多様な業種、領域でコロナ禍対応ガイドラインが出てきています。

業種、領域によって差異はありますが、基本的には、フィジカル・ディスタンスを取り、マスクをしてくださいという内容です。

そして、これは既に「ニューノーマル」として既定路線となりつつあります。

ただ、これは、人と人の関係性、コミュニケーションの基本を変えてしまうほどの影響力があります。特に、人と人とのリアルな関係性が価値の中心となっていた観光分野において、こうした「ニューノーマル」を無条件に容認することは、できれば避けたいというのが本音です。

現在、各種のガイドラインで提示されている行動様式は、利用客(顧客)が「感染者かもしれない」という前提に立って設定されています。これは、無症状者も多い新型コロナの特徴を考えれば、合理的な判断です。

しかしながら、観光サービスの現場を変えると、少し違うようにも思います。

例えば、飲食店では、対面に座るを止めましょうとなっていますが、顧客が(同居している)家族だったら、飲食店だけ対面に座るのをやめても意味がないでしょう。

これが家族でなくても同様です。

カップルでも、グループでも構いませんが、家族でなくても、日常的に接点がある人々の集団であるならば、飲食店とかカラオケボックスとか、そういうスポットにおいて接触を制限しても意味はありません。それ以外のところで、濃厚接触しているからです。

顧客の立場としても「自分たちは安全である」と思っているから、一緒に飲みに行こうとか、遊ぼうとか思うわけです。
そう考える人々の接触を禁止/抑制する「義務」は、事業者には無いでしょう。

一方で、第3者がすれ違うような場合は、ディスタンスを取れるようにする必要が事業者にはあります。例えば、友人グループでのカラオケボックスではなく、様々な人が集うカラオケ喫茶や、テーブルサービスが無く不当的多数の人々が集まる飲食店、例えば、立ち食いそば屋では特別な対応が必要です。ある客は距離を取りたいと思っても、他の客は無頓着であるというのはトラブルの元になります。

なお、従業員も、顧客から見れば「第3者」です。よって、従業員との接点を分離する取組は、幅広い事業者で必要となるでしょう。そして、これは従業員を「守る」ことにもなります。

このように考えれば、観光ホスピタリティ領域の感染症対策とは、以下のような環境をつくる事となります。

  • 従業員と顧客の間は、フィジカル・ディスタンスが確保される
  • 顧客は、希望しない他者との間にフィジカル・ディスタンスを確保できる
  • 顧客が信頼するグループ内は、従来どおりのコミュニケーションが取れる

マーケティングによって現場は変わる

緊急事態宣言初期のように、感染拡大期であれば「誰が感染しているのかわからない」ので、それがどんな人であったとしても、人が集まること事態を抑制する必要があり、その場を提供する施設を閉鎖することで、その機会と場所を物理的に潰すことは意味のあることでした。

しかしながら、一時的なものだとしても感染拡大が収束し、また、各個人が感染リスクを考えた行動を取っていることを考えれば、かつてのように「どこに感染者が居るかさっぱりわからない」状態では無くなっています。

また、人々も、何が感染リスクを高めるのかということはわかってきています。

つまり、感染拡大防止の焦点は、感染の機会と時間を提供する場所を潰すことではなく、人々の適切な行動へと移っているのではないでしょうか。

仮に、こういう考え方を広めることが出来れば、ニューノーマルの世界の中でも、観光ホスピタリティの現場は大きく変えることが出来るでしょう。

例えば、劇場などでは座席を、必ずしも一つ置きにする必要は無くなります。グループ間がディスタンスを取れれば良いのですから、グループ単位で人が集まるようにすれば、座席効率を高めることが出来るでしょう。

もちろん、「密集」も避けるべきですから、ホール全体での稼働率は下げる必要があります。その水準をどこに設定するかは、空間の大きさや形状、空調機能などとなるでしょうが、3割や4割という水準よりは上積みできるのではないでしょうか。

この考え方は、鉄道や航空機でも同様に応用できます。必ず、隣席を空けなければならないとなれば、最大稼働率は大きく下がりますが、グループ内は隣同士でもOKとすれば、状況は変わります。

飲食店でも、グループでの会食を主体とするのであれば、グループ外の人々が接触しないようにテーブル配置を工夫したり(数を減らしたし)、オーダーのとり方をオンライン化したりすることで、対応は可能でしょう。

一方、一人客を中心とした場合、ディスタンスは最大値となります。劇場や映画館、スタジアムといった施設では、出し物(興行内容)によって、上限となる客数が変わっていくということも起きてくるでしょう。

今後、観光ホスピタリティ分野においては、「同行者」の存在、ターゲッティングが、より重要になっていくことでしょう。

誰がリスクテイクするのか

互いに感染しているリスクは低いと信頼し合えるグループであれば、そのグループ内の行動は自由(=事業者が強制的に抑制するものではない)と考えれば、現状では厳しいとされる団体客も可能となります。

例えば、修学旅行は「人数が多い」からNGとされていますが、その参加者は、学校で顔を合わせている集団です。日常生活(学校生活)で、感染が抑制されているのであれば、修学旅行だからといって、特段に感染リスクが高まるということは考えにくい(学校外の人々とは適切なディスタンス確保が前提)。

同様に、地域サークルだとか、学校のスポーツ合宿、学習塾の合宿といったものも、単に「人数が多いから危険」ということにはならないでしょう。

ただ、おそらく、そう簡単に話が進まないでしょう。

されは、誰がリスクを取るのか、ということが判然としないからです。

旅行をすれば、どんなに注意をしたとしても、グループ外の人々との接点は生じてしまうからです。危ないとされながら通勤電車や、パチンコ屋において確認されたクラスタが無いことや、個々人での意識や行動も上昇している事を考えれば、感染確率はかなり低いと考えられますが、感染リスクはゼロとはなりません。

団体旅行を実施するとなれば、この感染リスクが「オン」されることになります。団体旅行の場合、この増大リスクを誰が負うのか、という問題が生じてくることになります。例えば、学校長が、その責任を負えるか?と言われたら、無理でしょう。

父兄を含めて、多くの人々が、旅行や集団活動を、生活の中で許容できるリスクと考えられるようにならないと、残念ながら、こうした類の団体旅行の再起動は難しいでしょう。

むしろ、本来、リスクが高いはずの、個人グループが集まっての団体旅行の方が、個々にリスクテイクの判断が出来るので、先に再起動するかもしれません。

地震などの災害時も同様ですが、旅行実施の意思決定者と実施者の距離がある旅行は、リスクテイクの関係で、再起動は遅くなってしまうということです。

マスクとディスタンス

一方で、自立的に判断できる個人グループが対象の場合、地域や施設がうまく取り組めば、より自由度の高い環境を作り出すことも出来るでしょう。

現在の感染症対策では、マスクとディスタンスが両輪となっていますが、これは、いずれも飛沫感染防止のための取組です(マスクは、口に手指を触れさせないという接触感染効果も指摘されていますが)。

いずれも、飛沫感染防止なのであれば、どちらか一つを徹底的に取り組むという選択肢、つまり、グループ間のディスタンスが確実に取れるのであれば、マスクは不要。他方、マスク着用を義務付けた上で、ある程度の密集は可能という考え方があっても良いでしょう。

さらに言えば、地域や施設の来訪者グループが、グループ相互に「信頼できる」関係とすることが出来たら、感染症対策のデザインも大きく変わることになります。

例えば、旅行前から行動抑制をしっかりと行った顧客には、一定のライセンスを与えるといったことが出来れば、居合わせた異なるグループ間でも、互いに信頼をつなぐことが出来るのではないでしょうか。

顧客に対して、旅行前から行動抑制を促し、それを報告してもらうような仕組みを展開すれば、その地域には、より感染リスクの低い人々が集まるようになります。これは、地域にとっても、観光客自身にとってもありがたいことでしょう。

さらに、その仕組みを、滞在中(旅ナカ)、滞在後(旅アト)のフォローにも使えるようにすれば、その地域の感染症に対する信頼度はさらに高まるでしょう。

その「信頼」を前提に、地域内の行動について自由度を高めていくということも可能となります。

こうした取組は、顧客にも地域に対する一定の責任を持った行動をお願いするというレスポンシブル・ツーリズムの取組とも相性が良いものとなります。

量から質へは、何度となく、繰り返されてきた指摘ですが、コロナ禍からポスト・コロナにおいて、観光を「身のある形」で再起動していくためには、観光客CRMは、とても重要な概念となるでしょう。

ニューノーマルについて考える

感染症対策は「待ったなし」であり、ニューノーマルへの対応は、重要な課題です。

しかしながら、このニューノーマルは、未知の概念であり、与えられるものではありません。

観光ホスピタリティ分野は、顧客との相互作用で経験価値が生まれます。感染症対策は、従来の衛生要因(例:トイレをキレイに掃除する)とは異なり、顧客と事業者・地域が、協働的に行っていくことが求められます。

つまり、ニューノーマルへの対応というのは、教科書的なものではなく、それぞれの主体が、自ら投入できる経営資源を活用して、感染症対策と、顧客の経験価値を両立する手法を考えていくものだということです。

これは、マーケティング/マネジメント/ブランディングをフル活用する総力戦です。

総力戦ですから、当然のように、ここで培ったノウハウや信頼は、ポスト・コロナの「闘い」においても、重要な意味を持ってくることになります。

観光が、再起動されつつある現在。試行錯誤をすることにはなりますが、自分たちなりのニューノーマルを作り上げていくことが求められているのではないでしょうか。

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