コロナ禍は、何事にも終わりがあり、それは突然訪れるということを知らしめました。

元々、旅行観光は、生活上、必需とされるものではなく、社会状況、特に経済状況に需要規模が大きく左右される側面を持っていました。さらに、天候にも大きく左右されますし、地震などの天災の影響も大きい。もっと言えば、平日と休日、連休といった曜日配列によっても、客数は大きく変化します。

つまり、明日、来月、来年にどれだけの顧客が来訪してくれるのかを推測することは出来るけど、実際には、その日を迎えてみないと解らないというのが観光事業です。

そのため、「食える時は食べておく」というのが、宿泊業を始めとしたホスピタリティ産業においては、基本戦略となっています。

が、短時間で急速に人気(集客力)が高まると、この基本戦略が「合成の誤謬」を引き起こすことに繋がります。いわゆる「オーバーツーリズム」現象を現出させる事になるからです。

「オーバーツーリズム」は、観光地マネジメントのVICEモデルの全ての要素に負荷をかける事になります。まず、急増する顧客は、「話題になっているから」と訪れる人々で地域へのコミットメントは低いことに加え、事業者、産業サイドも急増する需要へ丁寧な対応はできませんから、おざなりな対応が増え、環境や文化へ与えるネガティブな影響も増大させる事になります。一方で、事業的にはビジネスチャンスでもあるので、一攫千金を目指す新規事業者の乱立、それに伴う不動産価格の高騰、飲食価格の高騰などに繋がり、住民に不和を与えることにもなります。

客数が少なければ、採算確保が難しいし、増えたら増えたで社会に大きな負担をかけるというのが、観光事業の抱える特性です。

そのため、Sustainableは、とても魅力的に感じる言葉、キーワードとなります。

もともとは自然観光分野で生まれた言葉

Sustainableという用語が、観光領域に出てきたのは、サスティナブル・ツーリズムでしょう。

20世紀の勃興したマス・ツーリズムは、世紀の後半には衰微し、(マスではない)オルタナティブ・ツーリズムへと転化しています。この構造変化の中で、マス・ツーリズムが引き起こしたネガティブな影響(例:自然や地域コミュニティ、文化の毀損、地域経済への乏しい効果)に対する反省も出てくることになります。

これは、特に先進国の観光需要を受け入れていた発展途上国で顕著でした。観光収入は、地域経済にとって重要な資金源ではあっても、資金と需要の源となる先進国に搾取される構造は否めません。

その中で構想された「新しい観光」の枠組みの1つが、エコ・ツーリズムでした。これは、発展途上国が「売り」とする観光資源は、自然環境であることが多いことと関係しています。

エコ・ツーリズムは、(その後の形容詞観光とは異なり)単に自然地域を目的地とする観光を指すものではなく、自然が多い地域(≒経済開発が進んでいない地域)において、地域コミュニティ自らの手で、自然環境を活用するが破壊はしない「観光」を仕掛け、制御された需要を獲得していこうという新しい観光概念でした。

この概念は、その後、対象物を自然環境だけでなく、文化にも拡げていくことにもなります。地域、特に発展途上国の祭事や宗教施設、歴史といったものも観光による改変、消費、搾取の対象となりやすいためです。ただ、エコの語源をエコロジー、生態系と考えると、概念と言葉に齟齬が生じてきたことは否めません。

さらに、21世紀に入ると、先進国も観光が持つ効用を認識し、産業政策、都市政策、地域政策として展開するようになっていきます。ここに至り、エコ・ツーリズムの概念は、サスティナブル・ツーリズムへと引き継がれていくことになります。

レスポンシブルとサスティナブル

もう一つ同様の概念を持つワードがあります。それは、レスポンシブル・ツーリズム(Responsible tourism)です。

サスティナブル・ツーリズムも、レスポンシブル・ツーリズムも目指すことは、観光による地域振興を持続的に行っていくことにあります。ただ、サスティナブルの方は、地域での取り組みに軸足をおいているのに対し、レスポンシブルの方は、顧客側の行動に軸足をおいています。

例えば、ある地域に沢山の観光客が訪れてしまい、様々な問題が生じている状態。これに対し、サスティナブル・ツーリズム的な発想では、例えば、入域規制をかけよう、民泊を辞めさせよう、参入事業者を排除しようといった流れとなります。他方、レスポンシブル・ツーリズム的な発想では、ブランディングを通じて自制が効く顧客を選択的に集めようという流れになります。

個人的には、レスポンシブル・ツーリズム発想の方がしっくり来ますが、それはさておき。

いずれのツーリズムも、観光による地域振興を持続的なものとするには、観光に関わる様々な主体、行動、影響を全体として調和の取れたものとすることが必要だとしています。

こうした考え方は、システム思考と呼ばれるものです。

で、観光振興に関する本流たる概念であるデスティネーション・プランニング、マネジメント、マーケティング、ブランディング、ガバナンスも同様のシステム思考の産物です。サスティナブル・ツーリズムもレスポンシブル・ツーリズムも、これら本流に沿った支流のようなものと考えるのが適切でしょう。

そう考えると…レスポンシブル・ツーリズムだ、サスティナブル・ツーリズムだと叫んでみたところで、それだけで事態が変わるわけではないということも見えてきます。なぜなら、本流であるマネジメント等と切り離した状態で機能する概念ではないからです。

広範な概念であるディスティネーション・マネジメント等を、ある断面でより具体的に示すことで、観光を捉え方や思想を誘導していく概念が、レスポンシブル・ツーリズムであったり、サスティナブル・ツーリズムであったと言うことです。

戦略を持ち5−10年の時間軸で取り組む

これは、サスティナブル・ツーリズムが、選択すべき思考の方向性を示すものであっても、物事を解決する答え、解決策ではないことを示しています。

では、解決策はなんなのかといえば、結局の所、その思考の方向性に沿って「思慮深く、時間をかけて」行動していくしかないのだと思っています。

様々なものが関係しあっているため、なにか一点を抑えても、違うところが飛び出るだけ。全体を一連のシステムとして認識し、多面的な取り組みを連鎖的に展開していくことが必要となるからです。

経験上、それぞれの取組が相乗効果を生み出し、実際の形(アウトカム)として顕在化するには、早くても3年、通常は5年くらいの時間軸が必要となります。これは、取組をしている地域も、していない地域も3−5年くらいは表面上の違いは出てこないということにもなります。

が、その潜伏期間を過ぎると、アウトカムが目に見えるようになり、さらに、それまでの取組が複利のように拡がっていくことになります。通常、我々が「成功事例」として認識するのは、この段階に至った地域となります。

そこでは、それまでの取組内容が事例として取り上げられることになりますが、その「成功」は、目に見えるようになるまでの取組が培った経営資源、具体的には人材、資金、ネットワーク、ノウハウによってもたらされるものです。そこには3−5年の蓄積の差があります。

経営資源増大は、「ソーシャル・キャピタル」の蓄積と言い換えることも出来ますが、他方、競争環境で戦う以上、新しい知識や技術を継続的に移入していくことも欠かせません。

すなわち、中長期的な「戦略」を持ち、その戦略を環境変化にあわせてあっぷでーとしながら、ともかくも、経営資源を増大させていく(=より水準の高い取組を実施可能とする)ことが必要だということです。

地域に経営資源、ソーシャル・キャピタルも持たないのに、外部からの資金や人材の調達だけで、成功事例の取組をなぞったところで、成果(アウトカム)には繋がりません。

思考停止しないようにしよう

サスティナブル系統では、SDGsも幅広く取り上げられるようになっています。SDGsは、確かに人類社会にとって、地域取って重要なGoalsですが、単純にGoalsに取り組むだけでは、何かしら有用な成果を得ることは難しいと思っています。

社会は、多様な要素の組み合わせであり、SDGsのGoalsも、それぞれの地域において互いに相関をもった存在であるからです。

本来であれば、どういう地域を目指すのかというビジョンがあり、そこから、対応するGoalsを選択した上で、それら複数のGoalsの実現に向けた取組をシステム思考で発想することが必要となります。

すなわち、SDGsは、目指すべき地域像を持ち、そこに向かう手法を検討する際に利用するフレームワークだということです。SDGsを標榜したら目標や手段が自動的にセットされるものでも、地域が変わるわけでもありません。実際に、何が出来るのか、何が有効なのかというのは、各地域の状況や保有する経営資源/ソーシャル・キャピタルに左右されます。発想、頭の整理の支援はしてくれますが、答えを提供してくれるものでは無いということです。

サスティナブル・ツーリズムも同様です。持続可能性というのは、観光を地域振興の手段として考える際に有効なフレームワークですが、答えは、自分たちで考え導出する必要があります。

成熟社会となり、持続可能性が需要な概念となった現在。これは、裏を返すと一発逆転的な展開が望みにくくなっているということでもあります。持続可能性を高めるには、未来に向けて、具体的な行動を積み重ねていくことが重要なのだろうと思っています。

未来を予見すること

言ってみれば、持続可能性を高めるということは、未来を予見し、それに向けた準備をしておくということになります。

現実の社会には、様々な問題がありますが、その問題が生じてから対応しても解決することは困難です。その問題への対応に向けた準備にかかる時間や、実際に取組を行ってから、その効果が生じるまでのタイムラグの間に事態は、また先の状況に変化しているからです。

一方で、時の流れというのは、一つの潮流をもって、大きくゆったりと動いていくものです。20年前の時点で、国際化が進んでいくことは「見えて」いましたし、若者たちがネットメディアに傾倒していくことも自明でした。現在、大きな社会課題となっている温暖化、カーボン問題だって、アル・ゴアが20年近く前に説いていた事項です。

今回のコロナ禍騒動同様に、自身にとって都合の悪い、受け入れがたい事象について、無視をしたり異論をもとに理論武装することは可能です。しかしながら、そうやって、自身や周囲を納得させたとしても、COVID-19が消えて無くならないように、時代、環境は変化していきます。

社会は、常に変化していますが、それは連続的な変化の積み重ねでもあります。変化には、確実に予兆があり、それを読み取ることで先は見えていきます。

確定された未来に向けて、準備を積み重ねて、よりよい未来を作っていくことが、本来のサスティナブル・ツーリズムなのかもしれません。

Share