ここまでの投稿で整理したように、市場分析から「美味しいセグメント」を見出し、その市場が好む経験を創造していくというマーケティング発想ではなく、地域が売り出したい、地域にとって固有な経験を見出し、その経験に反応するセグメントを見つけ出しアプローチしていくというブランディング発想の方が、観光地には適していると考えられる。

また、売り出したい、固有の「経験」に反応するセグメントは、来訪者調査によって見出すことが出来る事についても、前投稿した通りである。

ただ、来訪者調査だけでは、そのセグメントに関して得られる情報は限定的であり、この情報だけでは「ターゲット」とすることは難しい。例えば、東京に住む30代女性といった情報が得られても、それだけでは、彼らへのアプローチチャンネルや、琴線に響くフレーズなどまでは解らないからだ。

観光の話をしていると見失いがちだが、観光「客」によって、観光活動は、生活の中のごく一部の時間でしかない。観光宿泊旅行の実施率はざっくり50%だが、実施している方の半分であっても、その多くは1回のみである。つまり、多くの人にとって、観光に費やしている時間は1年間で2〜3日程度でしか無く、その他の時間は、就労や就学、家事などの「日常生活」に費やされている。

それを考えれば、ターゲットの人達に、旅行先に選んでもらうためには、観光行動だけを取り出すのではなく、日常生活での行動や意識を含めて把握する事が必要となることは自明だろう。

日々、どういったことに関心をもっているのか。社交的なのか内向的なのか。どんなメディアに接しているのか。食事の好みは。外食はよくするのか。趣味はあるのか。普通の週末はどう過ごしているのか…などなど。

こうしたターゲットの人となり、ライフスタイル、価値観を把握する事で、彼らにアプローチするのに有効なチャンネルや、魅せ方(有効な写真やフレーズなど)を検討することが可能となる。

さらに、ターゲットの嗜好を深く把握する事は、地域の固有な経験を、ターゲットにとって、より魅力的な経験へとレベルアップさせて行くことにも資する。ターゲットを主人公と見立てることで、経験をストーリーとして仕立てることが可能だからだ。

例えば、農業体験が固有経験としても、幼少期を農村で過ごし、上京、リタイヤを契機に農への回帰を欲している中高年夫婦」と、「都会で育ち、今まで土に触れたこともほとんど無い若夫婦が子どもの情操教育のため農業を体験したい」とでは、魅力的な農業体験は大きく変化する。
それぞれのターゲットの「背景」を知る事で、農業体験そのものだけでなく、そのプロローグ、エピローグを含めた「ストーリー」展開を演出することが可能となる。

このようにターゲットを単なるデモグラフィック情報では無く、多面的に捉え、一つの人格として整理する手法は、マーケティングにおいて「ペルソナ」と呼ばれる。

このペルソナを、地域において形作ることは、先に挙げたような効果だけでなく、ブランディングにおいて大きな効果をももたらす。それは、「誰が対象なのか」ということを、地域の幅広い関係者で共有出来るということだ。

ブランディングにおいて重要な事は、地域側で自分たちの核がなんなのかということを幅広い関係者が共有し、同じ方向感を持って取り組みを展開する事にある。が、実際の所、これがとても難しい。いろいろなノイズによって、すぐに議論や意識が発散してしまうからだ。

そうした中、経験と、その主人公となるペルソナをセットで示すことで、地域における観光振興の方向性を、解りやすく共有出来るようになる。

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