今回の新型コロナは、観光分野に対して非常に大きなネガティブ・インパクトを引き起こすと考えています。

その理由の第1は、観光市場の成長が減速していた時期に重なったこと。当コラムでも示しているように、訪日市場は、もう2年ほど前から、その勢いをなくしてきています。

観光客数は、慣性の法則を持っていますが、ライフサイクルが変化してしまえば、その限りではありません。

第2の理由は、「安全な場所が無い」「安全であると発信することができない」ことです。観光客が減少する理由は、地震や台風といった天災や、テロや戦争など多岐に渡りますが、それらの多くは「場所を変えれば大丈夫」「時期をずらせば大丈夫」であり、その安全性を科学的に発信することができます。

しかしながら、今回の新型コロナは、潜伏期間が長く、かつ、無症状者も少なくないため、世界中、どの地域でも「安全」と言うことは難しい。

既に、世界中に蔓延し、日本人が海外で罹患して帰国するケースも出てきていることを考えれば、新型コロナが「完全になくなる」ということは想定しづらい。おそらく、ある程度、人類は(インフルエンザや従来の肺炎同様に)新型コロナと共に生きていくことになるでしょう。

第3の理由は、観光の市場規模を引き下げる可能性が高いことです。今回の新型コロナは世界中に感染拡大したことで、その感染を防ぐために、いわゆる禁足令が出ています。これは物流、人流双方に、大きな影響を与え、世界規模での経済停滞が懸念され始めています。SARSやMERSは、疾病の感染不安レベルに留まりましたが、新型コロナでは、世界規模の経済クラッシュに繋がる可能性があります。結果、経済停滞によって所得が減少すれば、観光市場は、基本的に人々の財布と直結していますから、当然に市場規模は縮小することになります。

押し寄せる4つの波

さて、この3つの特徴から、観光市場の動向について展望すると、どういうシナリオが想定できるでしょうか。

私は4つの波となってやってくると考えています。

まず、やってくるのは「風評の波」。これは既に起きています。
「感染者が出た」となれば、それが1名であったとしても、その地域への旅行を回避する行動が出てきます。沖縄県や北海道などは、まさしく、この波の直撃を受けていると言えるでしょう。

次に来る第2の波は、「自粛の波」。これも、既に起きています。
実際問題として、既存の肺炎や、インフルエンザなどの感染症に比して、新型コロナがどこまで危険なのかは関係なく、大型集客施設は営業を停止し、イベントも開催中止、さらには、会食はもちろん、人混みを避けることが推奨されるようになっています。

これから本格的にやってくる第3の波は、「支出引き締めの波」です。
我が国では、近年、ようやく賃金上昇が見え始めていましたが、今回の経済混乱によって、景気の失速は確実でしょう。その結果、所得水準は再び低下方向となり、財布の紐は固くなり、旅行に行きたくても行けないセグメントが増大していくことになります。この影響は、おそらく「ボーナスの減額」といった形で、今年の夏くらいから生じてくるでしょう。

同様の影響は、訪日市場を支えてきた東アジアにおいても生じていくことが予想されます。欧米にも拡がった現在、リーマンショックやブラックマンデー級の経済危機も眼前に迫っています。

風評や自粛と異なり、旅行に行きたい人にも、その影響が広がるのが、この第3の波です。

そして、第4の波は、「投資減の波」です。
ここ数年の観光の好調さは、東アジアを主体とした好景気がありましたが、それを加速させたのは、観光分野に対する不動産投資があります。特に外資による投資は、長らく停滞していた我が国観光リゾート地の有り様を大きく変えてきました。

しかしながら第2、第3の波によって、世界レベルで景気が低迷し、さらに、観光分野が直撃を受けることになると、投資マネーは観光分野を回避するようになるでしょう。これは、観光地の競争力を中長期的に低下させることになります。

日本観光の近年の隆盛は、需要面でも供給(投資)面でも海外に負うところが大きかったため、その構造が崩れると、成長サイクルが破断され、中長期的な低迷期へと突入してしまう可能性が高い。

第4の波まで顕在化したら、イメージ的には20年くらい時計が遡ることになるでしょう。これは、サービス経済社会にある日本にとって、大きな痛手となります。

レジリエンスを示す時

さて、では、どうしたら良いのでしょう。

政策的には、この波をどこかで止めることが重要です。

観光視点だけで言えば、第2の波を止めることが重要ですが、これは疾病対策、感染拡大対策の観点から言えばNGです。しかも、コロナが世界中に拡がり、日本では抑え込んだとしても、海外からの輸入リスクが継続的に続くことを考えれば、集会や移動の制限は、かなり長期化する可能性を否定できません。

この状況下においては、むしろ、逆に第4の波を起こさせたいためには、どうするかという視点から考えてみるのが有効ではないでしょうか。

サービス経済社会の現在、投資マネーは、いつの世の中でも存在し、投資先を求めています(金融はサービス業の筆頭)。投資先は相対的に決定されますから、日本観光への投資を回避するには、その投資が他国や他分野に比して「魅力的」なものだと考えてもらうことが重要でしょう。

そう考えれば、現時点で行うべきは、日本観光がリスク、有事に強いという信頼感を醸成することにあります。流行りの言葉で言えば「レジリエンス」を示すということです。既に、我が国は地震などの激甚災害に対しては、ほぼ自動的に「ふっこう割」が起動することによって、風評系の需要減に対応する仕組みが出来ています。また、度重なる有事への対応を経て、政府、特に経済産業省(中小企業庁)も、観光事業者に対して、かなり迅速に緊急融資などの対応が取れるようになってきました。数年前には、観光が産業として捉えれてもいなかったわけで、隔世の感があります。

需要に手を突っ込むことが重要

現時点においては、現業の事業者を支えるための施策群であり、対象の多くは日本の事業者ですが、これらの対策の内容を、敢えて日本語だけでなく、英語でも発信し、海外の関係者(投資家だけでなく、旅行会社や航空会社なども含む)に、日本政府が観光産業をしっかりと支えようとしているということを発信していきたいところです。

その対策の中身ですが、供給側に対するものと、需要側に対するものがあります。多くの政策金融は供給側を対象としていますが、観光の場合は需要側に大きく展開することが必要です。

その理由は、サービス業は製造業と異なり、在庫が持てないことにあります。

製造業の場合、公的支援を受け操業を続けながら製品を先行的に生産し、状況が落ち着いたところで一気に販売することが可能です。つまり、事業が継続できるようにしておけば(その製品に競争力がある限り)、売上は後から回収できます。他方、需要側(消費者)に、何かしらのインセンティブを付与しても、安いからといってTVを何台も買うわけじゃないので、効果は限定的です。

一方、ホテルの客室数や飲食店の席数は決まっており、ある時間に失った需要を取り戻す術はありません。今日、失った売上は、後日、取り戻すことは出来ないのです。そのため、ともかく「需要を戻す」ことが観光産業の復活においては重要となります。もちろん、破綻しないように運転資金を供給することも重要ですが、需要を失った状態では、事業自体が成立しないため、需要を戻す見込みがなければ、果てしのない延命措置になってしまいます。

つまり、観光産業維持のためには、需要側にドカッと手を突っ込んで、その需要を喚起することが必要なのです。しかも、観光産業は地域に立地していますが、需要は国土全体に拡がっているわけですから、需要喚起は国が主導的におこなうしかありません。

ふっこう割の限界

そういう観点から生まれたのが「ふっこう割」であったわけですが、今回の事態では、この仕組はあまり有効ではないと思っています。

その理由は、2つあります。

まず、安価にすることで、感染リスクを高める可能性があるということ。疾病に対して人は大きく3つの反応をします。1つは裏付けのない自信で「自分は関係ない。大丈夫」という人々。次に、多くの情報を集め自立的・自主的にリスクを判断できる人々。最後に、情報に流され能動的にリスクを感じる人々です。

感染の状況が不安定な中で、「安さ」を全面に出すと「自分は関係ない」という人々を招き入れる可能性が高まります。欧米で禁足令が出ても、一部の若者が騒いでいるのは好例でしょう。こうした人々は、当然のように感染症対策についても意識が低いですから、いわゆるクラスターを形成してしまうリスクを高めることになります。

もう一つは、ふっこう割は「発地は無傷」という前提に立っています。つまり、発地には需要が厳然としてあり、それが風評によって避けられてしまうので、「お金の力」で、従来、経済的な理由でその地域(施設)に行くことが出来なかった人々も含めて、旅行先選択してもらおうということです。つまり、第1の波に対応する施策です。

しかしながら、今回の場合は、第3の波によって、発地も大きなダメージを喰らいます。ボーナスカットや定昇見直しといったことが顕在化していけば、そもそも不要不急の旅行自体を取りやめる選択をとる世帯が増えることでしょう。

そうした状態でも、非常に安価にすれば、需要は動かせるかもしれませんが、そうした極端な割引施策をとると、サービス価格が崩壊することに繋がります。既に「日本は安い国」と捉えられている現状を、更に悪化させてしまったら、観光振興の意味自体を喪失するでしょう。

所得税控除に連動する旅行減税の導入

では、どうするのか。

私は、「旅行したり飲食したりしたら、所得税が減税される」という施策が良いと考えています。いわゆる「住宅減税」の観光版ですね。
仮に「旅行減税」と名付けましょう。

旅行減税は、一律の所得税減税や、消費税減税と異なり、特定の活動(この場合、宿泊や飲食など)をしないと減税の恩恵は受けられません。しかも、その原資は、自分が収めるはずだった所得税(または住民税)となります。

ふるさと納税が爆発的なヒットとなったのは、いわゆる高額納税者の人々が、自身の重税感を和らげようとした行動の結果です。「どうせ税金に取られるなら」という発想は、多くの人が抱く感情でしょう。

もともと、宿泊観光旅行を支えているのは世帯年収500万円以上の人々です(国民の実施率は約50%)。つまり、この人達が普段どおりに宿泊し、飲食すれば国内市場は支えられるのです。

そして、彼らは、年間100万円以上(所得税率20%で計算)を所得税として納税しています。仮に、この内、20%までを旅行減税によって税額控除可能となれば、旅行に行かない人はいないでしょう。

しかも、この方式であれば、ポスト・コロナに対応した需要を引き出すことが出来ます。

まず、高額納税者(=税額控除が大きい人々)は、人数が限定されます。これは一見、マイナスのようですが、税額控除は消費額に連動するので「人数は少ないが単価は高い」という状況を創出出来ます。つまり、現場においては量ではなく質を志向することが出来ます。これは、「団体客を狙わないで良い」というマーケティングに繋がります。おそらく、完全に新型コロナを撲滅することは難しく、感染症対策を行いながら「折り合いをつけていく」ことが必要となることを考えれば、このマーケティング視点はとても重要。

さらに、一般論ですが、年収と学歴は比例します。学歴が、必ずしも知性を示すわけではありませんが、確率的にいえば「自立的に判断できる」人が多くなるでしょう。つまり、自立的に判断出来る人ほど、多くの消費を行うことを誘導することになります。これは、感染拡大対策にも役立つでしょう。

しかも、経済がクラッシュしたとしても、公務員や一部大企業の社員は、いきなり所得が減ることはありません。つまり、当面は、しっかりと「納税」することになるわけで、原資は維持されます。

つまり、旅行減税では、第2、第3の波への対応力の高い需要を引き出せるのです。

巷では、景気対策として、消費税減税が叫ばれていますが、2018年度実績で消費税の税収は18兆円、所得税は20兆円。対して、国内宿泊旅行市場は2017年実績で17兆円。

消費税減税をしても、第3の波によって消費は増えないかもしれないし、仮に消費が生じてもどこに向かうかわかりません。無理に誘導すれば、第2の波への対応力がおかしなことになり爆発的な感染を呼び込むリスクもあります。

一方、仮に、所得税の20%を控除可能とすれば、4兆円を特定の消費分野に割り当てることが出来ます。「患部」に直接、需要を打ち込むことが出来るということです。

なお、わかりやすさを優先して「旅行減税」としていますが、単品の飲食やコンサート、テーマパークなども「ホスピタリティ産業」を対象となることをイメージしています。

「気」をつくる

仮に、こうした施策が展開できると、日本という国は、観光産業を基幹産業としてしっかり支えていくアピールになるでしょう。これは、サービス経済社会の特性を踏まえた経済対策が打てる国という評価にも繋がり、第4の波を抑えることになるでしょう。

経済というのは、雰囲気によっても大きく左右されます。熊本地震の時の「ふっこう割」がそうであったように、人々のマインドを動かすくらい政策を展開し、「気」をつくっていくことが重要と考えます。

感染拡大が続く現状では、事業者が倒れないような支援策を展開しつつ、一定程度、落ち着いたタイミングにおいて、こうしたユニークで、インパクトのある支援策の展開を期待したいところです。

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