厚労省から2022年3月1日以降の、入国制限緩和について発表された。

この発表によると、感染地域からの帰国であっても3回ワクチン接種していれば、3日間の自宅など任意の場所での待機でOKとなることになる。また、帰国後、すぐに国内交通機関も利用できるようなったので、北海道や沖縄県の人も、自宅で待機ができるようになった。

コロナ禍の発現以降、大きなハードルとなっていた待機期間、交通利用制限が緩和されることは、大きな意味を持つだろう。

航空券さえ獲得できれば、多くの日本人が「海外旅行する」ことを可能としている。

ただ、このタイミングでここまで緩和されたのは、留学生をイメージしている可能性も高く、今後の、コロナ禍の推移によっては、大きく揺り戻しが生じる可能性も否定できない。この辺は、揺り戻しに振り回されてきた観光業界としては実感を持てるだろう。

そのため、不用意な希望をいだき、それが絶望に変わらないように、入国制限というのものは、どういう構造になっており、何がどうなれば、(仮にコロナ禍が残っていても)国が継続的に開き、インバウンド観光の復活につながっていくのかということを整理しておこう。

現時点では、入国に関わる制限というのは、以下のように整理できる。

  1. ビザ発行制限
  2. ワクチン接種証明
  3. 出国前の陰性証明
  4. 入国時の陰性確認
  5. 入国後の移動制限
  6. 入国後の隔離期間

現在(2022年2月)の日本の状況は、1から6フルスペック運用(ただし、2を休止扱い)。一方、来月(2022年3月)からは、1〜4の運用となる(ただし、ブーストショット済み)。

また、現在の米国は2,3の運用であり、欧州やオセアニアの多くもそれに近い(方向性の明示のみも含む)。これらの国は、国内経済をワクチン・パスポートで運用しているため、入国者(帰国者)もそれに準じた対応をしていることになる。

緩和後の日本と、欧米の違いは、1と4ということになるが、これは、表裏一体の関係にある。

なぜなら、4が入国においてのボトルネックになるからだ。3の出国前の検査と異なり、入国時の検査では、飛行機着陸のタイミングで入国者全員の検査需要が同時に発生することになる。そのため、各空港の単位時間あたりの検査処理能力が、事実上の入国者数上限となる。

自国民の帰国については制限をかけることができないから、調整できるのは外国人ということになり、その外国人の入国に関するビザ発行を制限するということになる。さらに、航空会社に対して予約数制限の依頼という形でも制限をかけることになる。

つまり、欧米と日本の最大の違いは、4の「入国時検査」ということになる。

これがある限り、実質的にインバウンドもアウトバウンドも機能し得ない。特に、インバウンドについては絶望的だ。仮に、1日の入国者数が1万人上限だとしても、年間で最大356万人でしかなく、その7割が日本人の帰国者とすれば、インバウンドは100万人にしかならないからだ。

「検査能力を高めれば良い」と考えるかもしれないが、仮に検査設備を拡充することはできても、降機客を検査場まで移動させ、検査し、検査結果でるまで待機させるためには膨大な設備、空間、人員が必要となる。

「入国時審査」にこだわる限り、1日の入国者数を飛躍的に上昇させることは困難だろう。

帰国者は羽田空港T3降機後、検査会場まで延々と歩くことになる

また、検査設備を拡充するということは、それだけ多くの入国者を招くことを目指すということになるが、入国者数を増やしたいということと、検査はしっかり行うというのは、ある種の矛盾となる。前述のように検査設備を作るというのは、多くの費用が固定的に生じることになるからだ。現在は、稼働していない空港設備をやりくりして対応している。仮に空港という限られた空間内で、10万人/日対応ともなれば、既存施設の一部を建て直して専用ターミナル化するといった措置が必要となるだろう。いつまで実施するかわからない検査のために出来ることではない(出来てしまっても困るけど)。

こう考えると、日本の「鎖国」政策は、到着後の「検査にこだわる」ことに起因していることがわかる。

そもそも、「検査」は、COVID-19に対抗する数少ない有効な検疫手段であったが、ワクチン普及に伴い、欧米ではワクチン接種確認(いわゆるワクチン・パスポート)に推移し、検査(陰性証明)は、その補完的な位置づけとなってきている。実際、我が国で運用停止しているワクチン接種・検査パッケージも、同様の構造となっている。

しかしながら、現状は、ワクチン接種有無は要件とせず、入国時検査を必須としている。

言い換えれば、日本では、ワクチン接種より、陰性証明を重視するということにある。

これは、ワクチンの効果について社会的な合意が取れていないことにあるだろう。

ワクチン接種だけと陰性証明との確率論

では、陰性証明まで求めることで、どこまで陽性者の入国を阻止することができるのだろうか。

それには、まず、ある時間断面において、COVID−19の陽性者がどれくらいいるのかということを整理する必要がある。

今回の第6波で、東京都のピークは20000人/日。他者に感染させる日数を(多めに)5日間として10万人。これは東京都の人口1400万人の0.7%。

仮に、この10倍の感染がある国の人1000人が、日本に来ようと思った場合を想定してみる。

陽性率は7%なので、1000人のうち70人が陽性。ただ、この70人に対して、出国前の陰性確認が行われることになる。PCR検査の感度は70%くらいとされるので、70人×30%=21人は陽性なのに陰性と判定されることになる(偽陰性)。なお、偽陽性となる特異度は95−99%とされるので、この検査で、実際には陰性なのに陽性とされる人は、970人×3%=30人くらいでることになる。

その結果、日本に渡ってこれるのは、偽陰性の21人+陰性930人ー偽陽性30人=921人となる。

この921人に対して、入国時検査がかけられる。

入国時検査で利用されている抗原定量検査の感度はPCR検査同様とされるため、偽陰性で渡ってきた21人×30%=6人が再度検査をすり抜けてしまう(偽陰性)。同時に、(偽陽性で渡航前に弾かれた30人を除く)陰性者900人にも検査はかけられ、900人×3%=27人が偽陽性として弾かれることになる。

入国時検査を行うと入国する陽性者数を27人から6人に減らす事ができる。が、同時に偽陽性で27人が弾かれてしまうことにもなる。これは、当初から言われていることではあるが、数%程度の感染率の感染症に感度70%、特異度97%程度の検査で対抗することの限界であり、検査拡充には副作用が伴うことがわかる。

対して、入国時検査をせず、ワクチン接種のみで判定した場合はどうなるか。

その場合、陽性者27人が入国することになる。これは、検査をした場合の4.5倍に相当する。

が、渡航者921人中の27人であるから、その率は3%。この計算の前提は陽性率7%レベルの社会であるから、一定のフィルタリングはされている。さらに、入国時点で発熱症状などがあれば、弾かれる。そして、偽陽性の27人を発生させることはない。

確かに出国前と入国時の2回検査を行えば、陽性者をより多く排除出来るがゼロにはならず、代わりに検査を増やすほど、多くの偽陽性者も出すことになる。

最終的には、陽性者ではあるが、無症状者であり、かつ、ワクチン接種者である「人」を、ことさらに恐れる必要がどこまであるのかという問題として捉えることが適切だろう。

ゼロコロナにはならない

このようにゼロコロナを求めて検査を拡充しても、陽性者の入国をゼロにはできない。それだけでなく、その取組は、偽陽性という冤罪を拡げることになる。

感度と特異度の限界を知りつつ検査拡充をするというのは、疑陽性となる人に対する、人権問題ともなるだろう。

2〜1年前に、COVID-19の封じ込めに失敗した時点で、多かれ少なかれ全世界は汚染されている状態となっている。これから、ゼロコロナという「絶対的な」状況となることは不可能であり、社会的にどこまでの感染は許容できるのかという相対的な議論をすすめることが必要だろう。

実際、日本より検査アクセスが容易な国でも、封じ込めはできていない。検査を拡充すれば、感染拡大を止められるというのは、感度・特異度の点から言ってありえない空想だ。また、厳しいロックダウンも波となって襲う感染拡大を防ぐ防波堤にはならなかった。

現実的に、COVID-19に対抗できるのは、定期的なワクチン接種しかないというのが、欧米が、これらの経験を経て掴んだ事実だろう。これ以上の武器は無いのだから、ゼロコロナを夢想するのではなく、それを前提にした制度設計、社会的合意を形成していくことが必要だと思う。

入国制限に話を戻すと、1次フィルタリングとして、出国前の陰性証明をすれば、70%がフィルタリングされるわけだから、あとはワクチン接種があれば十分ではないかと私は考える。

むしろ必要なことは、入国時検査ではなく、入国後の行動について「配慮してください」と伝えることだろう。

行動様式の問題

欧米の潮流は、その方向に向かっており、おそらく、遅かれ早かれ日本もそうなっていくだろう。

そうなれば、1ビザ発行制限が緩和され、2ワクチン接種証明、3出国前陰性証明の2つだけでインバウンド客が来訪できるようになる。

インバウンド観光の本当の復活は、そのタイミングとなる。

これは、観光業界にとって待ちに待った状況となるが、そこには、一つの問題がある。

それは、その対象となる国は、日本のような「ニューノーマル」な行動様式ではないということである。

日本社会において、マスクをつけるとか、ディスタンシングとかは、ほぼ当たり前の行動様式となって定着しているが、先行してワクチンパス社会になった地域では、ニューノーマル以前の行動様式に戻りつつある。

昨シーズンはマスク着用が義務付けされていたが、今シーズンは自由(ベイル・スキー場)

インバウンドが復活するということは、こういう「行動様式が元に戻った人々」を来訪してくるということだということを認識し、覚悟しておく必要がある。

コロナ禍の日本社会において、ノーマスクな人々、集団で騒ぐ人々に対する視線は冷ややかである。ただ、欧米では、すでにそれは「当たり前」となってきており、マスク規制などは交通機関などピンポイント適用となってきている。今後、時間経過と共に、欧米での行動様式は、コロナ以前の状況に急速に戻っていくことになるだろう。

対して、日本では、当面の間「ニューノーマル」が続くことになると考えるのが適切だろう。
つまり、日本と欧米での基準となる行動様式は、時間経過と共に、どんどん広がっていくことになる。

そうした状況において、国が開き、インバウンド客が都市や観光地に大挙して訪れたら、どういうことになるか。それは火を見るより明らかだろう。

前述のように、ゼロコロナ社会ではないから、人々の交流には、一定の感染リスクを伴うことになる。そのため、そのリスクをどう考え、付き合うかが重要であるのだが、同じような行動様式を取る日本人観光客ですら問題が生じやすい状況であるのが実情。行動様式にギャップがあるインバウンド客が、コロナ禍以前にオーバーツーリズムとされた地域や、コロナ禍において日本人観光客に対して排他的な姿勢を示した地域に来訪した場合、ハレーションは、凄まじいものとなる可能性が高い。

インバウンド需要の取り込みを目指す地域においては、そういう「現実」を展望し、受け入れ準備を進めておくことが重要だろう。

海外旅行はODの組み合わせ

ここまで、主に欧米からのインバウンドを主軸に話してきたが、コロナ以前の主たる市場は東アジアとなる。東アジアは、(ネット情報を見る限り)比較的、日本の行動様式に近く「ニューノーマル」な世界にいる。

その意味で、訪日しても、行動様式面で大きなギャップは生じにくいと考えられる。

一方で、それらの国の人々が、日本に来るには、彼らの帰国時のハードルが下がる必要がある。今回、日本人の帰国ハードルは大きく下がったが、同様のことが発地国でも生じないと訪日は難しい。

端的に言えば、ワクチン接種証明&出国前陰性証明だけで相互に移動できないと厳しい。

これは、言い方を変えると「お互い、同じように汚染されている状態」でないと難しいということになる。そのため、清浄国の一つである台湾との相互交流は、なかなかに難題となるだろう。

また、現時点で、日本政府はファイザー、モデルナ、アストラゼネカ、ヤンセンの4種しかワクチンとして認定しておらず、中国やロシアのワクチンは対象外となっている。中国ワクチンは、中国本土はもちろん、複数の国々に輸出されており、インドネシアやマレーシアでの接種数も多い。こうした国々と相互交流するのは、更に高いハードルとなる。

汚染度合いが同様で、行動様式も同様。おそらく、入出国制限も調整でき、ワクチンも大丈夫…という国は、当面、韓国、タイといったくらいとなるのではないだろうか。

まとめ

以上整理してきたように、今回の緩和措置は「待ちに待った」ものではあるが、これによって「すぐにインバウンド観光は復活だ!」とはなりえない。

インバウンド観光が復活するには、入国後検査の廃止について、社会的な合意が取れることが必要となるだろう。そうでなければ、1000万人のインバウンド客を呼ぶことすら困難だからだ。

入国ハードルが下がることで、すでに移動制限緩和を実施している欧米との流動性は高まることになる。しかしながら2年間の中で、彼我の行動様式は大きく変わってきているため、インバウンド客誘致においては顧客に向けた(エクスターナル)マーケティングだけでなく、地域内事業者・コミュニティに向けたインナー・マーケティングを展開が不可欠となるだろう。

兎にも角にも、日本人が海外に出て、帰国することのハードルは下がったのであるから、実際に、関係者自らが発地国に赴き、現地の行動様式を確認し、来たるべき「復活」に向けて、対応策を検討することを求めたい。それを怠ると、地域と観光の衝突により、観光は信頼を失い、社会的な支持を失う恐れすらあると私は危惧している。

コロナ禍以前、お得意様であった東アジア市場については、個別事情が多く作用し、一律での対応とはならないだろう。韓国、タイは先行的に開きそうな展望はあるが、政治的な問題も絡むため、容易に展望はできない。

最後に

個人的には1年前よりも、インバウンド観光復活の難易度は高くなっていると感じている。

それは、この1年、すなわちデルタ株以降、COVID-19に対する対応方策が国によって大きく異なってきており、その結果、入国制限といった制度的な話にとどまらず、人々の行動様式、社会的な規範も大きく異なるようになったと感じるからだ。

象徴的なのはワクチンの社会における位置づけの違いだろう。

ワクチンを社会を動かす必要条件と考えるのか、十分条件と考えるのか、はたまた、補完的なものと考えるのか。これにマスクを含む行動様式、移動制限といったものが様々な形で繋がり、それぞれの地域で、それぞれの社会的価値観が形成されている。

世界が分断されて2年。その時間が起こした分化は、結構、深刻であると感じている。
これを認識し、理解することから始めることが必要だろう。

国際観光の再起動は、なかなかに難題である。

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