2021年9月3日、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会は、接種証明や検査の陰性証明を組み合わせた「ワクチン・検査パッケージ」を打ち出しました。

これは、いわゆるワクチン・パスポート、健康パスポートの日本版。10月中には、ワクチン接種希望者にワクチンが行き渡るという展望を元に、その後の方向性を示すもので、政府は、これを元にロードマップを示していくことになると見られます。

私は先日、5つのシナリオを示しましたが、シナリオの2か3という辺りになっていきそうです。シナリオ3(義務付けはしない)の場合、接種者と非接種者が混在することになるため、少なくても宿泊施設についてはシナリオ2でいって欲しいところですが、飲食店については明確に「外す」という意見もついていますので、難しいかもしれません。

コロナ禍においては「圧倒的多数であるリスクの低い人に集中すべき」ということは、私が以前から述べてきたことであり、その意味で、この「パッケージ」には大いに期待したいところです。

ただ、諸外国の動向を見ても、ワクチン接種が拡がっても陽性者は出続け、一定の比率で重症者、死亡者は発生します。

そして、その率は、社会をどこまで「戻すか」に影響することになるでしょう。

ワクチン非接種者にとって、何も状況は変わっていない(むしろ、デルタ株によって感染しやすくなっている)わけですし、ワクチン接種者であっても、一定の確率でブレーク・スルー感染が発生するからです。ワクチンによって感染リスクを低めたとしても、社会が感染を誘発させやすい状況であれば、ワクチン効果は限定的となります。

ワクチン接種者が増えれば、集団免疫が獲得され、感染が終息する…というのは、一旦、忘れた方が良いでしょう。

そう考えると、コロナ禍で生まれた「ニューノーマル」は、当面、継続していくことになると考えたほうが良いでしょう。

「パッケージ」は、あくまでもリスクの低い人達をグルーピングする(フィルタリングする)機能です。もともと、日本の陽性者や死亡者が欧米に比して低いのは、ニューノーマルを多くの人たちが、しっかりと実践していたからと言えます。

「パッケージ」によって、グルーピングされたとしても、そこの中での行動が「戻しすぎる」と、感染拡大のリスクは普通に高まることになります。

より深刻なのは、非接種者への影響です。接種者が自由な行動をするようになった状況において、非接種者だけ禁欲的な行動を行うということは不可能でしょう。その結果、非接種者での感染リスクは、更に高まってしまうことになります。個人的には、ワクチン接種率が高い海外での完成再拡大の理由は、この辺にあると思っています。

「基本的な感染対策」は前提条件

分科会も「パッケージは、基本的な感染対策を前提」としています。この「基本的な感染対策」に何が含まれるかは不明ですが、マスクはもちろん、フィジカル・ディスタンシングや、空調、アクリル板、消毒などは含まれることになると思っておくべきでしょう。

これは、かつてのような、混み合う居酒屋で「ワイワイ」みたいなことは難しい…ということになります。そうすると立食パーティーのようなものも難しく、職場やグループでの慰安旅行も難しくなります。

「パッケージ」が導入されても、コロナ前に戻るということではないということです。イメージ的には昨年秋くらいの自由度と制約のバランスとなる可能性が高いでしょう。

これはワクチン接種で先行した欧米とは異なる対応となります。

脆弱な医療体制下においては、フィルタリング強化の先に行動の自由が生まれるという関係性にあるということです。

また、旅行においてはOD、すなわち、発地と着地の関係があります。「パッケージ」によって移動の自由度を確保した人々にとって、旅行先(着地)は、自由に選ぶことが出来ます。その視点で考えれば、着地での感染状況も重要な意味を持ってくることになります。感染拡大している地域は避け、より感染が落ち着いている地域を選ぶということです。

すなわち「基本的な感染対策」は、観光領域だけで展開しても、効果は限定的であり、地域全体で取り組む必要があります。

「パッケージ」を活かすには

それでも「パッケージ」の導入効果は少なくないでしょう。まず、家族やカップルのような「バブル」での旅行については、後ろ指をさされなくなります。同時に、コンプライアンスに厳しい企業においても、少人数の会合(接待やゴルフなど)や出張、インセンティブ・ツアーなどを実施しやすくなるでしょう。

緊急事態宣言のようなものが出されると、「ちゃんとしている人」ほど、旅行・観光から身を引きます。結果、市場に残るのは「感染上等」のような人々ばかりとなり、客筋が悪化します。さらに、彼らを集客するために価格も下がってしまうことが多い。「パッケージ」の導入は、こうした悪循環を断ち切る可能性を秘めているといえます。

地域や事業者としては、この「可能性」を最大限高めることで、良質な均衡点を作り出していくことが必要となるでしょう。

前述したように、おそらく、「パッケージ」はシナリオ3となります。

この場合、非接種者(または、陰性確認できていない人)が、混ざり合うことになります。そこでの感染リスクを考えたら、従来どおりの感染症対策が必要となりますし、「怖い」と思う人は、来訪を避けることになるでしょう。

ので、シナリオ3で動いたとしても、地域や事業者においては、実質的にシナリオ2となるような方針を立て、よりセキュアな地域/施設としていくことが有効だと、私は考えています。

全面的な導入は難しいかもしれませんが、例えば、稼働率が高まることが想定される週末だけでも、「パッケージ」を十分条件ではなく、必須条件とするような取り組みをオススメします。

経験の方向

いずれにしても、重要なことは、昨年春以降から始まった「ニューノーマル下の観光」は、まだ、しばらく続くということです。

というか、既に、ニューノーマル下の観光は、1年半続いています。その中で生まれてきた観光経験の全てがネガティブなものではありません。例えば、フィジカル・ディスタンシングは、ゆったりとした空間の使い方や、よりパーソナルなプログラムづくりに繋がっていますし、蜜を避けながら優雅な時間を過ごすことのできるグランピングや、アウトドア活動へと繋がっています。

宿泊施設についても、全てが壊滅的ということではなく、パーソナルな空間、サービスを享受できる施設については、(緊急事態宣言下であっても)一定の人気を集めています。私は、しっかりとしたデータを持っているわけではないですが、こうした施設は稼働率の上昇にあわせ、単価も戻している(むしろ上げている)ようです。

コロナ禍以前から、団体から個人へのシフトは進んでおり、その上で、客室の面積は拡大傾向にあり、露天風呂付きの客室も増えてきていました。これらは「パーソナル化」の流れであり、今回のコロナ禍は、その流れを加速させたと考えることが出来ます。
※パーソナル化志向の背景には、対象市場の所得向上(より高い所得階層へのターゲッティング)があります。

さらに、ある種、苦肉の策であったオンラインの活用、物販の併用といったハイブリッド化も、これも、デジタル社会の進展という文脈で考えれば、コロナ禍が無くても、いずれ対応が求めれていた取り組みであったとも考えられます。実際、ハイブリッド・ツーリズムの取り組みによって、これまで着地まで移動しなければ成立し得なかった「観光」の概念は、大きく拡張され、その可能性を広げています。

こうした観光「経験」の変化、拡張は、ポスト・コロナにもつながっていくと考えられます。一時的な「急場しのぎ」ではなく、今後のマーケティング戦略に組み込んでいくことが重要でしょう。

マーケティング戦略という視点で言えば、こうした変化は、顧客を「マス」「集団」として捉えるのではなく、個人として捉え、最適化した経験を提供し、関係性を持続的に強化していくことの重要性を示しています。用語的にはOne to Oneマーケティング、仕組み的にはCRM(Customer Relationship Management)ということになります。

これまでの観光は、狩猟のように、動いている集団にフォーカスして旬なうちに「刈り取る」という傾向にありました。しかしながら、コロナ禍のようなクライシスに直面すると、農業のように、それまで、どれだけの顧客を育てていたのかということが重要となります。

狩猟型と農業型。どちらにも利点はありますが、コロナ禍の中で農業型を考えていくことが有効なのでは無いでしょうか。

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