ブランディングが、競争環境において有効な取り組みとされながら、実践されにくいのは、その構造が複雑であり、具体的な実践方法が解りにくいことにある。
複雑となる理由は、ブランディングは、顧客の「想い」に深く関係していることにある。
マーケティングの場合、ともかく集客し、消費をしてもらえればよい。そのため、例えば、安売りをするのも一つのやり方だし、強力な販売力をもつ流通とタイアップするのもありだ。集客力のあるイベントやテナントを誘致したってよい。いろいろな選択肢があるし、また、それらは、基本的に供給側の取り組み、すなわち、供給者がやろうと思えば実施できる。
他方、ブランディングは、顧客に支持してもらうことが目的となる。しかしながら、人の心は、外部から制御することは出来ない。供給側が強制的に、顧客に忠誠を誓わせることは出来ないわけだ。
これは、恋愛に似ている。
恋愛同様、必勝パターンは存在しないわけだが、それでも、ブランディング研究の進展によって、ある程度、その構造は整理されてきている。これを観光地ブランディングの視点から私がまとめたものが、以下である。
まず、ブランディングにおいては、顧客と地域という2つの主体がある。そして、前述したように、顧客の地域に対する想い、意識のレベルを高めていく事が目的となる。
顧客の意識は、ブランド価値(CBBE:Customer Based Brand Equity)と総称されるが、そのレベルは、大きく4段階に整理できる。低レベルから示すと以下になる(ブランド関連の用語は複数あるため、ここでは代表的な意味をもとに、類似しているものをまとめている)。
- 検討時に地名が思い浮かぶ(ToMA:Top of Mind Awareness) / Brand Salience
- そこにどんな施設やスポットがあるのか知っている(Cognition) / Brand Association, Image
- その地域の自分にとっての価値や意味を感じている(Affect) / Brand Association, Image
- 深く知っていて行きたいと思っている / Brand Loyalty
2つ目と3つ目は、一般的なブランディング構造では別けていないが、私の整理では敢えて、区分している。これは、サービス品質を考える際、そのサービスの定量的、客観的な価値と、主観的な価値は区分して考える必要があるからだ。
例えば、飲食店を考えて見よう。
「有機野菜を使っています」「ミシュランの一つ星です」「シェフはフランスで修行してきました」といった事項は、定量的に認識(cognition)できる客観的な事実である。こうしたタイプのサービス品質は「機能的価値」と呼ばれる。
これに対し、「このレストランで彼女にプロポーズした」「オーナーの生き方が好き」「友達とわいわい過ごすのに雰囲気が合っている」といった事項は、顧客の意識を高ぶらせる(affect)が、主観的なものであり、人によって感じ方は異なる。こうしたタイプのサービス品質は「情緒的価値」と呼ばれる。
ネット社会となり、機能的価値に関わる情報は溢れまくるようになり、客観的な情報から「合理的」な意志決定を行うことは難しく(=工数がかかる)なっている。他方、市場の成熟化がすすむことで、顧客の経験値も高まってきており、経験と通じて顧客自身が一定の判断材料を有するようになって来ている。結果、顧客は、主観的な情報に、より重きを置くようになって来ている。
そして、そうした心理的な反応が、最高位のブランドロイヤルティの形成に繋がっていくことになる。
ここで留意すべき事は、ここで顧客が抱く地域に対するイメージは、地域側が考え提供したいと思うもの(ブランド・アイデンティティ)と同様であることが求められるということだ。
ここにズレがあると、その関係は長続きしない。
ここまでを整理すると以下のようになる。
- ブランド価値を高めるには、単なる地名や、事実としての地域概要を超え、顧客の心に特別な感情を引き起こしていくことが重要。
- その感情の方向性は、地域が考える自分自身の価値(ブランド・アイデンティティ)に沿ったものであることが必要。
これを実現する手法が、単に観光施設やスポットを紹介する(そこに「何があるか」を示す)のではなく、ブランド・アイデンティティに立脚した上で、そこでどんな経験が出来るのかということを、リアリティをもって(=顧客が容易に想像でき、共感を覚えられる)伝えられるようにしていくこととなる。
すなわち、顧客のブランド価値を高めて行くために、地域が行うべき事は1つ。
ブランド・アイデンティティを、観光客が体験し感じる事ができるような「経験」をつくり出し、それを展開していく事である。