猛威を奮ってきたCOVID-19ですが、毒性が低い(重症化リスクの低い)オミクロン株系統に切り替わったことで、収束の兆しが世界的に拡がっています。実際、東京都でもデルタ株ではピーク時に重症者が300人近くまで高まりましたが、オミクロン株では80名ちょっとに留まっています。後は、政治的な判断となるでしょう。
そうなると「観光再開」の期待が高まるわけですが、バラ色の未来…だけではないのが実情です。
アウトバウンド先行で進む開国の影響
この2年間、観光市場はインバウンド需要を喪失していましたが、高単価施設は相対的に稼働が良い状態で推移してきました。こうした現象は、当初「GoToトラベルが高単価施設ほど恩恵が大きいからだ」と論じられていましたが、GoToトラベルが無くなった後も、この傾向は変わらないことを見れば、高単価を負担できるセグメントが国内施設に向かっていたことを示しています。
定量的なデータを持っているわけではなく、そうした「好調な施設」に対するヒアリングベースの話となりますが、需要を支えていたのは「海外旅行断念組」の人々でした。コロナ禍前、訪日客数は3000万人オーバーでしたが、出国日本人数も2000万人に達していました。出国日本人数は、90年代後半以降、1500−1700万人で横ばい状態でしたが、2010年代後半から増大傾向に転じていました。
出国日本人数には、業務系需要も含まれるので、これが全て国内旅行に振り返られるわけではないですが、海外旅行と国内旅行では費用水準、相場観が全く異なります。振り替えられた需要が、国内の高単価施設に向かうことは当然の帰結でしょう。
これがインバウンド市場を喪失しているにも関わらず、高単価施設が堅調であった理由です。
が、2022年3月以降、実質的に日本人の海外旅行、アウトバウンドは解禁となりました。4月にはハワイへのパッケージ旅行も再開されており、FITで欧米、オセアニア、タイといった国々に出かけることも現実的になっています。
おそらく、夏休みには、かなりの「海外旅行」が催行されることになるでしょう。
他方、インバウンドについては、まだ先行きが見えない状態です。完全に国を閉じているわけではありませんが、事実上、観光客の入国は困難。その原因は入国時の抗原検査にあります。これが、入国者数の上限設定と、数時間におよぶ検疫作業を招いているからです。夏に選挙があることを考えれば、それまでの間に、大幅な緩和措置が取られることは想定しにくい。
こうした状況をふまえると、少なくても年内中くらいは、アウトバウンドはどんどん戻っていくけど、インバウンドは制限がかかったままと考えるのが合理的です。つまり、国内の高単価施設は、国内客を失う一方でインバウンド客は獲得できないという状況におかれることになります。
不透明さを増す国内市場
さらに留意が必要なのは、景気の動向です。
コロナ禍によって、既に国内経済は寸断状態にありますが、ここに来て世界的な物価上昇にウクライナ争乱、そして記録的な円安。ここ数年、上昇基調にあった株価も低迷しています。
雇用調整助成金によって、失業率の増大は抑え込まれているものの、実態の経済は統計数値以上に弱体化していると考えたほうが良いでしょう。
観光市場は景気動向との相関が高いため、コロナ禍前に拡大傾向にあった国内市場は縮小の方向に転じることになるでしょう。
更に今回は、エネルギーや原材料などの高騰による物価高が生じています。現在の物価上昇が続けば、各事業者は値上げを実施していくことになりますが、付加価値が増えるわけではないので、給与水準の上昇は鈍いものとなるでしょう。多くの人々は、給与が上がらない中で支出が増えることになるので、余暇支出の引き締めに向かうことは必然です。施設側においても、各種の調達コストが上昇することになり価格を上げることが求められていきます。余暇支出が引き締められ、他方、宿泊費などが上昇すれば、市場は大きく減少することになります。
ただ、過去の例を見ると、景気動向に遅行して観光市場は推移します。余暇はライフスタイルの一つでもあるので収入が下がったからといって、すぐに削減対象になるわけではないし、供給側もサービス内容や調達方法の見直しによって顧客の財布に合わせた対応を展開するためでしょう。そのため、今後、急速に景気が悪化したとしても、それが観光市場に影響してくるのは、しばらくかかります。今回は、コロナ禍からの景気減速なので、この遅行期間がどれくらいになるかわかりませんが、いわゆるリベンジ消費が出てくることに加え、(おそらく)選挙後にはGoToトラベルも再稼働するであろうことを考えれば、年内中(年度内中)は、回復基調で推移していくでしょう。
とはいえ、その動きは薄氷を踏むような部分があり、時間経過と共に景気悪化の影響が顕在化していくことになると考えておくべきです。
ニセコの「奇跡」を全国規模で再現できるチャンス
過去の推移をみると、一旦、円安(または円高)にふれると、その振り切った状態で1-2年、為替レートは固まります。つまり、今回の円安水準は、この状態は年単位で続くということです。これは、インバウンド市場において、圧倒的な価格競争力を持続的に得ることになります。
さらに、アジア地域で最大のインバウンド国であった中国がゼロコロナ政策を展開していることは大きな意味があります。コロナ禍前、中国は6000万人以上のインバウンドを受け入れていましたが、これが宙に浮いている状態にあるからです。
我々から見れば、日本と中国は別の国ですが、欧米から見れば「同じようなアジアの国」です。これは、我々がEU諸国を、明確に区分できていないのと同じで、フランスに行けないならイギリスに行こうという選択肢は大いに有り得るでしょう。つまり、中国への旅行需要を、日本が「頂いてしまう」ことは十分に可能だと考えられます。
既に欧米では旅行需要が過熱気味に推移しています。物価高の影響は、各国で起きていますが、(少なくても当面の間は)それ以上に失われた2年間を取り戻したい、より充実したライフスタイルを展開したいという欲求が高まっている状況にあります。
よって、このタイミングで、日本が開国できれば、これまで中国に向かっていた需要の相当量を獲得することが可能となります。これは、「欧米の滞在型需要(バケーション需要)を取り込みたい」と考えていた地域・施設にとっても追い風となります。
現在の社会は「リコメンデーション(紹介)」「リピテーション(評判)」によって回っています。商品サービスを利用した人々の評価が、事業のサステナビリティに直結するということです。利用者の評価が元になるため、一度、ブランドが創られ潮流が生まれると、その流れは強烈であり、後から、その序列を崩すことは困難です。ブランド力のあるところには、より多くの、より明確な期待を持った人々が集まり、その人達が、その商品サービスに対する評価をより高めていくことになるからです。
しかしながら、コロナ禍によって、その流れは一旦、リセットされた状態にあります。このタイミングで、欧米客を集中的に呼び込み、日本を知り評価してもらうことが出来れば、かつて、北海道ニセコ地域が成し遂げた「奇跡」を、全国規模で再現することに繋がるでしょう。
各種の統計や研究が示しているように、アジアを中心とした団体型の短期滞在は、地域経済にほとんどプラスの効果を及ぼしません。日本が観光によって稼ぐためには、より高質、高単価の需要を取り込み、それをしっかりと消化(経済循環)できる産業構造とすることが不可欠です。
超がつく円安と、最大のライバル国である中国のゼロコロナ政策は、日本の観光産業にとって千載一遇の機会だと言えるでしょう。
機会を顕在化させるのに必要なこと
この「機会」を顕在化させるには、いくつかのハードルがあります。
まずは、開国。空港での検疫、抗原検査を撤廃しなければ、観光客の受け入れはできません。少なくても欧米各国とは相互に同じ水準での行き来を可能とするようにしていく必要があります。
これは政治的な判断となりますが、前述したような「戦略」を関係者で「握る」ことが必要になると思います。リスクはゼロになりませんが、どこまで許容するのかを検討するには、想定するリターンが明示される必要があるからです。
こうした「働きかけ」は、業界団体などの役割と思いますが、他方、地域・施設においても準備しておくことがあります。
それは、円安を利用した、欧米インバウンド向けのプログラムを準備しておくということです。
仮に、欧米に向けて「開国」できたとしても、その量は、コロナ禍前の3000万人には程遠い水準でしょう。そのため、地域・施設は、需要の多くを国内需要に依存せざるを得ません。国内需要、日本人には円安の恩恵はありませんので、強気の値付けは難しい。かといって、国内需要に向けたプログラムでは、欧米系の長期滞在(バケーション)需要に対応できません。なによりも、それでは「儲からない」。
提供できる資源は有限ですから、予め、国内市場、欧米市場の双方について、別個のマーケティング方針を立て、対応するプログラム、サービスを設定、全体として、それらのポートフォリオを組んでいくことが必要となるでしょう。
また、前述したように開国できたとしても、その量は限定されますから、日本全国、津々浦々まで欧米客が来訪するという状態にはなりません。長期滞在であることを前提に、宿泊滞在拠点とエクスカーション先というメリハリの付いた対応を行うことが重要でしょう。可能であれば、宿泊滞在拠点となる都市や温泉地、リゾート地を予め選定し、そこをハブとした地域連携を組み立てておきたいところです。
細い線
現状の検疫体制、観光政策の方向性から考えれば、ここであげた「ニセコの奇跡を全国で」は、非常に細い線となります。
また、国内客・欧米客を組み合わせたポートフォリオの構築、宿泊拠点の選定およびエクスカーション先との連携は、極めて実現可能性が低い取り組みでしょう。
ただ、裏を返すと、それくらいアクロバティカルに、細い線を追わなければ、ポスト・コロナに向けての光明を見出しにくいというのが実情です。おそらく、このレベル感での戦略が展開できなければ、観光での地域振興も、国内で競争力あるホスピタリティ産業を形成することも、将来に渡って困難となるでしょう。
個での生存戦略
なお、面・集団ではなく、個での生存戦略は、別のルートもあります。
それは、景気後退となっても、資産や収入を維持していく一部のセグメントに特化したマーケティングを展開していくことです。
ザクッと言えば、世帯年収が800万円以上あって、活動量の多い人々となります。
このセグメントは、海外旅行組とも重なりますが、年間の旅行実施回数も多い人々であるため、国内旅行でも需要を発生させることは十分に可能でしょう。さらに、コロナ禍によって、なんらかの理由で海外志向が低下した人々(例:健康問題、世間体)も居ることを考えると、その確率は高まります。
ただ、この市場は苛烈な競争環境にあります。このセグメントは、そもそも全世帯の2割程度しかいないことに加え、観光領域だけでなく、不動産や自動車、教育、スポーツなど多様な領域が攻勢をかけているからです。
この競走に勝ち抜くには、より強く、彼らの価値観、ライフスタイルに寄り添い、彼らが好ましく思う時間消費、滞在スタイルを提案していくことが重要でしょう。
ただ、有効な競争戦略を立案し、実践できたとしても、恩恵を得ることが出来るのは一部の地域、施設に限定されます。2000年代の市場縮小期の事例を考えれば、それは全体の2割程度となります。
こちらも、「細い線」であることは変わらないですが、国や業界ではなく、自分たちだけで実践できるということが大きな違いです。
ライフスタイルの変化を展望しよう
情報革命によって、我々の生活、ライフスタイルは、確実に大きく変わりつつあります。
コロナ禍は、その変化を加速させる変数として機能しており、これから、加速度的に様々なものが大きく変わっていくことになるでしょう。
欧米が、余暇市場において世界をリードする立ち位置にいるのは、彼らのライフスタイルが、先端的であることが大きく影響しています。その意味でも、欧米市場を取り込むことが、将来的な成長への足がかりとなるわけですが、国内にも、同様のライフスタイルを先取りしている人々は多く居ます。
そうした人々の志向、価値観を丁寧に観察し、中長期的な展望をもってサービスデザインをしていくことが、ポスト・コロナでの生存戦略となっていくのではないでしょうか。