コロナ禍に寄って、世界中の観光市場が大ダメージを受けました。

多くの観光地は、この「荒廃」からの復活に取り組んでいくことになるわけですが、そこで課題となってくるのは、観光客数(量)を目指すのか、消費単価やCS、ロイヤルティなど(質)を目指すのかということ。

なぜ、観光振興に取り組むのか?というのは、地域によって異なる部分があるでしょうが、多くの場合、経済的な恩恵は重要な要素となっているはずです。

観光による経済効果というのは、人数×単価=消費総額で測ることが出来、さらに、これに波及効果の乗数をかけることで、経済「波及」効果が算出されます。

この単純な数式が示すように、人数を増やしても、単価を増やしても消費総額は増えることになります。

理想は、量も質も…ということになりますが、基本的に、両者はトレード・オフの関係にあります。

当然に、消費単価は、観光客の所得水準によって上限が設定されます(無い袖は振れない)が、その所得水準は大きく偏在しているためです。

2019年 国民生活基礎調査の概況(厚労省)より

例えば、世帯年収1000万円以上の人たちを狙いたいと思っても、それは全世帯の10%程度にすぎません。

一方で、世帯年収500−700万円でも支払える価格帯に設定すれば、当該の世帯(約17%)が対象になるだけなく、より所得の高い人々も受け入れられる可能性があります。階層社会的なプロトコルが希薄な日本においては、所得が高くても、必ずしも高額なサービスを利用するわけではなく、より安価なサービスも普通に利用するためです。

さらに、統計的には宿泊観光旅行は世帯年収500万円くらいがボーダーとなりますが、仮に世帯年収300万円でも支払える価格帯に設定し、市場を呼び込むことができれば、全体の市場規模そのものが拡大される可能性があります。

このように、価格帯を下げる(=より低い世帯年収の人々でも購入できるようにする)と、対象となる市場規模は指数的に拡大します。逆に、価格帯を上げると、市場規模はどんどん小さくなっていきます。

このように、量(人数)と質(単価)は、基本的にトレードオフの関係にあり「どちらも増やしたい/高めたい」というのは、基本的に矛盾した話となります。

では、量と質、どちらを重視するのか。

量については、コロナ前にオーバーツーリズムが問題になったように。また、コロナ禍において観光客数が急減したことで、一気に事業存続が危うくなったように、人数を重視すると、市場拡大時には過負荷となり、縮小時の経営リスクが高まることになります。

さらに、コロナ禍によって、多くの人々が密集することの危険性が指摘されるようになり、ポスト・コロナ(Withコロナ)においても、その危険性は潜在的に残ることを考えれば、人数より単価を重視したほうが、良いのではないか?という話になります。

が、現実的に、これが実践出来ている地域は、非常に限定されているのが実情です。

なぜ「量」が増えるのか

なぜ、そうなるのか。

この理由として、交通や宿泊といった観光事業が、サービス特性を持った装置産業であることが指摘できます。

まず、装置産業というのは、事業を行う上で、あらかじめ巨大な装置や設備を用意することが求められる産業を指します。ビジネスモデル的には、「装置」に初期投資し、それを稼働させていくことで投資を回収していくことになります。

次に、サービス特性ですが、モノとサービスを区分する基礎的な考え方にIHIP特性があります。これは、「無形性:Invisibility」「不均質性:Heterogeneity」「同時性:Inseparability」「消滅性:Perishability」の4つの特性ですが、装置産業との関係で言えば、同時性と消滅性が、強く影響することになります。

例えば、自動車産業は、わかりやすい装置産業ですが、モノであるため、自動車の生産と販売は分離できます。予約のバックオーダーを抱えながら生産された自動車を順次販売していく(例:スズキのジムニーは1年待ち)やり方もできるし、発売日までに、ある程度、先行生産しておいて発売日に一気に販売する(例:iPhoneは発売日までに多くの在庫を用意しておく)ことも出来ます。すなわち、装置の生産能力を考えながら、最適な販売タイミングを事業者側で設定できるわけです。

対して、交通や宿泊といったサービス業では、需要が発生した時に生産を対応させることができなければ、その需要を取り込むことが出来ません。今日泊まりたい客に「明日なら空いています」と言うことは無意味だし、平日に部屋を閉めても、休日に使える部屋が増えるわけじゃありません。

さらに、観光需要というのは季節波動、曜日波動がつきものです。公益財団法人日本交通公社の旅行年報2020によれば、出発月シェアが最も高いのは8月の14.3%。対して最も低いのは2月の5.6%で、その差は2.6倍です。また、平日と週末の格差も2倍を超えています。

季節波動、曜日波動は地域/施設によっても異なりますが、一般論として言えば、8月の週末と2月の平日では稼働率に大きな差が出ます。その差を仮に5倍とすると、8月の週末の稼働ユニット数を100とすれば、2月の平日は20ということになり、80ユニットが宙に浮いている状態となります。

当然、事業者としては、この空いているユニットを稼働させたいと思います。既に「装置」には初期投資してしまっているわけなので、空いているユニットが稼働すれば、それだけ収益は良化することになるからです。

ただ、低稼働の時期(曜日)というのは、需要が低いから低稼働となっています。需要の低さは、地域のその時期の魅力であったり、顧客側の勤務の都合だったり様々ですが、事業者側で取れる手段は、事実上、「安価にする」くらいしかありません。

前述したように、価格を下げれば、潜在的な対象市場の規模は大きく拡がりますし、十分な所得水準にある人も「この値段なら行っておこうか」ということになります。近年、当たり前のように使われるようになたダイナミックプライシングは、この需給構造を利用し、収益の最大化(イールド・マネジメント)を目指す手法となります。

オーバーツーリズムへと至るスパイラル

このように「ピーク」に合わせて用意された「設備」が、その稼働率をあげようとすれば「量」が必要となります。

これは経済合理性にかなった行動ですし、生産性向上のためにも稼働率を高めることは重要です。

つまり、装置産業にとって、最大の資産は「装置」であり、その装置の稼働を高めることが収益につながる以上、「量」への志向が高まるのは、自然なことだということです。

さらに、DMOなどが、MICEやキャンペーンによってオフシーズン対策を行うことは、事業者の収益向上、生産性向上につながる取り組みであり、これも適切な取り組みとなります。

問題は、そうやって「量」が確保できるようになった後の展開です。

量が増えるということは、観光客数が増えるということになります。右肩上がりで観光客が増える状況となれば、当然ながら「もっと事業を拡張したい」「新たに参入したい」と考える人達が出てきます。

オフシーズン対策が進もうと、オンとオフの人気差は残ります。そのため、観光客数が増えるほど、オンシーズンは過熱気味になり、販売可能単価も上がっていきます。そうなれば、その需要を獲得したいという事業者、資本家がでてくるのは当然の帰結でしょう。

しかも、こうした「人気」が出た観光地は、オフシーズンを含めて全体的に単価があがり、ピークシーズンには「高騰」とも言える金額にまで高まります。

結果、一定程度、観光客数が増えると、それに合わせて供給が増えることになります。新規に進出した(拡張した)事業者は、その初期投資を回収するため、攻撃的なマーケティングをしかけますから、地域の観光客数は更に増えることになります。

こうしたスパイラルに入ると、その地域に参入すれば「儲かる」という状況となります。そのため、雨後の筍のように事業者が新規参入してくることになります。以前であれば、宿泊事業をやろうと思っても、多額の資金が必要で、かつ、土地の取得から開業まで年単位の時間が必要でした。それが現在であれば、住宅を民泊や簡易宿所に変えることで、短期で参入可能となっているため、短期間で一気に供給量が増大することになります。

観光客が急増すると、地域の飲食需要を圧迫する中で、観光客向けの(高額な)飲食店は増え、不動産投資の増加は住宅価格や家賃を急上昇させることになります。

さらに、経験上、観光客の急増は3−5年で鈍化します。鈍化傾向に転ずると一気に供給過剰状態となり、相対的に競争力に乏しい施設、サービスは安売りに走ります。急増によって標準価格は上昇していますから、事業者としては、少々、安売りをしたとしても、十分、プレミアが取れるためです。そして、安売りは、一定の客数増効果と引き換えに、客筋悪化という副作用を拡げていきます。「混みすぎる」といったことで、良い客筋の人々が離脱していくと、更に、それを埋めるように低価格化と客筋悪化が起きていきます。

こうやって生じるのが、いわゆる「オーバーツーリズム」。

地域住民からすれば、混雑するは、物価は上がるは、悪い客筋が混じってくるはで、観光に対する不信感が沸き立つことになります。

供給量のコントロールが重要

このように「オーバーツーリズム」は、「ここでなら儲けられる」という様々な主体のビジネスチャンスへの期待が複合的、かつ、あるタイミングに集中的に生じることで「供給過剰」状態を引き起こし、発生すると考えられます。

装置産業は供給量の調整力が弱いですから、供給過剰に陥っても、できることは需要を獲得するしか無いためです。

そう考えれば、実は、十分な需要が獲得できない不人気観光地でも同様の問題が生じることがわかります。

十分な需要が得られなければ、初期投資を回収するために、安売りをして対処しようということになるからです。不人気観光地であるが故に、新規投資は限定され、供給量が増えるわけではないので「オーバー」とはならないだけでの話です。

人気が高ければ新規投資が進むことで供給過剰となり、不人気であれば客数が減ることで供給過剰になるという違いはあっても、どちらも「安売りしてでも人数が欲しい」となる流れは同様です。

重要なことは、誰も、安売りをしたいと思っているわけではないし、悪い客筋の観光客を増やしたいとも思っていないということ。単に、それぞれの立場において、投下した初期投資を効率的に回収し、生産性を高めたいと考えている結果です。

そうした意思と行動が集まることで、全体としては、観光の質を悪化させることになるわけです。

これは、いわゆる合成の誤謬です。

個々の判断は合理的である以上、そこの是非を議論しても仕方ないでしょう。

人気地域であろうと不人気地域であろうと、「成果」を求めた合理的な行動の結果が、いずれも「量」への意識を高めるのであれば、地域としてできることは多分、一つしかありません。

それは、「供給量」を適切にコントロールする、供給過剰にならないようにするということです。

供給量、例えば、リゾート内のベッド数の上限を設定した上で、一定の集客力を維持すれば、供給過剰に陥ることはありません。ピークシーズンには供給不足となり、オーバー分の需要は他地域へ流れてしまうことにはなりますが、オフシーズン対策を徹底すれば、域内の既存事業者は、新たなライバル出現の可能性が低いこともあり、計画的に初期投資を回収できることになります。

新規の投資が制限されれば、装置産業として、そこから生じるスパイラルも止めることが出来ます。さらに、投資ハードルの強化は、域内の先行事業者にとって「模倣されない」「希少である」という隔離メカニズムを付与するため、地域の中小資本事業者の持続可能性も高めていきます。ヨーロッパ・アルプスの山岳リゾートなどは、その好例でしょう。

また、不人気観光地においては、需要を高める取り組みを進めつつ、既存施設の減築や統合によって、供給量を減らしていけば、価格面での過当競争を避けることができます。減築などは、雇用者数の減少を招くことになりますが、中長期的に見て、地域の持続可能性を高めるのに、何が重要なのかという視点で考える必要があるでしょう。

例えば、2000年代、大型旅館が破綻した後、金融機関が介在する形で転売、居抜きでのローコスト・オペレーション旅館として再生された事例は多いですが、需要が減少する中で、債権が整理された大型施設が、価格戦略に打って出られたら、他の施設はまとまな営業ができなくなってしまいます。これは、地域経済に大きなボディブローとなります。人口縮小社会であることを考えれば、むしろ、需要減に合わせて供給量も制限し、質の高い雇用を生み出していくほうが有効ではないか?と考えていくことが必要でしょう。

今後、観光振興のキーワードとなっていく、サステナビリティとかレスポンシビリティーといった視点からみても、供給量の拡大を背景とした量的な拡大を目指す観光振興は厳しくなっていきます。量を抑えつつ、質を高める方向へと転じていくには、供給量を制御していくという取り組みが重要となるのは、必然とも言えます。

ツールはない

とはいえ、現在の日本には、供給量をコントロールする公的なツール、手段は存在せず、市民活動的な範囲で対応しているのが実状です。

これは、そもそも、観光分野での需要と供給量のバランスについての知見が無いということがありますが、仮に、供給過剰な状況が見え始めたとしても、例えば、当該地域が都市計画地域ではないために規制がかけられないとか、用途や容積率で規制がかけられても、それをかいくぐる(例:規制対象外の地域にスプロールする)人々が出てくることになります。

国内では、京都市が都市計画と関連条例を連動させることで、比較的強力に規制をかけており、行政のリーダーシップがあれば「出来ないことではない」のですが、いわゆる私権制限とも絡む問題であるため、法規制(条例含む)以前に、まちづくりに対するビジョン、価値観が幅広く共有されていることが必要となります。

結局の所、最終的には「まちづくりのビジョン」が重要となるということです。

特に、観光が絡む場合(いわゆる「観光まちづくり」)、住民生活として好ましい「まち」と、来街者にとって好ましい「まち」が方向として重なる必要があります。が、温泉地に隣接していても「温泉」が身近な存在ではない住民や、スキー場の近くに住んでいてもスキーに興味のない人々は少なくない。そもそも「観光」による地域振興を望まない人だって居るでしょう。

こうしたギャップを乗り越えていくことは、「なかなか難しい」というのが実状であり、ある種、永遠の課題であるわけですが、ここに真摯に向き合い、チャレンジしていくことが重要なのだと思います。

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