先日、3年ぶりにスイス・オーストリアに行ってきた。
例によって、レンタカーでの自走だったわけだが、スイスやオーストリアでは、郊外の道は速度制限は80kmが普通となっている(高速道路は120km)。
これ面白いのは、「絶対、80kmなんかで駆け抜けられない」というようなところでも、80km制限のままなんですよね。速度制限が落ちるのは集落内だけ(通常、断続的に60->40となっていく)。
日本だと、速度規制のない一般道は60kmで、さらに、細かく速度制限がかかってくる。ちょっとしたカーブが連続するようなところでは40kmとか、峠道であれば、30kmとか。
この規制の違いって、多分、個人の行動に対する責任意識の違いだと思うのですよね。
スイスの場合、80kmで走っても違反じゃないけど、事故るということは普通にあるわけです。だから、実際の速度は、運転者自身が決める。40kmまでだなと思えば40kmで走ればよいし、80kmで走れると思うなら80kmで走れば良い。それで事故を起こすか起こさないかは、運転者の判断の問題。
ただ、集落内の場合、運転手の技量に関係なく他人を巻き込む事故は起きやすくなるから、そういう地区においてはガッツリ速度制限をかける。
一方、日本の場合には、制限速度60kmの道であれば、それは事実上の最低速度であって、多くの運転手はそれを目安に速度を設定する。つまり、自身にとって安全な巡航速度は運転者が決めるのではなく、警察という外部組織(お上)が決めている。そのため、それで速度に起因した操作ミスなどで事故が起きたら、80km設定した警察の問題となりかねない。
実際に直接的に責任は取らされることは無いだろうが、事故多発となれば、警察内で問題になるのは容易に想像がつく。結果、運転技量の低い運転手でも「安全」な、50km、40kmとより低い速度が制限速度として設定されていくことになる。
この考え方は、制限速度にとどまらない。
例えば、日本の峠道は、かなりの整備率でガードレールが備わっているが、スイス・オーストリアでは、滅多にない。「ここから落ちたら、確実に死ぬな」というような断崖絶壁のカーブでも、ガードレールが備わっていることは稀だ。
ガードレールがあるか無いかは、運転手が「見ればわかる」わけで、運転手が自分で気をつければ良いだけ…というのがスイス・オーストリアの考え方だろう。
他方、日本の場合は「運転手の不測の事態に対応する」ために、ガードレールがガッツリと整備される。
この考え方は、さらに自然地域にも広がる。
スイスなどでは、「危険だから◯◯するな」といった類のサインをみることが殆ど無い。落石が続く氷河にも柵は無いし、ロッククライミングできるけど管理者などは居ない断崖は各所にあるし、子供のバギーを連結したMTBで斜面を駆け下りていくパパ・ママを「諭す」人などいない。
これに対し、日本ではかなりの安全係数をとって柵などを整備し、少しでも通路を外れたら「危険だ」と警告する。もちろん、ロッククライミングが自由にできる崖は皆無に近いし、利用できてもいろいろな制限をかけてくる。
これも、自分自身で「危険」を判断し行動する文化と、安全は「管理者」や「お上」が確保するという文化の違いだろう。
ここでいう「スイス・オーストリア」は、そのまま「欧米」と言い換えても、ほとんど問題ない。つまり、我々が獲得したいと考えている「欧米市場」の人々は、本質的に自分たちの責任で、自分たちの行動を決めようとする人々だということだ。
アドベンチャー・ツーリズム
私は、スキーやスキューバ・ダイビングが好きだし、MTBも楽しんでみたいと思っている。
これらは国際的にはアドベンチャー・ツーリズムと呼ばれる活動の構成要素であり、国内でも注目が高まっている。日本の自然資源は多様性に富み、アドベンチャー・ツーリズムへの潜在力は大きいと考えられる。
しかしながら、自然地域での行動に対する意識、文化の違いは、アドベンチャー・ツーリズムの振興において大きなハードルとなりかねない。
例えば、日本では踏み込んで良い地域や、やってよい活動は「お上」が安全と判断したものに限定される。この感覚は欧米の顧客に理解してもらうことは難しいだろう。
「自分たちでリスク判断を行った上での行動なのに、なぜ、第3者が規制するのか?」という疑問に答えることが出来ないからだ。
結果、こうした疑問に答え、アドベンチャー・ツーリズムを振興していくためには、「自然の中で遊ぶ」ということについて地域で考え、答えを出していくことが必要となる。
これは、既にスキー場のバックカントリースキーにおいて「通ってきた道」でもある。ただ、バックカントリーは活動自体は元々あったスキー(やボード)だし、場所はゲレンデの隣接地であり、それまで利用されていなかった地域となるが、アドベンチャー・ツーリズムでは、活動自体に新規性があり、その対象地域は広域であり、既に他の活動に利用されている地域とも重なってくることが通常だ。
例えば、MTBを考えた場合、登山道やハイキング道にMTBも入れるか?という話が出てくる。この場合、既に利用しているハイカーや、管理者である行政や民間所有者(例:牧場主)との調整が必要となる。
MTBは必ずしもハイカーなどに比して、自然に負荷をかけないことは複数の研究が指摘しているが、そういう「理屈」では通すことが出来ない合意形成が必要となる。
また、新しい地区を対象とする場合であれば、そこの危険性に対する客観的評価に加え、自然環境の特殊性(保護の必要性)についても考察し、その是非を定めていくことが求められる。
これらは単体の事業者で出来るものではない。
言い換えれば、アドベンチャー・ツーリズムは、民間企業がなにかの活動を興せば成立するという代物ではないということだ。
アドベンチャー・ツーリズムを振興したいと考える地域(デスティネーション)では、マーケティング面だけでなく、「自然の中で遊ぶ」ルールについて地域での合意形成を勧めていくことが必要であり、それはその地域のDMOの大きなミッションとなっていくことだろう。
これは我々が持っている「常識」に抗うことにもなるので容易な取り組みではないが、達成できた場合には、他地域では追随が難しい強力な隔離メカニズムとなる。
そこまで至ることが出来るのか。それとも、国際的な支持を得ることは出来ない中途半端な形で終わるのか。注目していきたい。