GoToトラベルは、7月22日開始に繰り上げられた後、東京都の発着を当面除外するということで、事業化が進んでいます。
これについて、多くの賛否が交わされていますが、量的には否定的な意見、主張が多いのが実情でしょう(2020年7月19日現在)。
先日、発表された旅行会社の取扱高を見るまでもなく、我が国の観光産業(ホスピタリティ産業)は、4月以降、需要をほぼ喪失しており、各種の政府/行政からの支援と、金融機関からの融資、そして、内部留保でなんとか存続しているというのが実情です。
名目GDP(2018)ベースで見て、宿泊・飲食はGDPの2.5%。観光消費全体の波及効果を含めるとGDPの5%を占めます。これは、自動車(輸送用機械)の3.3%、農林水産業の1.2%と比べても、非常に大きな存在です。
しかも、製造業は「コロナ終息後」に、生産ラインをフル稼働させて、売上を対前年+とすれば、コロナ禍での損失をいくらか取り戻すことも可能ですが、観光産業は稼働率100%以上には出来ないので、そうした対応も難しい。そのため、一旦、生じたマイナスは、その後も大きな負債、負担としてのしかかることになります。
そういう状況の中で、早期に需要を戻すことは非常に重要であり、そのための手段がGoToトラベルであるわけです。
トロッコ問題
ただ、コロナ禍は終息はもちろん、収束したとも言い難い状況にあることで、GoTo事業を動かすことに、反対意見が多く出されるようになっています。
現状、肯定派は、観光産業の重要性を指摘しつつ「これ以上待てない」という論陣を張り、否定派は「感染拡大が拡がることはやめるべきだ」という論を展開する。これは、究極的には需要喪失による経済死(自死)と、感染拡大による病死のいずれかの損失がより大きいのかという話となります。
実のところ、こういう議論は緊急事態宣言の発出以前から出ているものの、建設的な議論材料とはなっていません。
2つの選択肢があった際に、そのままでは比較できないものを、同じ尺度に変換する比較検討できるようにする…というのは、一つの意思決定手法ですが、これは経営者や施政者のツールであり、感情的、情緒的な問題解決とはならないというのが一つの理由でしょう。
さらに、今回の自死と病死のどちらが多いかというのは、「死者数」という人にとって、究極の問題であり、それは、そのまま「トロッコ問題」ともなります。
しかしながら、トロッコ問題に「正解」はありません。
感染拡大に依る病死者か、経済クラッシュに依る自殺者か。どちらを選ぶということは、現実的に出来ないでしょう。
その意味で、観光産業の苦境を数値的、論理的に示し、その対策としてのGoToの有効性を述べたとしても、それを元に議論を積み上げていくことは難しい。
観光需要の復活に向けては、トロッコ問題にしない発想と仕掛けが必要となります。
本当に「トロッコ問題」なのか
私は、東京で感染拡大が進んでいる−>GoToで旅行促進したら感染が地域に広がる ということが、ほぼ確定的な事実として語られている点に突破口があるのではないかと思っています。
まず、東京で感染拡大が進んでいるとは言っても、東京の人口(1,400万人)に比すれば、それはごくわずかです。
仮に、1日1,000人の新規感染者が居て、それが2W、感染状態にあるとすると、東京の市中に居る感染者は1,000人×14日分=14,000人です。これは、東京都民の0.1%に過ぎません。
残る99.9%は、感染とは無縁(または既に回復済み)となるわけです。
現在の新規感染者数の水準であれば、更に小さくなります。
次に、宿泊観光旅行に出かける人々に注目してみましょう。これについては、各種の統計が出ていますが観光庁の資料を参照すれば、宿泊観光旅行の実施者は国民の半分でしか無いことがわかります。
さらに、各人の年間旅行回数から国内観光市場のシェアを算出してみると、実は、3割程度の国民によって、我が国の国内市場はほとんど(9割程度)が占められていることがわかります。
まとめると、こんな感じ。
- 陽性者は、人口比で0.1%くらいしか居らず、残る99.9%はコロナとは無関係である。
- 宿泊観光旅行の実践者は国民の半数程度。特に、3割で市場のほとんどを占める。
つまり、観光を盛り上げるには、国民の3割(最大でも5割)が動けばOKだということです。そして、この3割から、陽性者となる0.1%を排除することが出来れば、原理的に旅行によって感染拡大が起きることは無いということです。
ただ、全ての旅行者にPCR検査をすることは困難ですし、仮に、検査をしたとしても、感度70%なので、30%の陽性者は見落とされますので絶対ではありません。
まさしく、藁の中から針を探すような取り組みとなるわけですが、既に「感染を下げるためには、どうしたら良いのか」という知見は多く蓄積されてきています。その知見を行動に起こしている人たちも多く居るわけで、それが感染拡大しているとされる東京都ですら99.9%以上の人々は感染とは無関係に過ごしていることにつながっているわけです。
であれば、感染しないようにしっかりと自制出来る人々であれば、感染リスクは相当低いでしょう。
「自制出来る人々」と「出来ない人々」の比率は、社会的な雰囲気によっても変化しますが、一般的に世の中は2:8とか3:7といったパレート分布をすることを考えれば、社会の8割くらいは「自制出来る人々」と考えることが出来ます。
彼らの需要を取り込むことが出来れば、感染拡大の抑制と、観光活動の再開という相反するように見える問題の解決が可能です。
つまり「トロッコ問題」に発展させること無く、コロナ禍での観光再起動は可能です。
ターゲッティングの明確化
しかしながら、そうした「自制出来る人々」は、その「自制力」の故に、旅行を自粛する人々も少なくないでしょう。
また、「自制でき」「旅行も可能」であっても、経済要因で宿泊旅行を実施困難である人々も、需要対象とはなりません。
当面は、「自制でき」「旅行意欲があり」「旅行に行く資力もある」を持つ人々を最優先ターゲットとしつつ、市場を拡大していく取り組みが必要となります。
この考え方を図で整理すると、以下のようになります。
トロッコ問題とさせず、感染拡大の抑制と観光振興を両立するのに重要なことは、「自制出来る人々」と「出来ない人々」をしっかりと区分することです。
基本、観光は「来る者拒まず」ですが、感染リスクの高い人々をフィルタリング出来ないと、この方策は使えず、トロッコ問題に逆戻りします。
図のAセグメントとCセグメントをしっかりと別ける手段を考え、実践することが何よりも重要だということです。
まず、ブランド力が高く、強いロイヤルティを顧客から得ている地域や事業者が「顧客に話しかける」だけでも、その効力を発揮することが期待出来ます。
ただ、多くの地域/事業者では、顧客の責任感だけに頼ることは出来ません。
多様な顧客がいる中で、主体的に地域が顧客に対応していくためには、宿泊拒否を法的根拠をもって行えるような仕組みをつくっていくことが必要でしょう。
これについては、既に投稿していますので、割愛します。
地域や事業者がコロナ禍において取り組んでいるのは、現場での感染症対策がほとんどであり、顧客についてはほとんど、視点が向けられていません。
しかしながら、地域が恐れているのは、地域において感染が拡大するのではないか?という以前に、感染者が地域に来るのではないか?という点にあります。
今後とも、感染「確認」者数は増大していくであろうことを考えれば、そのレベルで問題に向き合い、解決策を提示できなければ、観光を巡る「トロッコ問題」議論は収まらないでしょう。
「自制した生活、行動を行っていれば感染リスクは相当に低い」ということを、しっかりと活用して欲しいところです。
GoTo事業の意味
GoToトラベルは、割引というインセンティブを付与することで、旅行需要の喚起を狙うものですが、その要件として「感染リスクが低い=自制した行動を旅行前に取っている」とすれば、現出している問題の多くは解決できるはずです。
これについても、既に整理しているので繰り返しませんが、加えて言えば「楽しみにしている旅行のために、日常生活も気をつけて過ごそう」という思いや行動を広げることができれば、都市部での感染拡大を抑制するも出来るでしょう。
特に、旅行費用の減額という政策は、これまで経済要因によって旅行に行けなかった人々の需要を掘り起こすことになります。これは、既に行われてきたふるさと旅行券やふっこう割などでも確認されている事象です。
これは、先の図のセグメントAからセグメントBへの拡大ですが、掘り起こされる需要の人々は、毎年、当たり前に旅行に言っているセグメントAの人々よりも、旅行の希少性は高く、より良いものにしたいという思いは高いでしょう。
それには、地域の人々に暖かく迎えて欲しいということも、また、大切な家族が感染しないことも含まれます。
そう考えれば、事業の要件に「事前の行動制限」を付与することは、決して、排除のためではなく、気持ちよく旅行に行くためのものと理解してもらうことが出来ると思います。
誰もせっかくの旅行を、台無しにはしなくないし、楽しい思い出にしたいのですから。
今後の問題
今回のGoToトラベルに関わる問題は、観光の社会的な位置づけを脅かすことにもなります。
観光産業からすれば、コロナ禍は降って湧いた災難以外の何物でもありません。ここで経済的な合理性を強調していくことは、論としては正しくても、幅広い国民的な支持を得ることは繋がりません。
また、観光市場の混乱は、年単位で続くことになります。これを乗り越え、生き残っていくためには、持続的な社会的支援が必要となるでしょう。そのためには、GoToの「次」の支援策についても、展開をお願いしていく立場にあります。
そのためには、観光が「これまで以上に」社会的な支持を受けることが必要です。
観光はコロナ禍の中で、「世論」という社会的な不安に寄り添い、その上で、実利を得るための方策を考えていくことが、求められています。