前回、「量と質のジレンマ」として、質を求めていくと、供給量が増え、量的な拡張が起き、それが価格競争などを呼び込むということを指摘しました。

これは、観光に限らず都市開発、商業開発全般に通じるある種、普遍的な流れであり、有効な対策は開発規制、出店規制となることも同様です。

ただ、都市開発/商業開発がそうであるように「全体として投資が入り、規模が拡張していくことは悪いことではない」という指摘も成り立ちます。都市的には、中心市街地に人々が集まることが効率的であるとしても、多くの人が、郊外の広大なSCに出かけるのは、その方が快適であるからであり、人々の不満を解消する取り組みは、阻害されるべきではないと考えることも出来ます。

しかしながら、少子化、人口縮小社会における地域振興手段として観光を考えるのであれば、やはり、量を求めることは「ほどほど」にし、生産性、特に労働生産性を高めることに注力すべきであると、私は考えます。

その理由は、少子化、人口縮小社会において、最も重要な経営資源は「人」であり、その限られた「人」の生産性を高めることでしか、観光による地域振興にはつながらないと考えるからです。

次図は、各種産業別の賃金水準と、それが、2015年から2019年の5年間でどのように変化したのかをプロットしたものです。

2015年から2019年と言えば、国内市場が底打ちから微増傾向に変わり、さらに、インバウンドが急進した時代にあたります。過去、数十年を展望しても、かなり恵まれた市場構造にあったと言って良いでしょう。

にもかかわらず、宿泊業・飲食サービス業の現金給与総額は、他産業よりかなり低い水準にあり、かつ、5年間でマイナスとなっています。同期間、他にマイナスとなったのは教育・学習支援業もありますが、これは2019年のみマイナスであり2018年までは2015年を上回る水準にありました。対して、宿泊業・飲食サービス業は、この5年間で対前年プラスとなったのは2016年のみで、それ以降、マイナスです。

つまり、日本全体で給与水準が上がっていた中、宿泊業・飲食サービス業は、ただでさえ低い給与額を、更に減じていたということになります。

この背景には、パートやアルバイトなどの非正規雇用が多く在籍していることがあります。現実的に、月12−13万円では、生活は困難な水準ですから、配偶者や親など、他に何かしらの収入源がある中で、補完的に働いている人々が多いということになります。

これは、必ずしも非難される話ではありませんが、地域振興の文脈で語る場合には、大きな問題となります。地方部においては、「人」は、代替が効かない希少な資源であるからです。その希少な資源を生産性の低い産業に張り付かせていたら、更に地域経済は疲弊することになります。

例えば、その「人」を、福祉に張り付かせれば、給与は倍。その分、可処分所得は増えることになり、それは飲食や住宅、耐久消費財などの消費へと向かうことになるでしょう。医療・福祉は、公的資金に多く依存しており、日本経済という視点でみると、必ずしも生産的な分野ではありませんが、地域経済という視点で考えれば、食いっぱぐれの少ない超安定産業だと言えます。

しかも、産業全体でみると、もともと給与水準が高い産業ほど、その給与額を増大させている傾向にあることがわかります。これを見る限り、現時点でより給与が高い産業に就職した方が、後々も安泰ということになります。

産業としての強化策が必要

2015年からの5年間を見ても、需要が増えることと給与額、労働生産性との間に相関は認められません。すなわち、今後、観光客数を再度増大させたとしても、ホスピタリティ産業の生産性が向上するとは考えにくい。

となれば、これまでのように「観光客数を増やすことで、地域振興」という図式を単純に追い求めることは限界であることは明らかでしょう。

もちろん、需要となる観光客を確保することは必須ですが、それを地域の活力に変えていくには、ちゃんと「稼ぐ」ことのできる産業に転換していくことが必要だということです。これが無ければ、ザルに水を貯めるような状況となってしまうからです。

そのためには、なぜ、労働生産性が高まらないのかという点について、改めて検証を行い、その上で、個々の事業者対応、産業としての対応、地勢的な集積(産業集積による外部経済の確保)、顧客に対するマーケティング・ブランディングといった複数のレイヤーから、対策を展開していくことが望まれます。

これは、観光施策を「人流」に重きをおいた世界から、産業施策へと転換する(産業施策を追加する)ことになります。

観光の国際化が進んでいる現在、ちゃんと世界と戦える競争力にまで、国内産業を高めないと、付加価値を得ることは出来ないのですから。

福祉施策との連動も

ただ、産業施策を展開したからと言って、目論見通り競争力を得られるとは限りません。現実的に、中小資本が多く、経営技術も蓄積されていない状況にあり、短時間で、高生産性産業に切り替えることは難しいでしょう。

また、海外においても、ホスピタリティ産業のスタッフ職の給与は、他産業に比して安価であることは多く、低生産性は、日本だけの問題でもありません。

一方で、日本の地域がストックしてきた自然環境、文化、治安の良さ、交通体系などは、観光振興に資する大きな資源であり、これを活用することは、我が国にとって有意義な取り組みであることに間違いはありません。

そこで考えたいのは、ホスピタリティ産業の競争力、生産性が高まるまでの期間、そこで働く人々の支援を社会的に行っていくということです。

ホスピタリティ産業の勤務体系は時間的にも曜日的にも不規則です。そのため、月ー金の9−17時を前提としている社会サービスの享受においてハードルを抱えています。特に、子どもが出来てからの対応は難しい。

そこで、例えば、ホスピタリティ産業従業員の子供向けに、24時間対応の保育サービスを行うとか、塾やスポーツクラブを併設した学童クラブみたいなものがあれば、親は、自分の職業に自負心を持って取り組みやすくなるのではないでしょうか。

その他、地域で公的な住宅を提供し、そこから、勤務先を結ぶコミューター交通を整備していければ、単身者も含めて、生活の利便性は高まります。こうした対応ができた地域であれば、人材も集まってくることになるでしょう。

これには、費用がかかることになりますが、例えば、宿泊税を導入し、それを原資にこうしたサービスを充実させていくことも検討できます。

産業施策・労働施策として観光を捉える

このように、観光を地域づくりに活用してくためには、観光客を呼び込むだけでなく、産業を育て、そこで働く人々を大切にし、質の高い労働力を確保していく…といった産業施策、労働施策を並行的に展開していくことが必要となります。

誘客という観光の「表」の面ばかりを注視するのではなく、どうしたら、地域が豊かになるのかという視点から観光を捉えることも重要でしょう。

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