私は仕事柄、様々な地域で宿泊する機会が多い。そのため、「◯◯は、何が美味しいですか」「お店を紹介してください」といった質問をされることが多い。
しかしながら、実は、私は一人の場合、ほとんど外食にはいかない。コンビニなりスーパーなりで惣菜などを買ってきて、ホテルの部屋で食べるというのが通常運転だ。宿泊施設がなんらかの理由で夕食付きである場合は、1人であっても、ありがたく頂くし、美味しいなと感じることも多々あるが、正直なところ、そう楽しい時間とは思っていない。
これは、食に対しての欲求が乏しいことに加え、私にとっての外食は、親しい人々と時間を過ごすことが目的となっていることにある。もちろん、美味しいものを食べれば美味しいと感じるし、丁寧な仕事がされた料理は素晴らしいとも感じる。でも、そうした「食」そのものの良し悪しの判断と、食事という「経験」となると評価は違うということだ。
経験、サービスの良し悪しに対する評価は、知覚(サービス)品質(perceived (sevice) quality)と定義されている。これは、モノに対する評価(product quality)と明確に区分された概念である。燃費や大きさ、故障率などモノの良し悪しは絶対的に規定されるが、コトの良し悪しはサービス利用者の意識によって異なるということだ。
私は「一人で食べる食事は楽しくない」と思っているので、モノである食の内容によって、多少の変動はあるものの、ひとり飯という経験に対する評価は低位にとどまる。私にとって、食事という経験は、誰と食べるのかによって大きく変化するということだ。
価値は「知覚」されて定まる
実は、同行者との関係性、時間の過ごし方が、コト、サービスに対する評価を大きく左右する…というより、「知覚品質」は、核となるサービスの内容よりも、同行者との時間に対する評価が影響するということが既往研究で明らかになってきている。
例えば、ミュージカルなどの演劇を、パートナーと一緒に見に行く場合を考えてみよう。劇場の座席はステージの見やすさや距離などでランク付けされており、上位ランクほど、臨場感を持って観劇する事ができるようになっている。当然、上位ランクの座席に座ったほうが知覚品質は高まることになるだろう。しかしながら、ランクの高い座席だがパートナーと席が離れている場合と、ランクの低い席だがパートナーと隣り合わせに座っている場合では、後者のほうが観劇という経験に対する知覚品質が良化するといったことが確認されている(Garcia-Rada他, 2013、Boothby他,2014など)。
これは、CS(顧客満足)などにも現れてくる。同じ場所、同じ経験をしている人々でも、誰と来たかでCSが上下することが広く確認されている。具体的には、恋人や夫婦での来訪ではCSは高めとなり、団体旅行、職場関係などでは低めとなる。同じコトを経験しても、同行者と親密な時間を過ごしたかどうかでCSは、左右されるということだ。
さて、近年ではコスパという言葉が拡がっているが、これも対象がモノなのか、コトなのかによっても、その意味は異なってくる。モノであればProduct Qualityが、コトであればPerceived Qualityが対応するパフォーマンスとなるからだ。
コスパは、パフォーマンス÷コストである。モノの場合、パフォーマンスは固定的なProduct Qualityとなるから、コスパを上げるにはコストを下げることが必要となる。対して、コトの場合は、コストは一定でも、Perceived Qualityが高まる売り方(マーケティング、デザイン)をすればコスパが上がることになる。
これは、「適切な対価」が、モノは固定的に定まるが、コトは知覚品質、CSによって変動することを意味する。これを、知覚価値(perceived value)と呼ぶ。そして、前述したように、知覚品質やCSは、コトそのものよりも、同行者との時間によって左右されるという性格を持つ。
これは先日の投稿とも重なる話である。
顧客の目的を知る
知覚品質や知覚価値は、原価に依存せず、顧客の意識に左右される。これがコトの付加価値を高めるメカニズムであり、現在、様々に言及されるブランディングは、基本的に、この顧客意識を高めることで、知覚品質・価値を高めていく取り組みである。
コトそのものの中身だけでなく、同行者との時間の影響が大きいということは、対外的なブランディングや内部向けのサービス・デザインにおいて「顧客は誰と過ごすのか」ということも入れ込む必要があることを示している。これは言い換えれば、顧客は、そもそも何を目的に来ているのか、自地域・施設が選好されたのかということを知る、または、その目的そのものを誘導することの重要性を示している。
観光地/施設の選好に関わる動機は、2つに大別される。1つは、その地域や施設に何があり何が出来るのかということ。もう1つは、そもそもなぜ、旅行に行きたいと思うのかということ。前者をプル・モチベーション、後者をプッシュ・モチベーションと呼ぶ。
このプッシュ・モチベーションは顧客自身が明確に意識していない場合も多いのだが、外形的に、それを推し量る要素となるのが、同行者の存在となる。同じ温泉旅行でも、恋人と行くのと、高齢の親を連れて行くのと、友人と行くのでは、現地で求める「時間」が異なるからだ。温泉地に行っていっても、入浴という経験(=プル・モチベーション)そのものは、さほど重要ではないということも十分ある。誰と来ているのか、どんな時間を過ごしているのか、どんな表情をしているのかということに注目することで、顧客本人が意識していない本質的な動機(=プッシュ・モチベーション)を把握することができるようになる。
こうした観察を通じて、自地域・施設が顧客のプッシュ・モチベーションにおいて、どういう価値を持っているのかを知ることが重要である。そこがわかれば、知覚品質や価値を高めていくポイントも自ずと明らかとなっていくからだ。
混ぜない
同行者が知覚品質・価値に大きく影響するということは、もう一つ、重要な示唆を与える。
それは、顧客間の相性というものを意識し、衝突させないということだ。
小さい子供と家族での時間を過ごそうと思っている客の隣で、若者グループがワイワイやっていたら、せっかくの時間がおかしなことになるし、奮発して恋人と過ごそうと思っていたら、団体客がわさわさとフロント・ロビーや共有施設を専有していたなんてこともがっかりポイントとなる。一人で過ごそうと思っていたら、まわりが家族客ばかりなんてのも同様だ。
マーケティングやブランディングの意識は広まりつつあるが、営業や宣伝は一定のセグメントに対して行っても、結果的に「くるもの拒まず」となってしまえば、以下に核となるコトが秀逸でも、知覚品質・価値は低下してしまう。
一方で、同じような時間を過ごしたいと思っている顧客が集うことは、衝突が生じないだけでなく、相互に刺激し合うことで、意識がより高揚することも期待できる。例えば、夫婦での時間と思ってきた人の周りにも、同様に過ごしている人々がいれば、ここを選んだのは正解だったと思えるだろうし、周りの人たちの様子を見て、自分自身も幸せな気分になれるからだ。
自分たちは、どのようなプッシュ・モチベーションに対応したサービスを提供するのかということを明確にし、それに沿ったマーケティング、営業を行うことで、顧客セグメントを誘導していくことが付加価値向上につなげていく際に有効である。