コロナ禍以前から進む世代交代
コロナ禍は、観光市場に甚大な被害を及ぼしていますが、私は、この危機の中で国内市場での世代交代が起きていくと考えています。
2000年代、バブル崩壊の余韻によって、国内観光は市場縮小に見舞われましたが、そこで光明となったのが、団塊世代のリタイアでした。2007年以降、団塊世代が60歳を迎え、退職者となり始めたことで、低迷していた国内の余暇市場は、活気を取り戻すことになりました。
団塊世代は、その人口ボリュームの大きさだけでなく、戦後の高度成長期に「青春」を過ごしたという経験を持つことで、旅行を含む余暇市場への貢献が期待されたからです。実際、団塊世代はリーマンショック後の国内観光において、大きな存在感を示してきました。祖父母世代となっていた団塊世代が家族旅行に出かけることで、親・子・孫という「三世代旅行」も顕在化するようになりました。
実際、観光庁の統計(旅行・観光消費動向調査)で宿泊観光旅行の実施状況を確認すれば、2010年当時、団塊世代と、その子世代(団塊Jr)が、実旅行者数の双璧となっています。特に60代(団塊世代)は、人泊数においても、グンを抜いており、団塊世代が国内市場をリードする立場であったことがわかります。
しかしながら、それから10年。コロナ禍前の2019年の状況を見てみると、実旅行者数では40代、人泊数では20代、ついで40代が主体となっており、年齢の上がった団塊世代(70代)は大きく、その存在感を落としています。
さらに、2010年と2019年で、コーホート的視点で分析をしてみると、2010年から2019年にかけて、実旅行者数も延べ人泊数も増大させたのは、2010年時点の10代以下しかいません。また、30〜50代(2010年時点)は、実旅行者数は減少していますが、延べ人泊数は増大させています。
実は、2010年と2019年では、実旅行者の総数は減少しています。が、延べ人泊の総数は増大しており、市場規模そのものは維持されています。つまり、旅行する人は減少したけど、旅行する人はより多く(または、より長く)旅行に行くようになっているのです。そうした市場規模の維持に貢献したのは、2010年時点に50代以下の人々であり、特に、2010年時点の10代は、2019年、大きく人泊数を伸ばしていて、年代別で最大の人泊数となっています。絶対的な人口は団塊世代の2/3しか無いにも関わらずです。
この伸長した世代は、Z世代とミレニアル世代の境界線となる人々です。
一方で、2010年頃、国内市場をリードしていた団塊世代は、大きく実旅行者数も延べ宿泊者数も減少させています。団塊世代は、10年で、実旅行者数で30%減少、延べ宿泊者数では40%減少となっており、急激に、市場が縮小したことになります。
このことからまず言えるのは、確実に、かつ、ダイナミックに、旅行市場の世代交代が起きているということです。国内観光が厳しい時代に救世主となった「団塊世代」は、既に市場からの退出が顕著であり、変わって、ミレニアル、Z世代の若い人たちが市場の主流となってきています。
さらに、コロナ禍の影響があります。公益財団法人日本交通公社では、継続的にコロナ禍における旅行意識の調査をしていますが、その調査の中で、高齢者の女性ほどコロナ禍が収束しても旅行を再開することに対し否定的な意識でいることがわかっています。コロナ禍ショックは、コロナ禍以前からのトレンドを更に強化する、すなわち、団塊世代以上の市場からの退出を早めることになるでしょう。
ミレニアル、Z世代は、生まれたときからデジタル機器/ネットを利用してきたデジタル・ネイティブ世代であり、物事の価値観、ライフスタイルが、その上の世代(デジタル・イミグラント)とは異なるとされています。当然、観光に対する意識も異なってきます。
そうでなくても、団塊世代とは二世代の差(祖父母と孫との関係)があり、「同じ」ではないことは当然です。
経験の中身、魅せ方、流通などなど、大規模な転換が必要となるでしょう。
団塊世代に依存していた地域/施設にとって、この「転換」は容易なことではありませんが、それが出来なければ、ジリ貧となっていくことは避けられません。
もう一つは、旅行は、全体として少数精鋭化していくということです。前述したように、実旅行者数は減少しています。が、延べ人泊数は増大しています。これは、旅行を実施する人が限定されていく一方で、旅行を行う人達は、その活動量を増やしていることを示しています。
もともと、宿泊観光旅行を行っているのは、国民の半数程度であり、更に、国民の3割で市場の8割程度を占めるというパレート分布構造にあります。2010年から2019年の変化を見ると、今後、このパレート分布が更に強まっていくことが示唆されます。
この背景は分析できていませんが、おそらくは、所得が二極化してきていることと関係があるでしょう。
これは、人口縮小が必ずしも市場縮小とはならないことを示していると同時に、限られていく旅行者に選好されない地域/施設は集客を維持していくことが厳しくなることを示しています。限られていく旅行者は、年に複数回の宿泊観光旅行を行う人達であり、経験値の高い人達です。おそらくは、サービスに対する選択眼を持ち、自立的に行動できる人達となるでしょう。
そうした人々に向けた「経験」創造が求められることになります。
ポスト・コロナは環境変化がワープする
以上見てきたように、コロナ禍以前から、市場の転換は起きていました。今回は、国内市場について整理しましたが、インバウンドについても同様であり、コロナ禍以前から失速状態にあったのは明らかです。
今回のコロナ禍は、間違いなく甚大な災禍ですが、仮に、このコロナ禍が無くても、国内市場の転換は起きていましたし、インバウンドも順風満帆では無く、なんらかの対応が必要とされていました。
そう考えれば、コロナ禍が収束した後、ポスト・コロナになれば、「もとに戻る」ということにはなりません。また、コロナ禍以前と、全く異る新しい世界になるわけでもありません。
コロナ禍という災禍があったとしても、世界は連続的に繋がっており、コロナ禍以前からの変化が、改めて顕在化していくることになります。
通常、環境の変化というのは10年、20年の時間軸で緩やかに行われます。これは、新しい潮流が出てきても、旧来からの潮流が消えて無くなるわけではなく、それらが完全に入れ替わるには相当の時間が必要となるためです。しかしながら、コロナ禍は、新しい潮流も旧来からの潮流も止めることになります。その状態で、コロナ禍が収束すれば、新しい潮流は再度流れ始めることになりますが、旧来からの潮流は勢いを大きくそがれることになるでしょう。そのため、ポスト・コロナでは、ワープしたかのように、環境変化が短時間で進むと考えられます。
コロナ禍によって、事態が止まっているこのタイミングにおいて、環境変化を展望し、準備を進めていくことが必要となるでしょう。