地域が観光振興に取り組む理由の主たるものは、観光によって、地域経済が発展するということにあるだろう。

これは、観光客が来る->消費活動が行われる->地域事業者の売上となる->雇用や調達が発生する->人々や事業者が豊かになる->地域経済が発展するというリンクが、想定されているからだ。

ただ、実際のところ、この「リンク」は、必ずしも成立しない。

観光客の来訪≒消費額の増大

まず、観光客が来訪したからといって、必ずしも観光客に関わる消費額は増えるわけではない。例えば、河原にBBQしに人々が来訪しても、商店街に人が来てもウィンドウショッピングだけに留まるようであれば、消費は生じない。

また、消費が生じるとしても、例えば、お祭りで屋台が出る程度であれば、一人あたりの消費額は、さほど大きなものとはならない。

実際のところ、観光客を呼び込むより、消費を発生させる方が難しい。単純に言えば、無料でなんでもかんでもサービスすれば、人は集まる。ただ、それでは消費額の確保どころか採算割れ、マイナス効果となってしまう。

一般に、観光消費は、滞在時間に比例するとされるが、観光客の来訪によって、消費が生じるには、観光客側が消費を行う意欲が有り、その意欲に対応する消費場所、サービスが用意されている必要がある。

すなわち、ちゃんとした消費を生じさせるには、観光客が資力を持ち、かつ、彼らの嗜好に対応するサービスが存在する必要がある。この需要と供給にミスマッチがあれば、観光客の来訪=消費額の増大とはならない。

これは、多くの場合、マーケティングの問題として整理することができる。

消費の拡大≒経済効果

観光客の来訪が消費額の増大に繋がる場合でも、経済効果に繋がるとは限らない。

例えば、宿泊費用は、基本、それなりの金額となるため、宿泊客が増えれば、消費額は増大する。が、その宿泊施設が地域外の資本によって運営されている場合、その利益は、域外に漏出することになる。

食材を始めとした各種の資材調達も、域外の事業者との取引が増大すれば、地域に生じる経済効果は大きく減衰することになる。

また、経済効果には従業員に支払われた給与が、他の消費(事業者から見れば売上)に変わっていくことで生じる効果(家計迂回)も含まれるが、従業員が域外に住んでいたり、消費を域外で行うような場合、そうした効果も大きくならない。

すなわち、観光消費が生じる施設(事業者)が、域内からどれだけ人材や資材を調達しているのかによって、経済効果は大きく左右される。

なお、私が今まで計算した中での経験で言えば、市町村レベルにおいて、消費額に対し経済波及効果が何倍になるか?という「乗数」は、最低が1.2、最大で1.7。多くの場合は1.4程度となっている。

なお、日本全体では2.0程度となる。日本全体で見れば、外部への漏出はほとんど考えなくて良いから、これが最大値。見方を変えれば、各地域単位では、経済効果の0.6程度が、域外の経済システムに流れていると考えられる。仮に、域内での経済循環を高めることができれば、原理上、消費額は同じでも経済効果を2〜3割程度高めることが可能となる。

なお、観光消費と経済効果との関係については、以下で整理しているので参照して欲しい。

経済効果≒生産性

さらに、経済波及効果が増えることと、生産性が高まることは同意ではない。

観光による地域振興となると経済効果が注目されることが多いが、日本のように少子化、人口縮小に突入している社会では、「経済効果」に注目することの問題点もある。

それは、経済効果というのは規模を示すものであり、必ずしも、その質的な中身を担保するものではないからだ。

前述したように、観光消費があれば、その経済波及効果は1.4倍程度にまで拡がるし、域内調達を高めることで、更にその効果を増大させることができる。

ただ、経済規模が大きくなることと、従業員などが豊かになることとは、別の問題である。規模と効率とは別の話だからだ。

例えば、観光消費による経済波及効果によって人件費相当額(≒生産額)が1億円増えたとしよう。これは、雇用の原資となるが、その雇用は平均年収200万円で50人なのか、年収500万円で20人なのか、年収1000万円が10人となるのかを示すものではない。

つまり、平均年収が低いほうが「雇用効果が大きい」という事になる。

人口増も、地域振興の大きな指標であるから、むしろ、低賃金の方が喜ばしいという見方もできる。

そして、宿泊・飲食業の年収が他産業よりも低いことは、複数の統計資料より明らかである。

しかしながら、少子化、人口縮小が進む社会においては、低賃金の雇用者数を増やすことには限界がある。実際、コロナ禍以前に、人手不足は大きな問題となっていた。雇用が生み出されたにも関わらず、人が集まらなかったわけである。

これは日本、特に地方部においては、総体としての経済効果とは別に、労働生産性(生産額÷就業者数)を高める取り組みを行わなければ、人材という、最も基調な経営資源を調達できず、持続性は確保できないということを示している。

労働生産性は、日本全体の問題であり、地域独自で観光産業(ホスピタリティ産業)の生産性を高めることは難しい。ただ、ホスピタリティ産業の低い労働生産性を地域で高めるために重要とされるポイントが一つある。

それは、繁忙/閑散の差を埋めていくことである。ホスピタリティ産業の労働生産性が低いのは、観光客が特定の季節や曜日に集中する一方で、観光客がほとんどこない季節や曜日があることが原因の一つとされる。多くの観光客に対応するには、それだけ多くの従業員を雇用する必要があるが、閑散期には、従業員を持て余すことになる。そのため、非正規雇用、パート雇用など不安定な雇用形態となりがちである。

これは、従業員の「労働時間」を減少させるだけでなく、習熟によるスキル向上の機会を減らすことになる。

繁忙/閑散は、観光が宿命的に「良い季節」や「休日配置」に左右される需要であることに起因する。よって、繁閑差を抑制するには、非観光需要にも視野を広げ、季節や曜日に影響されない「集客」方策を考えることが必要となる。

観光で地域が豊かになるには

以上見てきたように、観光客の来訪を、経済的豊かさにつなげていくためには、3つの取組みが揃うことが必要となる。

  1. 地域の観光サービスに対する消費意欲のある顧客を呼び込むマーケティング
  2. 域外への経済的漏出を防ぐ産業クラスタの形成
  3. 非観光需要による繁閑差の抑制

現状、マーケティングに対する注目が高まりやすいが、観光消費の効率を高めるには、地域側の産業構造や、非観光需要への対応など、幅広い対応を行っていかなければ、観光消費は地域の豊かさに展開されない。

コロナ禍に見舞われている状況ではあるが、ポスト・コロナに向けて、観光振興の意味や体制について、再検討を行っていくことが必要だろう。

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