社会は相対性で成り立っている

 

観光まちづくりなどの議論をしている中で感じることが多いのは、「自分ではない人達」に対する認識の弱さである。

例えば、観光まちづくりは、単純な「まちづくり」と異なり、観光客(来訪者)が居ないと成立しない。その観光客は、余暇に使える時間や費用には限界がある。端的に言えば、宿泊観光旅行は国民の半分しかしていないし、その回数も1〜2回程度でしかない。

だから、人々は自分の時間と費用を使って訪問する地域を、真剣に選ぶ。
場合によっては、旅行自体を取りやめ、他の余暇活動を選択することもあるだろう。
つまり、市場は有限であり、どこかが市場をとりこめば、どこかが市場を手放すというゼロサム状態にある。

ゼロサム状態で、自分の地域が、旅行先に選ばれたのは、他の旅行先や余暇活動との「相対的な関係性」の中で、その観光客にとって魅力的であったという事になる。これは喜ばしい事であるが、その魅力の高さは相対的なものであるから、他の旅行先や余暇活動事業者の取り組み次第によっては逆転されてしまう場合もある。

ここで重要な事は「他の旅行先」や「余暇活動事業者」の行動を我々がコントロールすることは出来ないと言うことである。

例えば、自地域で、集客のてこ入れに大量の来訪が見込まれるイベントを実施しようとしたとする。
ただ、競合する「他の旅行先(他地域)」も同様のイベントを、同時期に開催するとなったらどうか。イベントによる集客効果は相殺され、集客効果は大きく低下してしまい、場合によっては、費用をかけたのが「ほとんど無駄」になってしまうかもしれない。

これは「他の旅行先」にとっても同様の状況である。

すなわち、自地域の行動と他地域の行動の組み合わせによって、その効果は異なる事になる。

  1. 自地域も他地域もイベント実施しない −> 集客効果は生まれないが開催費用負担もかからない
  2. 自地域だけイベントを実施する −> 他地域の客も取り込み、大きな集客効果が得られる
  3. 他地域だけイベントを実施する −> 自地域から他地域に人が流れ、客数が減る
  4. 両地域がイベントを実施する −> 客が分散してしまい思ったほど集客出来ないが、開催費用負担は全額のしかかる

 

ゲーム理論

こうした組み合わせは、一般に「ゲーム理論」と呼ばれている。

もっとも有名なモデルは「囚人のジレンマ」であろう。前述の例も、囚人のジレンマを下敷きとしている。

「囚人のジレンマ」は、実は、答えは出ている。前述の例でいえば、自分たちが「損する(他地域に客が取られる)」ことを回避するため、両地域がイベントを開催し、結果、どちらも少なからず「損する」事になる。これは、ナッシュ均衡と呼ばれる。

本来であれば、「どちらも何もしない」というのが最適解となる。ここでいう「最適解」とは、「自分が、より多くの利益を得るには誰かを犠牲にしなければいけない状態」でパレート最適と呼ばれる。

このゲーム理論は、本来、数学的なモデルであるが、自身の行動と、他者の行動の組み合わせによって結果が異なるということをイメージするには、好適である。

「囚人のジレンマ」は1回限りの取引を想定しているが、実際の社会では連続的に関係性が続く。そこで、繰り返しモデルとすることで、「相手を信頼するか」という協力ゲーム、信頼ゲームへと発展している。これは、自分と他者の行動が「信頼」によって変わるのではないかというものだ。

こちらも実証的な実験や数式モデルによる検証が行われているが、そうした学術的検証を除いても、他者との関係が「信頼」と「裏切り」で変わりうるというのは、注目すべき事項だろう。

なお、このモデルだと「相手が裏切らない限り協力し、一度、裏切った相手には、その後、裏切りで返す」というパターンが最適らしい。

実際には相手が見えない

「信頼」は、他者との関係性に大きな意味を持つと考えられるが、競合するような地域や事業者との間では対応に限界も出てくる。

それは、実際の社会は研究モデルが示すようなクローズ環境ではなく、オープン環境だということである。つまり、旅行先や余暇活動は、ほぼ無限に存在している。それら全てを認識することは不可能である。

仮に、何らかの形で特定し、認識する事が出来たとしても、そのレベルで連携を行ったら「カルテル」や「談合」となってしまう。

つまり、実際の事業展開においては、相手は見えず、連携も出来ない。当然、相手は、いつ、どのような取り組みをしてくるのか解らない。相手の取り組み内容によっては、こちらの取り組みが無効になってしまうような場合も出てくる。

それが、実際の現場である。

状況を動かす立場になる

これに対する基本形は、こちらから状況を動かすようにする。つまり、先手を打つようにすること。そして、状況変化に合わせて「計画」を変更できるよう、柔軟性を持っておくことだ。

言い方を変えれば、「どこかの先行事例を真似る」とか「状況変化を考えずに計画を遂行する」ことはしないようにするということになる。

どんなに「良い」取り組みであろうと、件数が増えれば、市場の取り合い(カニバリゼーション)が起こるし、マーケティング的な競争力(差別化)は低下する。さらに、環境は常に変化し、それにあわせて有効策も変化していくからだ。

対して、どんな取り組みでも、それを実施に移すには一定の時間がかかる。つまり、取り組みを先行的に行えば、他地域がそれを追っかけてくるには時間がかかる。追っかけられるのにあわせて、環境は変化するが、先行して仕掛ける側であれば、積み上がっているノウハウもあるため、環境変化への対応も行いやすい。

計画と戦略

観光は多様な要素の集合体であり、それらを総合的に取り扱い、時系列的に展開していく「計画」はとても、重要である。

しかしながら、「計画」は、策定時点での環境の中で策定するものであり、その前提とする環境が変化すると対応が難しい。かといって、環境が変わる度に、計画を中止したり、変更したりしていたら、計画そのものの位置づけを問われることになる。

これに対するには、計画の上位に「戦略」を設定する事だと考えている。
戦略は、明確な目標設定の上、投入可能な経営資源を、どこに傾斜配分するのかを定める物である。この時、市場(顧客)や、競合(他地域、他産業)がどのように変化するのか、どういうオプションがあるのかということを考える事で、一定の環境変化をあらかじめ「想定」に入れた方向性を検討することが出来る。

「計画」は、その方向性の中で描かれるシナリオの一つとなる。環境が変化すれば、他のシナリオに切り替えていく事になる。いわゆるBプラン、Cプランの考え方だ。
もちろん、想定外の環境変化が起きると対応は困難になるが、事前に、環境変化に対する頭のトレーニングを行っておくことで、対応の幅は拡がるだろう。

前提としている「状況」自体が、実は、流動的なのだという意識を持っておきたい。

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