GoToトラベルについての風当たりが強い状態が続いています。

私は別稿のように、GoToを動かすには「感染リスクの人を選別して誘致する」ことが重要だと思っていますが、今回は、それとは別に、観光関係者向けに「GoToの意義を周りに説明できる」ようにしたいと思います。

なぜ、やるのか

これについては、既に、いろいろと議論されています。

もともと、GoToの予算は、3月閣議決定の補正予算で確保されたものです。この時点では緊急事態宣言も出ていませんでしたし、SARSやMARSの事例からみても夏頃には終息するだろうという見立てがあったことは否定できません。

実際には、再度、感染者が増大している状況にあり、とても終息/収束したとは言えない状況にあります。事業の前提が崩れたと指摘されても仕方ないでしょう。

ただ、緊急事態宣言を経て、また、諸外国での感染状況を見てみると、どうも、このCOVID-19は封じ込めないようだ…という認識が広がりつつあります。と同時に、COVID-19の毒性は当初危惧したほどではなく、高齢者や持病を持っている人でなければ、死に直結するようなものでも無いということもわかってきました。

その結果、有効なワクチンが普及するまでは、コロナと共に生活するしか無いという判断が取られるようになりました。ニューノーマル、新しい行動様式は、まさしく、そうした判断のもとに提唱されてきた概念です。

とはいえ、「ニューノーマル」の多くは机上の概念であり、実践、具体化はこれからです。

観光ニューノーマルも、その一つであり、感染拡大抑止と魅力的な観光経験の両立は、どのようにすれば実現できるのかは、これから実際に切り開いていく必要があります。

具体的には、感染症対策のガイドラインを元に受け入れ体制を整えた上で、実際に旅行者を受け入れ、旅行者との共同作業で「安全だが楽しい旅行」を作り出していくことが求められます。

GoToは、そうしたニューノーマルな「観光」をあり方を考え、創り上げていくというミッション(目的)を担うものと「再定義」することが重要でしょう。

なぜ、観光ニューノーマルを創り上げることが必要なのか

なぜ、感染拡大のリスクを背負ってでも、観光ニューノーマルを創り上げる必要があるのかという疑問もあるでしょう。

それは、製造業社会からサービス経済社会へと世界が転換した中で、観光は、戦略的な産業となっており、この領域の産業振興について、世界中が競争環境にあるからです。

現実的に、製造業が今でも強いのは中国くらいで、日本を含めて他の先進国はサービス業が経済のほとんどを占めます。さらに、人口縮小と高齢化が進み、金融やITの国際化プラットフォームも作れなかった日本には、観光(ホスピタリティ)産業くらいしか、拡張余地のある領域はありません。

そして、その観光は、今回のコロナ禍によって、その競争が、一旦、休止、リセット状態となっています。この再起動後、どこがいち早くニューノーマルに対応していくのかが、その後の競争環境に大きな影響を与えることになります。

コロナ禍という世界共通の課題の中で、どれだけ有効な対処法を、どれだけ早く提示し、実践できるかということが問われているのです。

「観光ニューノーマル」は、感染拡大抑止と魅力的な観光経験の両立を目指すものですから、感染拡大を前提としたものではありません。両者の両立は、難易度の高い課題ですが、諸外国に先駆けて、これを実現していくことで、我が国の観光の強靭さと競争力を高めることになります。

なぜ、今なのか

これには3つの理由があります。

1つ目は、「夏」は観光にとって、非常に重要なシーズンであるということです。観光ニューノーマルを、いち早く「我が物」にすることが、競争環境において相対優位に立つために重要ですが、そのスタートラインとして、この夏は、大きな意味を持っています。

2つ目は、事業者が持たないということです。観光事業者にとって、春休み、GW、夏休み、秋の連休、年末年始は収益確保の5大シーズンです。その中でも夏休みは期間も長く、通常年でも事業の趨勢を左右するシーズンであり、これを喪失したら、ほとんどの事業者が破綻、そこまで至らなくても多大の負債を抱えることになります。

3つ目は、事業者の破綻や過大な負債の発生は、観光産業を「外人化」させてしまうということです。既に、多くの事業者は経営が厳しくなっていますが、そうした「足元」を見て、ファンドが攻勢をかけてきています。ファンドは利回りで事業を考えますから、安価に資産を取得できれば、問題ないからです。
そのため、事業者が、事業を続けようという意欲を持つことが出来なければ、地域の「資産」が(海外を含む)地域外に流出していくことになります(所有者が域外の主体に移るということ)。そうなれば、観光による地域の経済循環システムは壊れてしまいます。結果、観光がコロナ禍後に復活し、賑わうようになっても、地域への経済的恩恵は限定的なものとなってしまうでしょう。
この動き、構造は、コロナ以前から存在していましたが、コロナ禍をきっかけに、さらに悪化してしてしまう可能性があるのです。

事業者が、事業継続に意欲を持ち、ポスト・コロナへ向けた挑戦を行えるか否か、ギリギリのタイミングとなっています。

なぜ、需要側なのか

観光産業が厳しいのであれば、事業者に対して直接支援すればよいだろう。そうすれば、旅行者は発生しないから、感染も広がらない…という指摘もあります。

ただ、事業者に対する直接支援には、3つの難点があります。

1つ目は、旅行、観光という活動が発生しなければ、ニューノーマルを作り上げていくことは出来ないということです。
実際に、旅行活動が動かなければ、ニューノーマルへの対応は進めることができません。

2つ目は、事業者直接では、B2B取引が発生しないため、周辺産業に波及しないことです。
観光は多様な産業ネットワーク(ホスピタリティ産業クラスタ)の上で展開されており、その波及効果の乗数は1.5~2.0とされます。直接支援では、この乗数効果を得ることが出来ず、関連産業の困窮は解決できません。

3つ目は、直接支援では、個人消費を呼び込めないということです。今回のGoToの補助率は最大50%。この数値を考えれば国費補助の半額以上の金銭が動くことになります。同じ事業費を投入するのであれば、供給側ではなく、消費者側に使途限定で投入するほうが、実際に動く金額を大きくすることが出来るわけです。

なお、今回の事業費1兆円は、絶対金額としては膨大ですが、国内旅行だけで、その市場規模は16兆円ですから、直接支援しても、全く足りません。補助率50%で倍にして、さらに、波及効果で倍にして、やっと4兆円に達します。

需要側を支援するほうが、圧倒的に、効率が良いのです。

なぜ、支援が必要なのか

観光業界側のコロナ禍対応が進めば、行きたい人は勝手に行くのでは?という指摘もあります。

これにも3つの理由があります。

1つは、自然発生する需要だけでは足りないということです。

実際、コロナ禍であろうとも、観光にでかけたい人々は沢山いますので、GoToのような支援が無くても、一定の市場は動くことになるでしょう。

ただ、今回の場合、観光産業は既に3ヶ月分の需要を、まるまる喪失しています。観光は失った需要を、後から取り戻すことは出来ませんから、この損失を可能な限り埋めていくためには、これから自然に発生する需要だけでは困難です。

事業の持続性を高めるためには、「これから自然に発生する需要」だけでは不十分であり、さらなる「上乗せ需要」が必要なのです。

2点目は、この上乗せ需要は、従来、観光旅行を行っていない人から生まれるということです。

統計上、我が国では半数程度の国民しか、宿泊観光旅行にでかけておらず、その市場の9割は3割の国民が支えています。この3割の人々は、それなりに旅行に出る(=自然発生する需要)ことが期待されますが、上乗せ需要を得るには、観光旅行に行っていない人の参加が必要です。そして、観光旅行実施有無には、経済要因が大きく関わっていることが明らかとなっており、経済的な支援がなければ、この需要を顕在化させることが出来ません。

もう1つは、コストアップへの対応です。

ニューノーマルへの対応によって、観光産業のコストは間違いなく高くなります。通常、需要が減退しているときには、価格を下げることで収支を合わせますが、今回の場合、そうした対応を行ってしまうと、更に収支が悪化することになってしまいます。かといって、単純にコストオンしては、前述のように、「旅行をしていない人」の需要を掘り起こすことは出来ません。
消費者が負担する価格は抑え込みつつ、総額としてはニューノーマル対応のコストにも対応するためには、公的な補助制度が必要なのです。

なぜ、観光だけなのか

「困っている産業や人は、他にもいる。なぜ、観光だけ特別扱いなのだ」という指摘もあります。

これも、正論ではありますが、そもそも、コロナ禍に関わらず「困っている」事業者や人は、社会にいます。その全てを救うことは出来ないので、生活保護などのセーフティーネットを張りつつ、できるだけ、困る人が少なくなるように重点的な領域に資金を投入していくというのが通常です。

すなわち、観光が、そういう「重点的な領域」なのか否かという点で議論されるべきでしょう。

その観点で言えば、3つの理由が挙げられます。

まず、第1に、観光産業は、既に日本経済において大きなシェアを持っているといことです。

名目GDP(2018)で、宿泊・飲食でGDPの2.5%。波及効果を含めるとGDPの5%を占めます。たった、5%と思われるかもしれませんが、自動車(輸送用機械)は3.3%、農林水産業に至っては1.2%でしかありません。

「自動車産業が存亡の危機だ!」となれば、それは救うべしというコンセンサスは広く得ることが出来るでしょう。トヨタ自動車が倒産する日本経済なんて、想像も出来ませんからね。

第2の理由は、その5%を支えているのが、膨大な数の中小企業だということです。観光産業にはJRやANA/JAL、JTBといった大企業も含まれますが、これは、産業全体から見れば例外的存在であり、圧倒的多数は、全国津々浦々の中小企業で構成されています。多くの事業者は、地域経済や地域住民の生活と密接に関係しており、地域を「回す」存在となっています。例えば、路線バス事業者が多角化として宿泊事業を行っていたり、農業者が6次産業化で飲食店を営んでいたり、地域づくり団体が道の駅の運営を受託していたりなどなど。

こうした膨大な数の事業者のネットワークによって構築されているのが観光なのです。
これが壊されてしまえば、再構築することは難しく、地域経済は大きなダメージを負い、多くの地域は、再起することは難しくなるでしょう。

言い方を変えれば、観光が動くようになれば、毛細血管に血液が行き渡るように関連する幅広い主体にポジティブな効果を及ぼす事ができます。

第3の理由は、第2の理由と重なりますが、観光産業は雇用に大きな影響を持つということです。「観光」は、若年層や女性の雇用の受け皿となっています。どちらも、地域の活力においては重要な存在です。観光が元気になるということは、彼らの雇用を場を確保し、安定させるということになるのです。

更に言えば、観光は、一般的に年収が低い職業となっています。これは、パートや非正規雇用者が多いことと裏表の関係にありますが、見方を変えれば、社会の中でも、就労について、不安定な立場である人々の雇用の場を確保しているとも言えます。観光を守ることは、そうした人々の「場所」を守ることでもあるのです。

なぜ、全国なのか

感染拡大が続いているのに、なぜ、全国規模でやるのか。来てほしくない地域もあるのではないか。という指摘です。

これには、2つの意味合いがあるでしょう。

対象となる需要者(旅行者)が全国であるということと、対象となる旅行先が全国であるということです。

まず、前者について言えば、市場の構造から言えば、人口集中している大都市圏の需要が動かないと、観光市場には、ほとんどインパクトを与えることは出来ません。

6月から7月にかけて、県内旅行(県民向け)の割引クーポンを転化した地域は少なくありません。その多くは、即日完売に近い状態で売られ、その成果を実感している地域も多いでしょう。しかしながら、地方部は、絶対的な人口が少なく、かつ、経済力も相対的に低いため、こうした県民向けクーポンの販売限界はすぐにきます。現実的に、間をおかずに二度三度と旅行に行く人は、極めて少ないことを考えれば、容易に想像がつきます。

また、現在の観光振興は、地方創生の文脈ですが、県民の需要を回しているだけでは、地方創生には繋がりません。経済規模の拡大が起きないからです。短期的な延命措置としては有意義ですが、サスティナビリティは低いと言わざるを得ません。

そう考えれば、大都市圏の需要をどう動かすかということが、我が国の観光振興においては重要な課題となります。ただ、大都市住民だけを特別扱いすることは無意味ですから、全国を対象とするわけです。

なお、全国を対象としたとしても、人々は、結局は「近い」ところにでかけます。その移動距離は、概ね時間距離で2〜3時間、物理距離で100〜200kmというあたり。端的に言えば、都民の旅行先は観光甲信越がほとんどです。

よって、全国の自治体が、GoToに東京都が含まれることに、過度に反応する必要は無いというのが、マーケット構造の実際です。

ただし、沖縄だけは特別で、首都圏と強くつながっていますので、個別の対応が必要となります。

もう一つ。旅行先が全国なのはなぜか。

これについては、国として「どこどこには行ってはいけない」と言う立場にないということに尽きます。

観光振興に取り組むのは義務ではありませんから、自治体の判断として「観光客は受け入れない」という判断をする地域があっても良いと思います。現実的に関所を作るようなことは出来ませんが、地域内の事業者とGoTo対応は行わないという合意を取れば、実施可能です。

ただ、それには事業者と「では、どうするのか」ということについて協議することが必要となるでしょう。

これは、国がどうこうという話ではなく、地域の選択の問題であると思います。

なぜ、旅行会社経由なのか

旅行会社を経由することについて、おかしいという指摘もあります。

こうした指摘の背景には、利権構造を主張したい思いもあると思いますが、そもそも、旅行会社も観光産業の需要なセクターであり、それを支援するというのは、GoToの基本的な目的の一つです。

GoToはソーシャル・ツーリズムのように「広く国民に観光を楽しんでもらおう」ということを目的としたものではなく、つまり、需要側に寄り添ったものではなく、供給側の視点で作られたものだということになります。

もう一つの理由は、補助金を投入する以上、実際に、購買が行われたということを補足できることが求められます。例えば、施設と顧客が示し合わし、実際には宿泊していないのに宿泊したことにしたり、実際には1万円だったのに2万円として申告したりということが生じかねないからです。

旅行会社経由の取引であれば、そうした「詐欺的行為」を避けることが出来ます。

今回のGoToでは、宿泊施設への直予約も可能となっていますが「予約・宿泊の記録を独立した第三者機関に保管することができる仕組みを有する」ことが義務付けられていることは、こうした事態への対応のためでしょう。

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