団塊世代に支えられてきた労働市場

コロナ禍後、各所・各地で「人手不足」が話題に上がるようになっている。

その原因として「賃金の安さ」「勤務体系の厳しさ」などが指摘されることが多く、待遇を良くすれば人手は戻るという論調も少なくない。

ただ、その展望は甘い。なぜなら、少子化の影響でこれから、急速に就業者数は減少していくことが決定的だからだ。それは、以下のグラフを見れば一目瞭然だろう。

国勢調査データより筆者作成

年代別の就業者数の推移を長期的に見てみると、ここ20年、いわゆる高齢者によって日本の労働市場が維持されてきたことがはっきりとわかる。仮に、かつてのように60歳で現役引退となっていたら、すでに5000万人確保も難しい状況となっていただろう。

こうした推移がよりはっきりと分かるのは、以下のグラフである。

国勢調査データより筆者作成

1990年を100として、その後、年代別の就業者数がどのように推移したのかを示したものであるが、1990年以降、就業者数が増えた年代は60歳以上。一方で、44歳以下は減少しており、特に、24歳以下は半減状態である。

その間に挟まれている45ー59歳は、かろうじて1990年水準と同程度であるが、その多くは過去を見ると2000〜2005年ごろにピークアウトし、その後、減少しながら2020年に「たまたま」1990年水準となっているに過ぎないことがわかる。

以上より以下を指摘できる。

  • 団塊世代が60歳(65歳)を超えても、就労を続けたことで労働人口の急減は避けられた(団塊世代が60を超えたのは2000年代後半)
  • その団塊世代も80歳に到達してきており、労働市場からの撤退は確実(コロナ禍が、それを促進した)
  • 団塊Jr.となる現在の45-55歳は、一定のボリュームを持っており、労働市場を支える核となっているが、これも、順次加齢していく(これから50代、60代に労働市場の中心が移っていく)。
  • 他方、若年層は絶対的な人口縮小により30年で半減。今後、少なくても20年は改善される見込みはない。

さらに、団塊世代がリタイアしていくということは、介護福祉分野の需要が高まるということになる。同分野は、労働集約市場であるから、より多くの人手を必要とする。つまり、ただでさえ減少する労働市場から、多くの人手が同分野に割り当てられることになる。

マイナスサム環境が加速していく

端的に言って、労働市場はゼロサムを通り過ぎて、マイナスサム状態にある。この状態で、どこかの業種が賃金を上げて人を囲い込めば、対応できない業種はより深刻な人手不足となるのは当然である。働く側としては、そうやって賃金が上がることは嬉しいが、結果、脱落していく業種、事業者は増えることになるだろう。そして、それは民間事業だけでなく、公共サービスの分野にも及ぶことになる。

現在、顕在化している人手不足は、その前哨戦に過ぎない。

マイナスサム状態において、最も基本となるのは競争力のある待遇を用意することだ。労働市場が逼迫するなかでも、より魅力的な業種/事業者に人々は集まることになるからだ。

報酬を高めることはもちろん、勤務の自由度、福利厚生やキャリア形成など「待遇」は多岐に渡る。この全体デザインをどうするか、働く人々が「働き続けたい」と思ってもらえる職場環境を実現していくため、経営者の発想力と実行力にかかっている。

ただ、前述のように市場はマイナスサム状態なので、これで切り抜けられる業種/事業者は一部に限定される。パレート分布に従うとすれば、全体の3割程度にとどまるだろう。すなわち、7割の業種/事業者は競り負けることになり、人手を確保することは叶わない。

テールの戦略

では、残る7割はどうするか。

まず考えられるのが、海外から人材を募るという方法である。ただ、円安が進み、経済的な優位性を失いつつある状況については、今後も安定的に人材を確保することは容易ではない。さらに、前述した団塊世代、すなわち、第二次大戦後のベビーブーマーによる人口偏在の問題は、欧州でも起きており、これからは世界的に人での確保競争が起きていくことになる。一時的な対策としてはともかく、中長期的な戦略と据えるのは危険だろう。

代替案として考えられるのは2つ。1つは、必要とする人員を減らすこと。もう1つは、他業種/事業者と人手をシェアするということである。

前者は、DXなどによる省人化や、定休日の設定によるシフト負担の低下などが候補となってくる。既に行われつつある施策であるが、施設の状況によっては減築していくなど、規模を縮小していくことも大きな選択肢となるだろう。重要なことは「人手が足りない」と考えるのではなく、「確保できる人手で事業モデルを創る」と発想を変えることである。言うまでもなく、経営資源はヒト・モノ・カネとされる。資源というのは、経営において所与のものであり、それを制約条件に事業を行うことが求められる。ヒトの確保に制限がかかるということは、投入可能なカネが足りないというのと同レベルであり、問題だと言ってみても事態が改善されるわけではない。経営資源の制約下で、事業モデルを再構成せざるを得ない。観光事業の多くは、どれだけ良いモノを作れるか、モノの稼働をいかに高めるかが経営のポイントであったが、現在ではモノ以上にヒトの制約が多くなっている。こうした環境変化をふまえ、例えば、人員が半減した場合の運営方法といったものを考えていくことも必要だろう。足元の地域の高齢化、人口減少を見据えれば、大げさな話ではないだろう。

人材のシェアリング

その上で、検討していきたいのは地域を巻き込んでの人員のシェアである。これまで日本の常識は、1人=1職業であった。各種の調査フォーマットにおいて職業欄が1つしかないのは、その証左だろう。他方、非正規雇用の増大もあって週5日、40時間勤務を前提としない勤務体系も広がっている。非正規雇用は、ネガティブに捉えられることが多いが、VUCAの時代、個人としても収入源を複線化して行くこと自体は悪いことではないだろう。20代の時に「花形」だった業種/企業が30年以上、輝いているとは言えない世の中なのだから。

今後は、いわゆる正規雇用であっても、週5日・40時間労働を前提としない雇用契約が広がっていくだろう。時間と報酬を紐付けない賃金体系が広がっていることに加え、そもそも週5日・40時間、現場に張り付いていることの必要性が下がっている職種も増えているからだ。

そうやって生まれた時間を埋めるように副業が広がっていくと「1人」が、複数の現場で働くことが出来るようになる。曜日によって、季節によって、または、時間によって。その組み合わせは様々だ。様々な人日の凸凹を組み合わせていくことができれば、実人数以上に「人手」を確保できるようになる。

一方で、つまみ食い的な就労では、キャリアが蓄積できず、加齢に伴い将来的に厳しくなっていくという側面もある。20代で出来ることと、50代で出来ること、求められることは違う。終身雇用で企業に雇用されていた時代であれば、真面目に働いていれば半自動で引き上げてもらうことができたが、現在ではそうしたことは期待し難い。特に、副業の場合、自身を継続的に見てくれる年長者もいないから、自分自身で「成長」をしていく必要がある。

ただでさえ、観光産業での就業の「その後」は、結構、厳しい。因果関係は定かではないが、いわゆる「観光地」では、生活保護者が多いというデータもあるからだ。観光産業だけに起因する訳では無いが、観光地において長期的に人生を支える所得が得難い状況があるといえる。

地域で対抗するという選択

そこで考えたいのは、地域で、キャリア形成を支援するシステムを構築することだ。

例えば、起業/スタートアップのプログラムと組み合わせることは一つだろう。指導役を絡めつつ、シェアオフィスのようにデジタル系の業務を行いやすい設備を設置し、コラボレーション出来るようにしていく。個人では確保が難しい3Dプリンターや、現在なら、ユーチューバー向けにスタジオ設備を併設するといったことも考えられるだろう。飲食系を志向する人向けには、キッチンカーや共用できるフードコートのようなものを設けるのも良いかもしれない。

または、地域としてオンラインで高等教育をおこなっている機関と連携し、スキマ時間を利用してeラーニングが出来るようにしていくという方向も考えられる。一般教養レベル(カルチャースクール)というよりも、より実践的な知識や技術であれば、より効果的だろう。士業を目指すようなカリキュラムや経営学でも良いし、語学やプログラミングといったものも考えられる。特定の地域に居住し、かつ、観光産業に就労していれば、家族を含めて、これらのeラーニングを利用し放題…みたいなことになれば、リカレント教育において、いろいろな可能性は広がりそうだ。

「家族」ということで言えば、単身率が増えている現在、「出会い」をサポートするような取り組みも検討の余地があるだろし、シングルマザーの子育て支援というのも考えられる。特に後者については、経済的に厳しい状況にある人が多いとされており、子育てにおける障害も少なくない。保育園、学童保育は当然として、プラスαとして「習い事」もついてくるような施策も考えられるだろう。その地域・業種で自分が働くことで、自分の子どもの可能性を広げることも出来る…ということになれば、観光産業に対する意識も変えることが出来るのではないだろうか。

人材は戦略的資源へ

重要なことは、人手を単なる消耗品、労働力と見ないということだ。

前述のように、今後、人材は最も希少な経営資源となっていく。地域や事業の今後を左右する最も重要な戦略的資源になるということだ。これまでの「常識」を捨て、人材の立場にたって、彼らのレンズから就労環境を考えていくことが必要となる。

ただ、環境は、職場だけで作れるものではなく、単独の事業者では限界もある。官民連携によって、地域として「働きたい・住みたい」と思ってもらえるような仕組みを作っていくことが、今後の、人口縮小社会に対抗していくのに重要なのではないだろうか。

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