コロナ禍に関する状況は、日々、変化しているため、対応を検討することは非常に困難である。

ただ、相応の期間、需要は減退すること。特に、訪日旅行については、年単位で喪失することは、ほぼほぼ確定している。

国内需要が、どこまで下がるのか、踏みとどまるのかは、今後の感染状況次第だが、現時点(2020/03/29)では、夏前から徐々に戻してきて、秋頃には2018年に近い水準まで戻ってくるとしている。

日々、悪化するコロナ禍の状況において、これとて、かなり希望的観測をもった推計であり、実際には、これより悪化することは容易に想像できる。

言い方を変えれば、この推計のもととなるシナリオは、ロックダウンのような完全閉鎖とはならず、顧客も地域も施設も、感染症対策を徹底するかわりに、一定の行動の自由を確保する。並行して、秋ごろにはワクチンはともかく、対処療法的な薬も出来ているといったことを「期待」してのものである。

これは「甘い想定」とも言えるが、その「甘い想定」であっても、国内、訪日を合わせて7.8兆円という甚大な市場喪失となる。

需要喚起策の有効性と限界

昨日(2020/03/28)の首相の記者会見において「コロナ収束後」に、観光旅行分野への需要喚起策を行うことが表明された。これがうまく機能すれば、コロナ禍が一段落した後に訪れる第3の波による市場縮小を押し留めることは期待できる。

訪日旅行は、相当程度、遅れることは確定的であるし、海外に対して日本政府が需要喚起を行うことは出来ないから、対象は主に国内旅行となる。

日本人は、実は、半数しか宿泊観光旅行を行っていない。そして、この宿泊市場規模を左右するのは、主に経済要因である。

給与水準と宿泊観光旅行市場の中期的推移

この事実は、経済的な支援を行うことで、従来、観光旅行をしていなかった人も旅行に出てもらい、結果、国内の旅行市場を膨らませることができる可能性を示している。

訪日旅行は市場拡大してきたが、それでも、消費額で見れば国内宿泊旅行の1/3にも達していない。これに対して、前述のように、国民の半分しか観光旅行に出ていない。短期的でも、国民の休眠層を掘り起こすことができれば、市場規模を補うことは可能となる。

ただ、これには大きな問題がある。

それは、この需要喚起策はコロナ禍が、なんらかの形で収束しないと展開できないということ。

その間、需要は喪失され続け、ホスピタリティ産業は収入を失い続け、固定費が赤字となって襲いかかる。

この発生した赤字を取り返すには、収束後、従前以上の水準に需要を伸ばすことが必要となる。それが、政府の経済的支援ということになる。

このままでは、2020年の国内旅行市場は2018年比の71%となるが、仮に、秋以降に国内需要が戻ってきたとして、10−12月が2018年比の200%(金額ベース)で稼働したとすれば、2020年の国内旅行市場は、2018年比の96%まで回復でき、市場喪失は7.8兆円から4兆円に圧縮される(訪日旅行を含む)。

一見、問題ない取り組みと感じるが、そうではない。

ホスピタリティ産業は、その容量を上回る需要を受け入れることが出来ないからだ。ホテルの客室数も、飛行機の座席数も、また、テーマパークの快適な入場者数も、全て限界がある。

もともと、各施設は、都市部では高い稼働率で推移してきたし、地方部でも週末や連休などは100%に近い稼働率になっている。つまり、コロナ収束後に需要が戻ってきた時に、更なる需要を喚起することが出来ても、その追加分の需要を受け入れることは物理的に難しいのだ。訪日客がダウンする分、余裕が無いわけではないが、訪日客は平日稼働を高めていた点もあるから、とても、人数ベースで200%稼働できるとは出来ない。

つまり、ここで示す「金額ベースで200%稼働することで国内市場96%まで回復」というシナリオは、かなりお花畑的な机上の空論である。

事業の底支えが必要

このように、訪日客が戻るまで(=国際旅行が正常化されるまで)国内需要の喚起は、非常に重要であるが、それだけで市場が2018年水準にまで回復されることはない。つまり、現在の損失の「全て」を、収束後の売上で補うことは出来ない。

そのため、将来的な需要喚起策が約束されても、「無利子」や「低利」での融資が政策的に用意されても、事業者は、おいそれとそれに乗ることは出来ない。

となれば、早急に需要を戻すことが重要となる。実際、震災やリーマンショックであれば、早急な需要促進策を展開することが傷口を広げない最善策となる。しかしながら、今回の場合は、当面の間、需要喚起策を展開することが出来ない。

つまり、収束までの期間の需要喪失による損害は、将来的にも回収不可能な損害として「確定」するということだ。

事業者が単体で耐えられる期間は短いから、確定した損失(現時点では数カ月先までは確定)について、何かしらの支援が無ければ、多くの事業者が破綻。それは地域のホスピタリティ産業クラスタを破壊することは、前回、指摘したとおりである。

ただ、需要が数ヶ月に渡って喪失されることを考えれば、国が、その全てを支え続けることは困難だろう。

また、ポスト・コロナで生じるであろう激しい競争を考えれば、早めにホスピタリティ産業から他分野に転職する、業態を変更する、観光振興から手を引く地域が出てくることは、必ずしも否定されるものではない。

それでも、敢えて、観光を旗印に掲げていこうという地域においては、国だけに頼るのではなく、地域特性に応じた独自の対応を「なりふり構わず」「数カ月に渡って」展開することが求められる。

コロナ禍収束まで、産業クラスタを維持する事ができなければ、ポスト・コロナへの挑戦権は得られないからだ。

需要喚起のやり方

しかも、コロナ禍収束後、経済的な需要喚起策が展開されても安心は出来ない。

前述のように、供給量を上回る需要を受け入れることは出来ないから、その需要喚起策が魅力的なものであればあるほど、現場はオーバーフローすることになる。

さらに、おそらく、その時点で、コロナは収束してはいても、終息はしていないから、無秩序に観光が復活してしまえば、抑え込んだ感染を再拡大させることにもなる。

そのため需要喚起も、量だけに注目したやり方は避けるべきであり、課題に留意した丁寧なデザインが必要となる。

その課題とは以下の3つである。

  • (強い地域において)1人あたりの消費単価を上げること
  • (全ての地域において)旅行発生日を分散させること(平日の稼働を高めること)
  • (弱い地域に)旅行先を分散させること

観光は競争環境にあるから、観光地が持っている競争力によって需給関係は大きく変化する。これを理解して需要喚起策を立案することが必要である。

少なくても、単純な「プレミア旅行券」では対応できないことは明らかでしょう。

私からは、以下の対策を提案しておきます。

  • 旅行費用を所得税から控除する「旅行減税」–>単価アップ
  • 「ワーケーションの推奨」および「キッズウィークの本格展開」–>旅行発生日の分散
  • 旅行先を限定した「割引クーポン」の発行–>旅行先分散

コロナと付き合うホスピタリティ産業

ホスピタリティ産業としても、ポスト・コロナを睨んだ対応が必要だろう。

コロナ禍は収束はしても、終息はしない。ポスト・コロナにおいても、おそらくコロナは現在のインフルエンザと同様の存在として、人類社会と共存するだろう。

すなわち、これからの観光においては、感染症対策は必須となる。現在でも、手の消毒や職員の健康チェックといった感染症対策は展開されているが、今後は、施設の空間デザインや、根本的なサービスデザインの変更が必要になるだろう。

例えば、飲食店で言えば、ビュッフェ・スタイルは基本的に継続は困難だろう。机の間隔も拡げる必要もあるだろうし、抗菌性の高い部材の使用も求められるようになるだろう。

宿泊施設でも、部屋の清掃(消毒)のやり方も変わってくるだろうし、リネンの取り扱いも変わるだろう。空気清浄機は必須になるだろうし、全館のエアコンも従来以上に換気率が高いものが望まれることになるだろう。また、エレベーターのように不特定多数の人々が利用する設備については、非接触型の操作手法を導入するといった対策が必要になるかもしれないし、施設によっては、チェックインやチェックアウトなどスタッフとの対面作業が生じる部分は、機械化が求められるだろう。

さらに、ラウンジのように不特定多数の人々が集うような場所や、多様な人々が「和気あいあい」に共同作業するようなプログラムは、そのコンセプトの見直しが求められよう。

また、重要な観点は、感染抑止は、施設側だけでなく、顧客側の協力も重要となるということだ。具体的には、「感染上等」というセグメントを引き寄せないマーケティングも重要となる。来訪いただくとしても、しっかりと感染症対策を実践できる、リスクを意識した顧客セグメントにフォーカスすべきである(その意味で、収束前に割引クーポンで集客することは、あまり推奨できない)。

マーケティングという点で言えば、当面の間、MICEは厳しい状況となる。すでに国内では修学旅行も大型イベントもストップしているが、ビジネス系の会議、コンベンションも当面は開催不能だろう。更に言えば、これらは、ビジネス系需要については、ネットへと推移し、戻ってこない可能性も想定しておくべきである。

となれば、閑散期対策として注目されてきたMICEが機能しなくなる訳であるから、DMOのミッションも大きく変化することになる。

DMOのミッションという点では、感染症対策に対する地域単位での取り組み管理も新たなミッションとなることだろう。今回のコロナ禍は、人々の心にも強い不安と恐怖を受け付ける。顧客にとって、旅行は一連の経験の集合体であるから、その一連の経験に渡って感染症対策を展開し、顧客の信頼を得ていくことが必要となる。さらに言えば、地域コミュニティにおいても、今回のコロナ禍によって感染リスクを高める「観光客」を呼び込むことに拒否感、恐怖感を持つ人々は出てくるだろう。そうした人々も納得するような感染症対策を地域全体で展開することも求められるだろう。

市場構造が変化する中、交流人口の捉え方についても、考え方を変えていく、つまりは、基本的なビジネスモデルについても再考していく必要があるだろう。

官民パートナーシップの展開

いずれにしても、何度も指摘しているように、民間だけでも、国だけでも、地方自治体だけでもこの混乱を乗り越えることは難しい。

民間と行政のファイナンス、時間軸、ガバナンスの違いを、こういう時こそ、うまく組み合わせて、それぞれの苦手な部分を補いながら展開していくことが重要だろう。

熊本地震において、ふっこう割が創出された。これは、国レベルにおいて観光産業の特性に配慮した結果であり、官が民を支援する体制が作られることになった。今回のコロナ禍は、熊本地震など天災を大きく上回る「有事」である。

2020年を生き延び、ポスト・コロナの挑戦権を得るには、国に頼るのではなく、地域レベルにおいて、官民挙げてのかつてないパートナーシップの構築が求められている。

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