜5が限界です。

形容詞観光によって、ラベルが付けられたことが、概念の普及拡大につながる反面、言葉として消費されていくことで、コモディティ化していく運命となるわけです。

これは、「○○観光」のロールモデルとなるような地域は全世界でも片手くらいしかなく、かつ、10年、20年経っても変わらないことを考えれば、納得でしょう。

こうしたことを考えれば、そもそも、形容詞観光を「横展開する」ということが、競争戦略上、矛盾した行動であることがわかります。形容詞観光は、ニッチャーによる弱者の戦略であり、ゆっくりと市場を育てつつ、強者が入ってこれないような(=容易に同質化戦略を展開できないような)取り組みを進めていって、ポジションを確立していくことが求められるものだからです。

政府の立場としても、今後、特定の形容詞観光において世界的な需要を取り込む(デスティネーションとなる)ことを目指すなら、特定地域にリソースを集中投下し、隔離メカニズムを確立する方が理にかなっています。

供給で需要は増やせない

過去の取り組みを見ても、供給によって需要を増やすことは出来ません。需要は、顧客側の経済要因に大きく依存しているためです。

よって、観光市場は、全体としてゼロサム(場合によってマイナスサム)です。

これは、形容詞観光においても同様であり、新しい○○観光という概念が出てきたとしても、それによって、市場規模が純増するわけではありません。そのセグメントが増えれば、どこかが減っていると考えるのが合理的です。

つまり、形容詞観光はフロンティアではなく、他の観光同様に競争的環境に支配されるものです。

よって、特に、弱者地域が、形容詞観光をフォロワー戦略として展開することは避けるべきでしょう。経営資源量からいって、とても勝ち目はありません。フォロワー戦略を展開するなら、マス・ツーリズムに近い温泉や食、自然や文化を主体にすることのほうが、一定の需要獲得につながるでしょう。

敢えて、弱者地域が、形容詞観光を含むニッチャー戦略に取り組むのであれば、まずは、自地域が持っている資源と、これまで獲得してきた顧客群について振り返り、整理することが重要となるでしょう。顧客群の中には、必ず、その地域を気に入ってきてくれている人達が存在しているからです。彼らが、何を嗜好しているのかを知ることが、ニッチ(隙間)をこじ開ける鍵となります。

つまり、ニッチャー戦略の鍵は外部にあるのではなく、内部にあるのです。

観光というのは、フランチャイズの権利を買うように、資金を投入し、ある形式を満たせば、一定の成功が保証される…という世界ではないということは認識しておくべきでしょう。

このへんは、私の自戒を込めて…ですが。

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「形容詞観光への取り組み方」に1件のコメントがあります

  1. いつも勉強になる投稿を頂きありがとうございます。
    地域を気に入ってくれている顧客(セグメント)に分け、どの資源に対し顧客が集まっているのかを開発する。その資源で絞り込みナンバーワン戦略をとり、リーダーが入れない競争優位性を確立することが、大切であると理解しました。次回の投稿も楽しみに待っております。
    引き続きよろしくお願いいたします。

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