新型コロナの影響が、どこまで拡がっていくのか、長期化していくのかはわかりませんが、いずれにせよ、いつかはポスト・コロナの時代が来ます。

本稿では、そのポスト・コロナ時代のツーリズムについて考察してみましょう。

結論から言えば、以下の4つの流れが生じるのではと思っています。

  • ビジネストリップの減少
  • 総合的で連鎖的な経験への注目
  • 個人化
  • 半定住需要の増大

ビジネストリップのデジタルへの代替

まず、今回の騒動によって、指摘できるのは、これまで拡散方向に拡がっていた国際化、グローバル化の動きが、少なからず停滞し、さらには逆方向に向かう可能性があるということです。EUですら国境を復活させていますし、多くの国が海外渡航の禁止に乗り出しています。この混乱は、ここ30年ほどで急速に拡がってきた「ボーダレス」の流れを抑制することになるでしょう。

国際化、ボーダレス化の尖兵はビジネスでしたが、そのビジネスの現場では、急速にテレワークが拡がってきています。新型コロナによって、物理的に移動ができない以上、打ち合わせなどはネットを通じてやるしか無いわけですが、これによって、テレワークに対するリテラシーが高まることになります。おそらく、遠隔会議システムなどのサービス、アプリも急速に進化することになるでしょう。その結果、新型コロナ騒動が収まった後も「会議は、これでいいんじゃね」という雰囲気が形成されていくでしょう。企業としても、一度、それらシステムへの投資を行ってしまえば、旅費の抑制にも繋がるので、推進しない理由はありません。

それを考えれば、いわゆる出張、ビジネストリップは、ネットを使った遠隔会議に置き換わっていくことになるでしょう。

これは、都市部に立地する「ビジネスホテル」に大きな影響を及ぼす可能性があります。海外と比べて「狭い」客室でも、事業が成立していたのは平日の出張需要があればこそ。その基礎需要が減少することで、ビジネスホテルは、その営業戦略を変える必要がでてくるでしょう。

もっとも、今回の騒動の中でも、役所は、あんまり変わっていません。特に地方自治体で、テレワークや遠隔会議が展開されているというのは、寡聞にして知りません。この辺が変わらないと、行政系の出張需要は維持されるかもしれません。

単純な観光需要もデジタルで代替

こうしたデジタル化、ネット化の流れによって、代替されていくのはビジネストリップだけではないでしょう。

例えば、「単に景色を見る」だけの需要なら、今後、精細さを増していく画像技術に代替可能でしょう。ARの技術も進み、奥行きを持った360度映像を撮影できる機材も安価になっていますし、それを視聴できる機材もスタンバイ状態です。
今後、地方部に5Gの導入が進めば、リアルタイムで地域の風景と音声を臨場感たっぷりに届けることも可能となるでしょう。

下火になったとはいえ、中国など海外からの買い物需要についても、オンラインでの越境ECが拡大していけば、当然に低下していくでしょうし、半年から1年続くであろう自粛モードの中、Uber Eatsのような食宅配サービスが発達していくことになるでしょう。

要は、こうした単体の目的に立脚する旅行需要はデジタル化、ネット化、国際化の流れの中で代替され、喪失されていく可能性があり、それが、今回のコロナ騒動によって加速化されることが想定されるわけです。

「経験」への注目

そうなった場合、旅行需要に残るのは何か。
それは、その地域でなければ体験することの出来ない「総合的で連鎖的な経験」ということになるでしょう。

例えば、オリオンビールは東京でも飲めますが、ビーチサイドで潮風に当たりながらサンセットを眺めながら飲むことで、それは、代替の効かない、かけがえない経験となります。更に言えば、そのビールを飲むだけでなく、ビーチで遊び、プールサイドに寝転び、同行者や店舗スタッフと語らい、食事を楽しむ…といった一連の体験が連鎖的、相乗的につながった「経験」は、そこに出かけなければ得られません。

デジタルで様々なものが代替できるようになったからこそ、人々はより刺激的で感動的な「総合的で連鎖的な経験」を求めるようになるでしょう。

これは、ビジネス・トリップ分野についても同様です。

前述のように単純な出張は減少していくでしょうが、その分、フェースtoフェースのコミュニケーションの重要性、希少性は跳ね上がることになるからです。

ポスト・コロナにおいても、限られた時間と、感染症や事故などのリスクを抱えても「人と会う」ことはなくなりはしません。しかしながら、G20がTV会議で実施できる時代、敢えて、それを実施するということは、多分に情緒的な価値を含んだ行動となります。

単なる意見交換ではなく、人が集まり五感を駆使してコミュニケーションしながら「創造的な何か」を生み出せていける場所や時間を求めるようになるでしょう。

個人化の加速

一方で、今回のコロナ禍による社会的距離政策と、それに伴うテレワークなどの取り組みによって、人々のコミュニケーション単位は、小集団化していきます。

さらに、ウィルスに対する恐怖心は、他者との間に壁をつくることになります。これは、コロナ禍が落ち着いたとしても、人々の意識に残るでしょう。

結果、旅行の際、他者とは可能な限り交わらないという嗜好も強く出てくることになるでしょう。これまでは、旅先での第3者とのやり取りも、大きな旅の魅力でありましたが、これを嫌がる人たちも多く出てくることになります。

例えば、ブッフェ形式の食事、公共交通機関(特に混成のバス)、大浴場、ジム、ラウンジ、グループツアーなどは避けられる方向性が出てくるだろう。

人と人の密度の高いLCCやクルーズも、その支持を弱めると考えられる。

半定住需要の顕在化

さらに、そうした社会的距離政策の定着は、究極的には都市に居る理由を弱めます。また、世界中で展開されているロックダウンは、人口密集地域である「都市」のリスクを感じさせるのに十分なインパクトを持っています。

こうした経験を経て、人々は、都市から地方への移動、または、地方部に「も」拠点を構える動きが顕在化することでしょう。

もともと、観光客対応できる地域、リゾートは、都市的な機能を持ちつつ、充実した日常生活も過ごすこともできるところでした。しかしながら、従来は、そういう地域には「職」が無いために、有為な人材が大挙して移住してくるということは叶いませんでした。そのため、素晴らしい生活環境を通年で享受できるのは、一部のリゾート関係事業者しかいなかったのです。

しかしながら、現在は、サービス経済社会となり「職」が、特定の組織や地域から切り離され、個人に帰属しつつあります。つまり、「職」は、個人が持ってくることができるようになってきています。

さらに、今回のコロナ禍が重なることで、訪れて良しの地域は住んで良しの地域となり、「人材」移動の可能性が高まると考えられます。

とはいえ、これは同時に居住地の流動性が高まるということと同義語なので、持続的な定住を示すものではありません。数ヶ月や数年といった滞在形態の出現可能性を示すものと考えられます。

新しい団体旅行

他方、個人化の流れは、旅行商品の高額化へと繋がるため、近年の市場拡大を支えてきた「一般大衆」には手を出せなくなります。こうした人々の需要がどこに向かうのかは、判然としません。

おそらくは世界的な経済不況ともなるため、当面、旅行自体を手控える、成立しないと考えるのが妥当でしょう。他方、経済要因をうまく回避することができれば、潜在的な需要を取り込める可能性もあります。

LCCやクルーズも、ただでは潰れず、死にものぐるいで経営戦略を再構築してくるでしょうから、ポスト・コロナにおいて、新しい団体旅行の世界が拡がる可能性も否定できません。

しかしながら、どういうビジネスモデルが現出してくるのか、現出できるのかはわかりません。

官民パートナーシップの構築を

このようにポスト・コロナの時代は、出張のように必要だから移動するという機能的価値に根ざした需要は減退し(デジタルに代替され)、行きたいから移動するという情緒的価値に立脚した需要が、より主体となっていくでしょう。

これは、既に萌芽している動きですが、コロナ騒動によって大きく顕在化してくると想定されます。

並行して、ここ数年間、ものすごい勢いで拡大していた旅行市場は、その勢いを失い年単位での調整に入っていくことが想定されます。

すなわち、当面の間、市場の全体規模は縮小傾向となることが見込まれ、観光地間の競争は激化します。市場停滞期に競争のステージが、一段上がることによって、いわゆる勝ち組と負け組の差は際立っていくことになるからです。

ポスト・コロナの時代でも、地域の競争力を維持していくには、すなわち、総合的で連鎖的な経験を創造していくためには、地域リソースを同じ方向に総動員していくことが重要です。

これは、容易ではありませんが、行政官民のパートナーシップを作れるかどうかが鍵となると思っています。

魅力を作り出すのは民間ですが、全体の方向性を揃えたり隙間を埋めたりできるのは行政だからです。

今回のコロナ騒動は、官民パートナーシップの試金石にもなると考えています。民間が苦しい状況に置かれている中、民間とは異なるファイナンス構造にある行政が何を出来るのか、支えることができるのかが試されていると考えられるからです。

今、この場で、民間に寄り添った対応を行い、民間から信頼される取り組みを展開できた地域が、ポスト・コロナへの挑戦権を得られるのではないでしょうか。私は、そんな風に感じています。

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