オーランド198日目 〜まとめ4:学術界

いままで、産業界、行政、そして、顧客(市場)とみてきましたが、まとめの4回目では、学術界、研究領域についてまとめてみましょう。
私が、そもそも、こちらに研修に来る理由は、この「学術界」が、日本にはないものがあると感じたためです。
具体的な研究テーマは、CSです。
結果として、CS研究については、日本国内で日本語で入手可能な情報と、こちらでの研究では、10年以上の開きがありました。
米国を中心としたサービス研究の領域においては、CSは、90年代(20世紀!)には、その意義や限界、構成要素といったものが明らかになっており、次の段階に進んでいます。一方で、日本の場合、やっと「CS」というものに注目が集まる段階。それも、こちらの研究成果をふまえれば「限界」があって捨てられたモデルであったり、現在では「誤用」とされている運用方法もあるのが現実です。
学術界で研究された成果が、そのまま、産業界で活用されるわけではありませんし、産業界は産業界で、独自の研究、分析も行っています。よって、学術界の水準と産業界の競争力が必ずしも相関するわけではないでしょうが、日々、積み上がり、刷新されていく知見を参照できる立場に居る経営者と、そうでない経営者では、自ずと、その経営力に違いは出てくるでしょう。
では、なぜ、こちらでは、そうした研究が積み上がっていくのか?ということですが、以下のような理由が挙げられるでしょう。

  1. 研究者の評価が論文数、論文の内容によって決まってくる
  2. 論文フォーマットが規格化されている
  3. 定量的な分析手法が求められている
  4. 様々な学術誌があり、さらに、それがオンライン化されている
  5. 基本的に英語で統一されている

まず、第1は、大学の教員、ファカルティは、アソシエートまでは論文数、フルにあがるには論文内容と、どういった論文をどれだけ出したのかということが評価軸になっています。出身大学や研究室、年齢などは関係ありません。例えば、有期ではない雇用を獲得するには、「テニュア」を取ることが必要ですが、この「テニュア」は、論文数のみの勝負です。テニュアトラックに進むには、博士号が必要ですから、博士課程からテニュアトラック終了までの10年以上を、論文作成に充てることが必要なわけです。フルをとってしまえば、それほどのプレッシャーはなくなりますが、ここまでの課程で、論文を書くと言うことについて高い経験、訓練がなされてきていますから、論文作成というものに対する価値観は高いものがあります。
第2は、論文のフォーマットが、ほぼ、規格化されているということです。これは、本来、論文としては当たり前の事ではあるのですが、学術誌が異なっても、しっかりと、規格化されています。そのため、論文の内容を、部分、部分に分解することが容易であり、論文間の相対比較やコンテンツの再利用(リテラチャーレビューへの応用)を可能としています。
第3は、多くの論文が、定量的な分析手法を中心にした分析となっていると言うことです。そのため、どのような条件の中で、なにが、どこまで明らかになったのかということを、客観的に把握する事が出来ます。こうすることで、1つ1つの研究は、様々な課題意識や、それぞれの現場の状況におうじたものであっても、それらが積み重なることで、いつしか大きなうねりが出来ているということになります。これは、CS研究などでも顕著にみられました。
第4は、学術誌が様々に存在しているということです。それぞれの学術誌は、それぞれの思いや目的をもって創設されています。このことは、強力なメッセージ性を持つと同時に、新陳代謝を抑制してしまう恐れを持っています。しかしながら、学術誌が様々に存在することで、多様な研究が世に出る機会が確保されています。しかも、それらの学術誌の多くは、オンライン化されており、オンラインでそれらの情報を検索、参照、取得することが可能です。これによって、世界中の研究者が、研究に参加できるようになっています。
第5は、ある意味、最も重要な事項かもしれません。英語である。といことです。現在、中国や韓国の研究者も多々居ますが、表に出てくるのは「英語の論文」です。日本でも、観光研究が無いわけではありませんが、日本語では、例え、オンライン化されても表には出てきません。
逆に、日本から海外の論文にアクセスすることは可能ですが、これらの学術論文は、オンライン化されていても、有償である場合が少なくありません。そして、1本、1本は、結構高い($30とか)。私が現在作成している論文では、参考文献が60を超えますから、まともに個別購入してたらお金がいくらあっても足りません。現実的には、包括契約を結んで、1本単価では無い形にすることが求められますが、英語をメインのフィールドにしていないと、それも難しいでしょう。
以上のように、こちらの学術界は、ファカルティを目指す人材がいる限り、論文が日々、生み出される仕組みが存在しています。さらに、それら生み出された論文が、全世界を覆うナレッジ・マネジメント・システムの中で統合され、検索、参照、取得を可能としています。これによって、世界規模で、知見が集積されるようになったわけです。
ただし、ホスピタリティとツーリズムでは、若干、異なる部分もあります。端的に言えば、ツーリズムは、項目2,3、特に3(定量的)については、弱い部分があります。事例集的なものにとどまっているものが少なくありません。ただ、一方で、経済学やサービス研究、心理学など、他分野で定量的に確認された理論を導入し、検証することも多く行われており、定量的に行う研究も増えている印象はあります。
いずれにしても。日本の産業界としては、学術界の知見を経営に活かして行くには、自力で海外から知見を収集し、日本にローカライズしていか。誰かしらが日本語に翻訳してくれるのを待つか(これは、現状、多いパターン)。日本の研究者に世界と一体になった研究を促し、そこからフィードバックをえるのか。という3つの選択肢から選んでいく事が必要なのではないだろうか。

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