政府は、コロナ禍終息後の旅行需要喚起策として、ふっこう割のような割引策を検討しているようです。

読売新聞オンライン 2020/04/05 より

「ふっこう割」という元となる制度があるため、これをベースとした発想を関係者が持つのは、当然とも言えます。

ふっこう割とは何か

「ふっこう割」の制度は、2016年の熊本地震対策として立案されたものですが、制度的な原型は「プレミアム旅行券」となっています。

このプレミアム旅行券は、2014年に消費税率が5%から8%に上がった際の地域経済の落ち込みに対応することを目的に、緊急経済対策「地域住民生活等緊急支援のための交付金(地域消費喚起・生活支援型)」として、2015年頃に多く展開された施策です。

このプレミアム旅行券は、例えば、5,000円で購入した旅行券を宿泊施設において10,000円の代金支払いに利用できるというものでした。この多くは、すぐに売れきれるくらい人気を集めました。

この経験から、「安価にすることで需要が動く」ことが確認されました。

この知見を元に、2016年春に発生した熊本地震の風評被害対策として設定されたのが「ふっこう割」です。その後も、北海道胆振東部地震や西日本豪雨に対応して、補助率を変えながら展開されています。

こうした経緯を見ると、今回、政府が検討中の旅行費用補助も有効そうに見えます。

ふっこう割型の限界

ただ、私は、それに疑義を持っています。

その理由は、以下の5つ。

  1. コロナ禍の終息/収束時期がいつになるのか設定できないこと
  2. 利用者が限定されること
  3. 関連消費が広がらないこと
  4. コロナ禍による大規模な経済クラッシュへの対応力が弱いこと
  5. 付加価値向上への取り組みが阻害されること

便宜上、政府が考えている割引制度を「コロ割」と名付けましょう。

「コロ割」を展開するには「いつから、いつまで」という期間設定が必要となります。「コロ割」は、予算上、発行数が限定されるでしょうから、販売と同時に、一気に稼働することになるでしょう。しかしながら、コロナ禍は、いつ終息/収束するのかはわかりません。仮にワクチンが出来たとしても、インフルエンザがそうであるように、100%感染しないわけではないでしょう。

こうなると、政府として「いつから」、この施策を動かすのかという判断が非常に難しくなります。

次に、利用者の問題があります。現在の旅行は直前予約が多くなっています。これに対して、コロ割は発行件数が限られますから、早めに購入しなければ利用できません。結果、利用者は、2ヶ月後、3ヶ月後の旅行を確定している人や、地元の人々が主体になります。

実際、プレミアム旅行券も、ふっこう割も、その利用者の多くは地元居住者となっています。地元であるため、安価になるなら(=経済的なハードルが下がれば)出かける機会もあるだろう…と考えられるからでしょう。

また、出張などで、ほぼ確実に来訪する人の購入も指摘されていました。

旅行が確定している人が、コロ助を利用しても、需要の総量は増えません。地元住民の利用は需要増大に繋がる可能性はありますが、同時に、異なる問題を引き起こします。

それは、地元客や出張族が利用者となると、宿泊以外の需要が広がらないということです。

例えば、東京の人が沖縄にでかけた場合、せっかくだからと沖縄料理や、沖縄らしいアクティビティを楽しもうと思うでしょう。それが、関連消費に繋がります。

しかしながら、地元住民は、普段では泊まることが出来ないホテルには泊まりたいとは思っても、その他の活動、アクティビティに興味を持つ人は少ないでしょう。「安さ」が行動の引き金であれば、なおさらです。

業務出張では、そもそも付加的な余暇活動自体がでてきません。

そのため、宿泊施設は売上が立っても、その他の関連サービスには消費が波及しにくいのです。

さらに、より本質的で、構造的な問題があります。

今回の経済クラッシュの影響は、現時点では不透明ですが、世界中に広がっていることを考えれば、かつてないほどの影響が出ることは容易に想像できます。

例えば、リーマンショック時には、平均給与は1年で5.5%、額にして23万円下落しました。これは平均値ではありますが、これだけの所得減少が起きたら、とても旅行に出ることは難しいでしょう。実際、2009年から2010年には旅行市場は約10%縮小しています。

今回のコロナ禍は、リーマンショックの比ではないレベルになっています。年収が20万、30万円とダウンすることになれば、仮に「半額」とされても、多くの人は旅行に出かけようという気は起きないでしょう。

そもそも、「割引」されることで消費が喚起されるのは、価格が高いと感じる場合や、相対的に安価だと感じられる場合です。

消費税増税時にプレミアム旅行券(5%->8%)やポイント還元(8%->10%)を展開するのは、増税分の価格上昇を抑えることが目的ですし、ふっこう割は、他地域への旅行よりも相対的に安価にすることで需要を被災地に向けることが目的です。

しかしながら、今回のように経済不況によって、所得水準自体が低下している時には、そもそも支出を絞り込むように行動するのが自然です。そこに割引券を展開したところで、需要喚起は限定的でしょう。もともと、旅行をする人(=経済的な余裕がある人)が旅行をするだけです。

仮に、所得が何十万単位で下落した人にも、割引券で重要を喚起させようとしたら、80%とか90%といった非常に高率な割引が必要となるでしょう。しかしながら、原資は一定ですから、割引率を高めれば、利用者数は限定され、その効果も限定されます。

また、従来のプレミアム旅行券やふっこう割は、地域が限定されていましたから、相対的な価格差を誘客に利用できました。しかしながら、今回、全国一律で割引となれば、結局は、その割引価格が価格のベースラインとなります。つまり、割引後の価格で、更なる価格競争が生じるということです。

しかも、その割引価格を利用できるのはコロ割を先行購入出来た一部の人だけですから、それ以外の人からすると、通常価格でも、とても高価な価格と感じることになるでしょう。そのため、施設側は、コロ割対象ではない商品サービスについても、安価にせざるを得なくなります。

結果、ここ数年、多くの地域や施設が取り組んできた「付加価値向上」の取り組みも、吹っ飛ぶことになります。緊急避難的に需要を拡大できても、付加価値を生み出せない産業構造としてしまうことは避けるべきではないでしょうか。

所得税控除へ

以上のように、今回のコロナ禍からの復旧においては、プレミアム旅行券型の割引制度は「問題が多い」。

割引をするのではなく、費用を控除する方向に切り替える方が効果的でしょう。

旅行費用などを所得税から控除する方式であれば、「いつから始める」ということを設定する必要はありません。税制ですから年単位とする必要はありますが、何月何日からというセットする必要はありません。しかも、控除の原資は、自身が収める税金ですから、旅行タイミングは自由に設定できます。早いもの勝ちということは無いわけです。

これなら、この制度を入れた途端に、旅行が殺到するということはなく、感染者の推移を見ながら調整することが可能です。

さらに、所得税控除であれば、利用者は地元客に限定されることはありません。いわゆる、普通の旅行者が主体になりますから、旅行消費についても通常通りとなることが期待できます。しかも、使えば使うほど、控除額が増えることになりますから、より多くの消費を行おうという意欲を引き出すことになるでしょう。

経済クラッシュに伴う所得減への対応力もコロ割以上です。所得が5%、10%減っても、所得税は「しっかりと」納税することになるからです。

例えば、額面年収500万円の人が、450万円にダウンした場合、手取りは35万円ほど低下します。が、所得税は14万円程度から、10万円程度と4万円しか下がりません。

コロ割では、この減収した手取り35万円から、更に、旅行費用をひねり出す必要があります。仮に半額になると言われても、その半額を出すのもためらわれるでしょう。

他方、旅行費用の50%を所得税の20%まで控除できるという制度であれば、控除額は2万円、4万円の商品サービスに充当できます。この場合、4万円の旅行を行うと、実質2万円の負担。行わなければ、所得税が12万円から14万円にあがり、結局、2万円の負担となります。

どちらが人々の行動を左右するかは、明らかでしょう。
仮に所得が下がっても、消費マインドを引き釣り出せるというのが、所得税控除方式の利点です。多くの人が、おそらく所得減となることを考えれば、この利点は無視できません。

また、この控除額は、当然、所得が上がれば上がるほど、大きくなります。所得税は累進性を持っているからです。

仮に、年収800万円の人であれば、所得税は47万円程度となりますから、19万円くらいまでの旅行支出に対応できます。年収1000万円なら、34万円です。

公務員や医療サービスのように年収が下がらない人は、所得税控除も活用することで、更なる余暇支出も期待できるでしょう。

そのため、産業側としては安売りではなく、付加価値の高い商品サービスの提供を試みることが出来ます。全体の景気が落ちている中で、高付加価値の商品サービスを展開することは容易ではありませんが、コロ割よりも、展開可能性が高いことは確かでしょう。

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