120日目となりました。うーん。押し迫ってきましたねぇ。
昨日まで、山口大学の経済学部観光政策学科の先生、学生さん達と一緒でしたが、この観光政策学科は、観光の専門家を育てるというよりは、観光や観光産業(ホスピタリティ産業)のことが解る銀行マンや行政マンを育てるというところにあります。
これは、もともとの母体である経済学部の出身者は地元の銀行や自治体に就職する傾向が強く、かつ、山口という立地から、地域にさほど「観光産業(ホスピタリティ産業)」が多くないという事情があります。
そのため、経営よりは経済を主体とした構成となっています。
これに対し、米国の観光系学部では、観光産業(ホスピタリティ産業)のマネージャークラス(もしくはそれ以上)を育成することを目的としており、そのため、経営学の一つとしての「ホスピタリティマネジメント」が中心に据えられています。
一方、近年、開設が続いている一般的な観光系学部・学科は、「観光の専門家」を育てることを主軸においていますが、米国のような「経営」に関する科目は少なく、文化論系の比重が高い傾向にあります。
こうした違いは、観光庁や経済産業省の調査でも明らかになっている事です。私もそれらの調査に関わる機会があり、その違いや背景について考えてきました。
もともと観光は、産業振興から地域計画・都市計画、歴史文化教育、労働、環境など関連する要素が多岐に渡るものです。そのため、観光を大局的に捉えようとすることは、社会そのものを対象とするようなものとなります。観光産業(ホスピタリティ産業)の場合には、こうした多面積を持つ「観光」を一領域として持ちつつ、さらに、事業を維持発展させていくための総合的な経営力(意志決定、財務、人材組織、マーケティング、施設管理など)が必要となってきます。
これらは相互に様々な関係を有しているため、何か1つに特化するだけでは観光振興、観光産業(ホスピタリティ産業)振興に対応することは出来ません。だからこそ、観光系の学部・学科が求められるようになったと言えるのですが、各分野がそれぞれに高度に発展している現在、1人の個人が、これら全てにおいてスペシャリストになることは不可能と言って良いでしょう。ただ、スペシャリストにならなくても、その分野の原則、価値観といったものを把握する事ができれば、それぞれの分野のスペシャリストとネットワークを組むことが可能となります。
全ての楽器の演奏は出来なくても、それぞれの楽器の特性を知ることが出来、かつ、奏でたい曲のイメージが明確であれば、オーケストラの指揮者になれるということです。野球やサッカーなど団体競技の監督も同様でしょう。
すなわち、対象となる人材の立ち位置を明確にし、その立ち位置で直接的に必要となる能力を高めスペシャリストになる。その上で、関連する領域については、その領域の「スペシャリスト」と「会話」が出来る能力を有することが、観光のように幅広い領域に渡る分野においては有効であると考えられます。
なお、ここでいう立ち位置とは、卒業後の主たる就職先、そして、関連する領域とは、その就職先の主体におけるステークホルダーというように整理すると、より明瞭となるでしょう。
例えば、米国の観光産業(ホスピタリティ産業)は、企業として自立的に観光に事業に取り組もうという意識を強く感じます。
オーランド56日目 〜「人工的」を考える
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これを受けて、米国のHM学部での講義は、ホスピタリティ産業のスペシャリストとして、当該領域の知見、能力を高めつつ、これらのステークホルダーに対応する形でカリキュラムが組まれていると考えるとすっきりします。例えば、財務は、社内の経営財務を見ると言うことだけでなく、ちゃんとした財務知識を持つことで、銀行やファンドなどの金融機関と「話せる」ことが出来ることになります。マーケティングが解ればメディアや旅行会社、そして顧客と「話せる」ようになるし、ツーリズム分野であれば行政と「話せる」。人材組織管理の知識を持つことで従業員と「話せる」。
つまり、カリキュラムで含まれるそれぞれの分野は、自身をホスピタリティ産業においた上で、そのステークホルダーとの関係性にて整理できるわけです。
また、前述の山口大学は、立ち位置を「地域の銀行」や「行政」においています。これは、観光産業から見れば、ステークホルダーの1つとなる存在です。「観光」という冠を学科名にかぶせながら、観光産業に立ち位置をおいていないことに対する是非はあると思いますが、経済学部の立場からのアプローチとしては「有り」でしょう。
一方で、一般的な観光系学部・学科は、卒業後の就職先で広義の観光産業への比率が低い事が示すように立ち位置がまず不明瞭。そして、それに伴って、ステークホルダーとの関係性も非常に希薄であることに気づきます。結果、「観光」の事は話すことは出来ますが、ステークホルダーと共通言語で話すことは難しい状況と言えるでしょう。観光系学部・学科となったことで、むしろ、狭い範囲に閉じ込められてしまった感を持ちます。
こうした整理をしてみると、大学のカリキュラムに限らず、実際の事業展開、観光振興施策全般において、マーケティングでいう「顧客志向」が、ステークホルダー全ての分野において実は必要なのだなぁということが指摘できます。
我々は、つい「観光は重要なのに解ってもらえない」と思ってしまいがちですが、「相手」の立場に立ち、相手の言葉、価値基準に沿った説明をすることが重要なのだろうと。
例えば、観光系の経済波及効果の推計が近年、行われるようになっていますが、これは、経済価値という価値基準をもとに、行政や住民に対する「説明」として有効な手段の1つと言えます。が、融資を行う金融機関に対しては意味を持つものではありません。金融機関に対しては元本を返済していくことの出来るロジックを示すことが必要となるでしょう。
そうやって、ステークホルダーと、ステークホルダーの言葉、価値基準で話すことは、逆にステークホルダー側が蓄積した知見を利用できることにも繋がります。
例えば、金融機関は観光産業(ホスピタリティ産業)だけでなく、他のサービス産業を含む様々な産業に融資を行っています。そうした融資を通じて蓄積したり、開発したりした金融商品や、融資スキームを本産業に応用していくことも出来るでしょう。また、マーケティングについての基礎知識がしっかりとあれば、サービスマネジメント分野にて体系化されたマーケティング理論を応用適用することも可能となります。
観光、ホスピタリティ産業が多分野に渡るからこそ、それぞれの分野の「作法」を広く習得しておく事が重要なのではないでしょうか。