日本と欧米の観光リゾート地を比較した際に良く言及されるのは、顧客の滞在日数の違いである。

一般に、欧米の観光リゾート地は、週単位くらいでの滞在が一般的で、ホテルなども3泊、4泊以上でないと予約を受け付けないという場合も少なくない。他方、日本の観光リゾート地は平均宿泊日数が1.2泊となるところがほとんどで、大きな差がある。

現在、日本では量より質へという流れの中で、観光消費額の単価アップが目指されているが、長期滞在する訪日客は、それだけ消費単価も高くなるため、特に取り込みが目指される対象となっている。

実際、昨年、実施されたラクビーW杯には、多くの「長期滞在客」が来日し、短期滞在客とは異なる深みと広がりをもった交流が各地で営まれた。「これこそが国際交流だ」と感じた関係者も少なくないだろう。

こうした「長期滞在客」の取り込みにおいて、地域で取り組まれがちなのは、体験プログラムの充実である。「やれること」を多く作れば、それらを「やる」ために、滞在時間が伸びるだろうという思惑がそこにある。

実は、この発想はバブル期のリゾート整備と全く同じである。当時も欧米のような長期滞在を目指そうと、「遊び切れない」だけのアクティビティを揃えようとしていた。その結果は、皆さんもご存知であろう。

近年でも同様である。

例えば、沖縄県は、バブル期と現在では、比較にならないくらい「やれる事」は増えている。では、それによって沖縄観光の滞在日数は増えたか?と言えば、基本、変わっていない。

かつて、旭山動物園が5年間で50万人から300万人に入園者数を増大させた時でも、北海道旅行者の滞在日数は増えていない。

もっと言えば、強烈な競争力を持っているハワイですら、日本人の滞在日数は、有史以来、3泊5日に固定された状況にある。

このように、観光施設や体験プログラムの量や種類は、滞在時間とほとんどリンクすることは無い。すなわち、滞在日数は地域特性に付随する従属変数ではない。

では、何に影響されるのかといえば、それは顧客の志向、行動パターンである。

実際、ハワイは、米国本土からの来訪者は日本人の倍の日数滞在するし、長期滞在化したといわれるニセコでも、日本人客は、未だに1.2泊で変わらない。長期滞在型の観光リゾート地というのは、地域の形態ではなく、長期滞在需要をもった人々に支持されるデスティネーションだということだ。

RWCによって来日した人が訪れたら、いきなり、長期滞在になったということは、その一例である。

マーケットの問題

すなわち、地域が、平均滞在日数を増大させたいと思ったら、長期滞在需要を持った人々を集める必要がある。

ただ、ここで最大の問題となるのが、国内も東アジアも長期滞在需要を持った人々は少ないということだ。

さらに、ラケット理論というものが確認されており、旅行距離が短いと滞在日数が少なくなる傾向があることが確認されている。

日本は国内だけで潤沢な旅行市場があり、更に、地勢的に経済成長激しい東アジアに近い立地にある。これは、観光新興の大きなエンジンとなっている一方で、長期滞在需要の取り込みハードルともなっている。市場のマジョリティは短期滞在客であるからだ。

事業者、特に宿泊施設とすれば、短期滞在需要であろうと、人泊数が稼げれば問題ない。市場のマジョリティが短期滞在需要であるなら、ハードもソフトも、それに適した対応を行うし、マーケティングにおいても、成果につながりやすいのは短期滞在需要に向けた取り組みとなる。

ただ、そうやって量を求める動きに身を任せると、より低所得の人々を取り込むこととなり、隘路にはまり込むことになる。

対応すべき課題が見えているにも関わらず、事業者レベルにおいて、その対応が進み難いという状況は、1990年代後半、団体旅行から個人旅行へのシフトが、ほぼほぼ明確となっていたのにも関わらず、既存施設において、団体旅行への対応がなかなか進まなかった状況と重なる。

困難な需要呼び込み

事業者は、どうしても眼前の需要への対応に追われることになる。
これは、ホスピタリティ産業は、本質的に需要を創造するのではなく、発生した需要へ対応する事業であるからだ。

そのため、需要が変化すれば、その対応は自ずと行われる。

団体旅行から個人旅行へのシフトにおいては、既存施設が、眼前に残る団体旅行の取り込みに対応している間に、個人旅行へ対応した施設が多く新設されるようになったし、インバウンドの増大によって、数年間で、ほとんどの施設が外国人対応が出来るようになったことは、その証左だろう。

しかしながら、前述のように日本とその周辺諸国では「長期滞在需要」は希薄であり、自然に増えることもない。この状況を変化させるには、需要側に直接リーチするマーケティングが必要となる。

具体的に言えば、毎年、確実に長期宿泊需要(バカンス需要)が発生し、その需要が、世界中の都市とリゾートへ向かっている欧米諸国の人々にリーチし、その需要を呼び込むことが求められる。

ただ、これは「言うが易し行うは難し」の典型例とも言える。

普通に考えれば「日本の魅力を発信」となるが、「魅力」は、多分にエモーショナル(情緒的)なものであるから、地域の魅力発信量と顧客の魅力認知は、必ずしも比例しない。

さらに、魅力というのは相対的なものであり、日本が魅力を発信しても、既にバカンス需要を獲得している地域が、同様に魅力発信を強化すれば、相対的に日本の魅力は増えない。

つまり、確実性は低い。

敢えて機能的価値へ注目

では、どうするか。

本質的には、ブランディング構造に従い、観光地の魅力を着実に高めていくことが重要であるが、日本は、長期滞在需要の取り込みにおいて後塵を拝しており、そこにじっくりと取り組んでいる余裕はない。

こうした状況においては、敢えて、ファンクショナル(機能的)価値に取り組むことが有効ではないか。

具体的には以下のような取り組みが検討できる。

  • バカンス需要のある国と「直接つなぐ国際航空路線」を開設する。
  • 「国際的な誘客力のあるMICE」を誘致、開催する。

これらは「費用」を投入すれば、絶対的な水準で展開可能という利点がある。

ダイレクトラインとなる航空路線は、顧客にとっての時間と費用を確実に圧縮するし、顧客が行きたい/行かねばならないMICEは、それがどの地域での開催であっても訪れることになるからだ。

また、資金を投入し続ければ、その間、効果を持続できるという側面もある。呼び込んだ需要を元に、民間事業者が投資判断をするには、数年の時間が必要だからだ。民間事業者が自主的な投資を始めれば、その投資が新たな需要を呼び込んでくるようになり、持続性が高まっていくことになる。

ここで重要なことは、敢えて繁忙期を対象とするということだ。通年型は、観光リゾート地が目指す目標であるが、四季のある日本では、かなり難易度が高い。実際、国際リゾートとされるニセコも、冬の100日が勝負となっている。

言い方を変えれば、100日でも「ドンと抜け出し」、それを数年単位で持続できれば、長期滞在型リゾートへと転化していくことが可能となる。

そうやって、100日をターゲットにすれば、航空路線やMICEの取り組みも、より焦点を絞った対応が可能となる。

しかも、長期滞在客は、一週間や10日間の滞在となる。海外リゾートでは、3泊以上でなければ宿泊予約を取らないことも多いことを考えれば、航空路線は、週2〜3回往復でも十分だし、MICEも週1〜2でも十分となる。

こうした取り組みによって、シーズン中の滞在パターンを誘導することができれば、地域での対応もシンプルかつ効果的なものとすることが出来る。それは、単なる安売りとは異なるB by C(費用対効果)の獲得にも繋がるだろう。

求められる選択と集中

とはいえ。これとてなかなか難易度の高い取り組みである。
ともかく軍資金が続かなければ、成果を得ることは出来ないし、仮に潤沢な資金があっても、最終的には、顧客に評価されなければ持続できない。

ブランド想起を考えれば、同じカテゴリでブランド確立できるのはせいぜい2〜3つにすぎないことも合わせて考えれば、日本全国、どこもかしこも長期滞在需要≒欧米市場の獲得というのは、かなり厳しい取り組みだと考えるべきだろう。

地方創生を考えれば、全国規模での観光振興は重要な政策課題であるが、観光は世界の都市やリゾートとの競争である。長期滞在需要の獲得に向けては、ポテンシャルを持つ地域の選択と集中が必要となろう。

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