非正規雇用者の増加
10日ほど前の7月13日、総務省より就業構造基本調査の結果が発表された。
この調査は、5年に一回のペースで行われており、標本調査ではあるが就労状況を細かく尋ねている調査となっている。
この結果に対し、マスメディアの論調は様々だが、非正規雇用が増えている…という論調も少なくない。例えば、沖縄タイムスでは、以下のような感じ。
非正規雇用については、2000年代初めの規制緩和が原因だとする論調もネット上では散見されるが、背景にはサービス経済化の動きがあることは、何故か、あまり議論されない。
以前、私が「地方創生に必要な産業政策 〜状況分析編」で行った整理は以下となる。
- GDPは製造業の動きに大きく左右される。
- サービス業では、不動産や専門科学技術・業務支援が堅調だが、最も存在感をあげているのは保健衛生(医療福祉)。
- その他の金融や宿泊・飲食は、生産額が低下している。
- 雇用面では、保健衛生や宿泊・飲食、金融保険が生産額推移以上の雇用者を取り込んでいる。
端的に言えば、サービス経済化の中にあるにも関わらず、「単体での変化量が大きいため」に製造業がGDPに与える影響は無視し得ない状況の中で、景気に関係無く保健衛生の規模が拡大し、総体としてサービス経済化が進んでいるという状況です。
景気後退の背景にある物
日本の景気後退は1997年から起きているが、単なる景気循環に留まらず、長期にわたって、そこから抜け出せないのは、様々な要因、環境変化が立て続けに起きているからと考えるのが自然である。
例えば、以下のような環境変化が指摘できる。
- 多額の不良債権などバブル経済のツケが出た(ex.山一証券の破綻)。
- 人口縮小社会が現実に見えてきた(ex.2005年の国勢調査で人口減少)。
- 高齢化社会も現実に見えてきた(ex.2007年問題)
- IT社会に転換した(ex.Windows95OSR2が1996年末にリリース)。
- サービス経済へのシフトが進んだ。
これらの「変化」は、相互に関連して問題を複雑にしているわけだが、端的に言えば、人口ボーナスが失われていく中で、ITを横軸とした産業構造の変化(サービス経済化)に、日本の産業群が追随できていない結果だと言える。
例えば、近年、「経営力」が重要だという話はよく出てくるが、海外では経営者の普遍的な意志決定手法が重視されるのに対し、日本では経営者自身のキャラクター、それも情緒的な部分に関心が集まりやすい。
普遍的な意志決定の背景には、ITの進展によって生まれた「データ」への注目があり、それは、ビッグデータやAIを生み出していく土壌ともなる。
更に言えば、経営学の世界では、情緒的な部分にも、心理学などの領域が取り込まれることで、科学的なアプローチが多く展開されるようになっており、リーダーシップやブランディングといった組織内外のコミュニケーション手法についても多数の知見が生まれている。
就業構造基本調査から見える事
さて、話を「就業構造基本調査」の結果に戻そう。
前述したように「非正規雇用が増えている」という論調は少なくないのだが、2012年と2017年を比較すると、実は、正規雇用の方が人数的な増加は大きい。具体的には、この5年間で、非正規雇用は90万人増えているのだが、正規雇用は140万人と、1.5倍以上増えているのだ。
総数でみても、非正規雇用が2,130万人に対し正規雇用は3,450万人と1.6倍に達する。
非正規雇用のうち、正規雇用と比較されがちな派遣社員や契約社員のみに限定すれば、445万人となる。
さらに、業種別に正規/非正規をみてみると、以下のように整理できる。
- 正規/非正規ともに雇用者数が減った。
農林漁業、鉱業、製造業、生活関連サービス業(娯楽業)、分類不能 - 正規は増えたが、非正規は減った。
建設業、運輸業 - 正規は減ったが、非正規は増えた。
宿泊業・飲食サービス業 - 正規/非正規ともに雇用者数が増えた。
その他の業種
つまり、正規を減らして、非正規を増やすという「労働環境悪化(笑)」を地でいっているのは、我らがホスピタリティ産業なのである。
さらに、この5年間で5万人以上、非正規雇用者を増やしている業種に注目すると、別の事が見えてくる。
表 2012年から2017年に非正規雇用者を増大させた業種
Total | Male | Female | |
全体 | 898,600 | 194,900 | 703,600 |
情報通信業 | 51,300 | 21,000 | 30,400 |
卸売業,小売業 | 146,100 | 75,700 | 70,500 |
宿泊業,飲食サービス業 | 68,900 | 39,500 | 29,500 |
教育,学習支援業 | 158,300 | 54,000 | 104,300 |
医療,福祉 | 387,200 | 58,000 | 329,200 |
サービス業(他に分類されないもの) | 201,100 | 60,100 | 141,000 |
情報通信業を除けば、ホスピタリティ関連の産業で構成されていることが一目瞭然である。
特に、医療・福祉は強烈で、5年間で40万人近く非正規雇用を増加させている。さらに、この間、同業種は正規雇用も約60万人増大させており、100万人近く雇用者数を増大させているのである。
5年間で増えた雇用者数(正規/非正規)は、230万人なので、その半数弱を医療・福祉だけで担っている事になる。今後の高齢化社会の進展に伴い、さらに医療・福祉分野は雇用者を飲み込んでいくことになる。
そして、同業種は、一種の官製ビジネスであり、かつ、膨大な雇用者数となるため、人件費には一定のキャップがかけされることになる。
つまり、非正規雇用者の増大は、企業側が人件費カットを行ったことが主因ではなく(それも一つの原因ではあるが)、社会全体がサービス経済化していくことで、ある種、必然的に生じている構造的な問題と考えるのが自然である。
よって、観光振興に力を入れている沖縄県で、一定量の非正規雇用者が出てくることは必然だとも言えるだろう。非正規雇用の比率などを論じる場合には、産業構造の変化についても、あわせて考える必要があるということだ。
日本の地域振興の為には?
さらに、留意が必要なのは、サービス経済化自体は、世界中で起きている話だが、人口縮小、高齢化は日本特有の問題だと言う事だ。高齢化の中で、医療・福祉分野に多量の人材が取り込まれていく一方で、若年層が減少していけば、宿泊業・飲食サービス業などへの人材供給は極めて困難となっていく。
これは、宿泊業・飲食サービス業が困るというだけでなく、日本社会、経済においても、外貨を稼げる、経済的な規模を高めることに繋がる業種への人材供給が絶たれるということでもある。
特に、人口の絶対数が少ない地方部においては、この影響はとても大きなものとなる。
このことは、インバウンドの取り込みにおいては、日本は、独自にハンデを負っているということでもある。海外が、潤沢に労働量を投入し「おもてなし」を展開していっても、日本には量的な対抗手段が無いからだ。
日本独自の課題である少子化と高齢化に対応しつつ、国際的に進む、サービス経済化へ対応し、ホスピタリティ産業を競争力のある物としていく手法はなんなのか。
これは、本来、大きな課題のハズなんですが。あんまり議題とはならないのですよねぇ。