プロモーションはマーケティング・ミックスの1つ
先日、某会議においてDMOの情報発信(プロモーション)について議論が盛り上がったようだ。
率直なところ、こういう議論が出てくること自体、DMOとは何かという部分についての議論が成熟していないことを示しているだろう。
今更だがDMOとは、Destination Marketing/Management Organizationの略称である。
マーケティング型なのか、マネジメント型なのかと言う議論はあるが、仮にマネジメント型であったとしても、観光客が楽しめる「経験」を作り(Product)、その値付けを行い(Price)、流通網に載せる(Place)と言う魅力づくりの取り組みには、宣伝する(Promotion)取り組みもセット(マーケティング・ミックス)であることを考えれば、DMOがプロモーションを行わず、受け入れ環境の整備だけをすれば良いと言うのは、かなり乱暴な議論である。
一方で、プロモーションは、あくまでも「経験」づくりなどの活動と一体的に展開するものであり、プロモーションだけを強化しても意味はない。そもそも魅力に乏しい「経験」は、どんなに宣伝しても広がらないし、価格が高すぎたり、申し込み方法(流通)が難しい場合も同様だからだ。
プロモーションは、DMO活動の中でも解りやすく、派手さもある「花形」と言って良い取り組みだが、提供可能な「経験」の内容に応じたプロモーションでなければ、無意味だと言うことだ。
経験は顧客セグメントとセット
ここで注意すべきなのは「経験に応じる」というのは、「経験」の絶対的な仕様ではなく、その経験に対する顧客とセットで規定されると言うことである。
つまり、対象とする顧客セグメントが明確でなければ、適切な経験は浮かび上がってこないし、それに対応するプロモーションも見えてこない。
そもそも、DMOのDであるDestinationは、日本語で言う観光地(Tourism Area)ではなく、旅行目的地をさす。この意味は、DMOが対象とする地理的範囲は、本来、DMO側(地域側)が設定するものではなく、顧客側(観光客側)が旅行先と認識する地理的範囲から設定されるということである。
つまり、DMOは、活動対象とする地理的範囲を定めた時点で、その地理的範囲をDestinationとする顧客層(セグメント)がセットでついてくることになる。
では、Destinationは、どうやって規定されるのか。
これには大きく2つのルートがある。
旅行には、周遊型と滞在型の2つのタイプがあるからだ。
ラケット理論
まず、周遊型は、旅行距離が長くなると周遊範囲も広くなるという「ラケット理論」の存在が指摘されている。例えば、我々が韓国に旅行するのであればソウル周辺をサクッと見れば良いと思っても、欧州まで行くとなれば、フランスやイタリアなど広範な地域をまわってきたいと考えるだろう。
この理論は、経験則によるものであったが、定量的な研究によっても確認されてきており、特に、標準的な世帯年収において、より強くラケット理論が左右することも明らかとなっている。
すなわち、地域サイズが大きくなればそれだけ集客圏が広くなり(遠方からの集客)、地域サイズが小さくなれば集客圏は小さくなる(近傍からの集客)と言うのが、基本である。
さて、日本版DMOでは、市町村単位の地域DMO、複数市町村の地域連携DMO、都道府県レベルの広域DMOと言うように、地域サイズによってDMOが区分されている。
これにラケット理論を適用すれば、地域サイズは、そのまま集客圏の大きさ(旅行距離)に繋がることになる。
一方、現在、わが国では訪日客の誘致が政策課題となっており、多くのDMOが海外志向を持っている。
しかしながら、海外から日本への旅行距離は長くなるから、海外の人々からみた場合のDestinationは、基本的に広域となる。つまり、地域DMOレベルが訪日客を呼びたいとしても、ラケット理論で考えれば、地域の物理的なサイズが足りないことになる。
実際、各々のDMOにおいて来訪者の調査をすれば、すぐにわかることであるが、多くの市町村レベル、複数市町村レベルでは、その集客圏は数十km、せいぜい、100〜200km程度、すなわち、日帰り圏内が大部分となっているだろう。
その状態で、小地域のDMOだけで、海外に対するプロモーションを行っても、海外の人々には刺さらないだろう。海外の人々が考える地域サイズより小さすぎるからだ。
海外の人々の旅行需要を喚起させるには、海外の人々が考えるDestinationに合わせた地域サイズでまとまり、一体的なプロモーションを行うことが重要である。
その意味で、日本版DMOは海外プロモーションをJNTOに任せるべきという指摘は、一定の合理性を持っている。
リゾート需要は小地域に集中する
では、小地域はプロモーションは一切、不要なのかと言えば、そうでもない。
旅行には滞在型もあるからだ。
リゾート需要とも読み替えられるこの需要の場合、旅行距離に関係なく、Destinationは限定された地域サイズとなる。
例えば、ハワイのワイキキは、非常に限られた地域サイズであるにも関わらず、数十年に渡り独立したDestinationとして存在している。また、日本国内で言えば、例えば、ニセコ地域は、非常に限られた地域サイズだが、世界的なDestinationとなっている。
これは、滞在型の場合、宿泊している場所が拠点となるため、そこを起点に数キロから数十キロほどの範囲に活動範囲が限定されるためである。
すなわち、滞在型の旅行需要に対応する場合は、旅行距離とDestinationの地理的サイズの関係性(ラケット理論)は薄れることになる。
この場合、地域DMOでも海外に打って出ることは否定されるものではない。
自身が対象とする地域範囲が、どう言った旅行需要に対応し、どう言った可能性を持っているのかということをしっかりと整理することが重要である。
まだあるプロモーションのミスマッチ
このように、個々のDMOにおいて行うプロモーションが、適切なものか否かは、自地域を独立した旅行先として認知している顧客層に対応しているか否かという事で判断されるべきものであり、一律で要・不要を論じるものではない。
ただ、プロモーションが厄介なのは、顧客層が対応していても不適切な場合もあることだ。
それは、顧客とのコミュニケーション手段がミスマッチである場合だ。
すでにネットを日常的な情報収集手段としている人々に、紙パンフレットで情報を届けようとしたり、対象とする顧客が来訪しない旅行博に出展するといった具合だ。
さらに、顧客に何を伝えるのかということも重要である。
プロモーションは、単に情報を伝えれば良いというものではない。他地域との相対性の中で、自地域がどういった地域なのかということを差別化して伝えることができなければ、情報の渦の中に埋もれてしまうからだ。
これは冒頭で述べたように、プロモーションは、マーケティング・ミックスの一要素であること。そして、マーケティングの基本は、STP(セグメンテーション、ターゲッティング、ポジショニング)によって対象とする顧客と戦い方を整理することから始めることを考えれば、自明である。
プロモーションを行う前に
以上、述べてきたようにプロモーションを「意味のあるもの」として実践するには、様々な要件をクリアすることが必要となる。
プロモーションは、各種の取り組みの中で、派手さがあるため注目が集まりがちであるが、限られた資金や時間を考えれば、プロモーションを実施する際には、改めて、以下の事項について自問自答していくことが必要ではないだろうか。
- 対象とする顧客セグメントは定量的な分析から明確になっているか。
- その顧客セグメントへのコミュニケーション手段は明確になっているか。
- 自地域が特別な存在として認知されるような「伝えるべきメッセージ」は明確になっているか。