観光地マーケティングの重要性が叫ばれて久しいが、その実践はなかなか難しい。その構造的な理由は以前述べたが、もう一つの理由は、サービス分野のマーケティングについての知見が共有されていないということも指摘できる。

マーケティングという概念は、20世紀初頭に登場し、戦後、特に1970〜80年代に発達するが、それは「物を売る」、すなわち製造業に軸足をおいた物であった。

他方、観光はサービスであり、物ではない。

この物(モノ)とサービスの違いが、観光地のマーケティングを解りにくく、実践しにくいものとしている。

モノのマーケティングと、サービスのマーケティングの違いは、いくつかの整理があるが、ここでは観光視点からサービスの特徴を3点指摘しておこう。

  1. モノの品質は仕様で決まるが、観光サービスは顧客が主観によって定める。
  2. モノは消費の場まで運ぶことができるが、観光サービスは顧客自身が消費の場に訪れる必要がある。
  3. モノは作り置き(在庫)することが可能だが、観光サービスはできない。

まず、1点目。観光地マーケティングを考える際に、真っ先に認識しておくべきことである。
例えば、一乗谷の朝倉氏遺跡は、戦国時代の歴史に造詣がある人にとっては様々なロマンを感じうる場所だが、そうでない人にとっては、ただの空き地でしかない。
また、沖縄県北谷町のデポアイランドは、商業機能が立体的に集積した地域であり、いつでもお祭り騒ぎのような街区であるが、テーマパークのように作り込み過ぎて嫌だという人もいるだろう。

つまり、地域(での経験)の魅力というのは絶対的なものではなく、顧客セグメントによって評価が大きく変わるものだということだ。

リッツカールトン@コロラドのオープンカフェバー

そして、2点目。顧客セグメントが重要である一方で、観光サービスは、顧客自身がサービスが提供されている地域や施設に赴かなければ、観光サービスを消費することができないという制約がある。

これがモノであれば、Amazonなどのネット通販に店舗を構えれば、原理的に誰にでもモノを届けることができる。また、流通に乗せることで沖縄のモズクや、北海道のキタアカリといった生鮮品も、都市部で購入してもらうことができ、自宅で消費してもらうことができる。。

しかしながら、観光サービスは、そのサービスを消費する人は、全て、その地域を来訪する必要がある。当然、移動には費用と時間がかかるから、顧客の居住地(発地)と自地域(着地)間の物理的な距離が大きな意味を持ってくる。

端的に言えば、遠方から集客しようとしたり(集客圏を広げる)、滞在時間を長くしようとしたりするといきなり難易度があがる。なぜなら、費用と時間をかけられる人々は限定される一方で、それらの人々にとっての旅行目的地「候補」は、非常に広がるからだ。

例えば、自宅から1時間の範囲と、一泊圏となる4時間の範囲では、その面積は16倍広くなる。仮に、均等に「観光地」が分布しているとすれば、その観光地が近傍を対象とする場合と、一泊圏まで狙う場合では、競合する地域は16倍に増えることになる(新幹線や航空機も入れれば、更に広がる)。同時に、遠距離に出かけられる人は、短距離に比して減少するから、集客圏を広げれば競争率は指数的に高まっていくことになる。

インバウンド、特にロングホールと呼ばれる日単位の移動時間がかかる国際旅行の場合、この問題は更に深刻となる。これくらいの時間がかかるようになると、日本は、北海道に降りようと、大阪に降りようと、ほとんど違いはないからだ。これは地域、特に九州や四国、東北など大都市から遠いところからすれば「世界とつながる」チャンスであるが、他方、膨大なデスティネーションとの競争に巻き込まれることも意味している。

顧客あっての地域魅力であるが、その顧客と地域には、距離という物理的な障害があり、この障害を突破できるかどうかは、他の地域(デスティネーション)の相対的な競争力の優劣にかかっているというのが観光サービスである。

バリ島の市場

この障害を突破できた後に襲い掛かってくるのが、3点目の特性である。

観光サービスは、モノのようにあらかじめ沢山造っておいてガッと売るとか、売れ残ったものを翌日に売るといったことができない。今日の需要は、今日だけのものであるし、供給量を超えた需要は無いのと同じとなる。

他方、多くの観光サービスは オンシーズンやオフシーズンといった季節性があり、土日と平日という曜日格差もある。こうした繁閑の格差は、観光・ホスピタリティ産業の労働生産性を低下させる要因の一つとなっており、観光による地域振興を阻害している。

例えば、紅葉が美しい温泉地があったとしよう。紅葉シーズンには、部屋が足りないくらいの需要が押し寄せるが、だからといって、旅館は左うちわになれるかといえば、そうはいかない。紅葉×温泉が、どんなに強い集客力をもっていようと、ベッド数を超える需要は獲得できないし、その需要を明日や明後日に移動させることもできないからだ。そのため、仮に、紅葉シーズンの一時期しか客が集まらないのであれば、収益は限定的なものとなり、雇用は短期的なものになるし、建物や設備に対する再投資も難しくなるのは自明である。

この問題の深刻なところは、オンシーズンの人気が高くなればなるほど、オンとオフの格差が問題になるということにある。オンシーズンの人気が高まれば、それだけ投資が進みやすくなる。が、投資が巨額になれば、オフシーズンの低稼働がもたらす損失も大きくなる。そして、過大な初期投資は事業破たんの呼び水となる。

距離の壁を突破できる魅力を得て、人気が出たら出たで、今度は、集客に不利なオフシーズン対策もしなければならないというのが観光サービスなのである。

大規模な投資が進むニセコ花園エリア

以上、見てきたように、観光サービスをマーケティングする観光地マーケティングは、とても難易度が高い取り組みである。

が、世界中のDMOがこれに取り組み、また、学術的な支援も行われてきたことで、基本的な対応策というのは出来あがってきている。それを端的に示せば、以下の3つとなる。

  1. 地域の楽しみ方を象徴する「経験」を、動画を利用して端的にまとめ、多チャンネルで発信する。
  2. 主要スポットへのWi-Fi整備など、(前項の)地域経験を来訪者がシェアしやすい環境をつくり、SNSを通じて「同じセグメントの人たち」に地域魅力が伝わりやすくする。
  3. オンオフ格差を定量的にとらえ、オフ期にMICEを呼び込むことで、稼働率の平準化を図る。

この詳細は、また、後日。

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