地域にとって重要なことは市場サイズ×シェアではない

更に言えば。
こうした総体的な市場サイズの動向を踏まえて検討する事は、マーケティング的には正しいが、観光地の現場としては、さほど問題では無く、市場サイズの動向に関係無く対応する事が可能である。

なぜなら、各地域の集客規模は、全体の市場サイズに比して、非常に小さく、市場サイズ×シェアという概念が成立しにくいからだ。

まず、全体の市場サイズだが、観光庁の資料が示すように、年間の旅行者数は6億人を超えるし、その消費額も21兆円を超える。

これに対し、絶好調と言われる沖縄県であっても、入域者数は国内客だけに限れば、700万人にも達しないし、消費額も5,000億円に達しない。これを国内市場のシェアで見れば、人数ベースで1.1%(宿泊旅行のみなら2.1%)、消費額ベースで2.3%(同じく3.1%)に過ぎない。

沖縄県ですら、シェアは数%でしかないことを考えれば、ほとんどの地域において「観光客数=市場サイズ×シェア」で考えることに有意性を見いだすことは難しいだろう。シェアが極小になるからだ。

沖縄県のシェアが示すように、それぞれのデスティネーション、地域が対象と出来るのは、そもそも、市場全体ではなく、その中の特定なセグメントに過ぎない。
各地域の観光客数は、それぞれの対象セグメントの市場サイズがどう変化するのか、また、そのセグメントの人々にどれだけ支持されるのかということの方が大きく影響する。

全体の市場サイズが減ったから、自分の所も減ったのだ…という考察は、一見正しいが、各地域や施設レベルにおいては、自ら「自分たちの対象セグメントが見えていません」と言っていることと同意である。

リテンションの重要性

となると重要なのはセグメントであるが、「旅行実施者の実像」で示したように、就労状態やライフステージによって、旅行への関わり方は大きく変わる。

端的に言えば、所得階層が低い人たちをターゲットとすれば、セグメントのボリュームは大きくなるが、景気変動を受けやすくなる。また、子供を持つ家族は旅行需要の高いセグメントだが、晩婚化や少子化といったライフスタイルの変化の影響を受けることにもなる。

このように、どのセグメントを対象にするのか、すなわち、ターゲッティングは、それぞれの観光地の中長期的な展望を考える上で重要というのは、マーケティングの正しいセオリーである。

ただ、それぞれのセグメントも、各地域の集客規模に比すれば、十分に大きい。

例えば、とんがった体験プログラムに対応するセグメント「時間とお金を持ち、地域文化に興味を持つ」として、”首都圏に住み、一定の所得水準にある30代、40代の未婚女性”というのが設定されがちである。
東京都の30代、40代の女性人口は合わせて約200万人。未婚率を30%として60万人。さらに、一定の所得水準を上位20%とすれば、12万人。彼女たちが年に1回、週末(1年間は概ね50週)に体験プログラムに参加するとすれば、毎週末、2,400人の需要が生まれることになる。
各地域における「とんがった体験プログラム」の催行可能人数は、最大で10人程度だとすれば、東京都在住に限定しても、毎週末240地域の需要を満たすだけの市場規模があることになる。

このように机上では、かなり限定したセグメントであっても、それなりの市場サイズがある。
しかしながら、実際の集客に至らないのは、当該セグメントの人々にアプローチし、その需要を顕在化させ、かつ、拡げていくことが難しいからだ。

「魅力が伝わらなければ意味がない」とは、多く指摘されるところであるが、現実問題として、地域が、自分たちが伝えたいセグメントの人々に、魅力を直接的に伝えることは非常に難しい。

TVなどで取り上げられれば、関心を高めることは出来るが、それは必ずしも自分たちのターゲットの人々ではない。そうしたターゲット外の人々の来訪は、一時的な効果はあっても、持続しないのは、これまで数多の事例が証明している。

さらに、仮に伝えることが出来たとしても、その人々が「よし、そこに行こう」と思ってくれるかどうかは解らない。その人々が「関心を持ってくれるだろう」というのは、マーケティング調査による推論に過ぎないからだ。

仮に関心を持ってくれたとしても、来訪には時間も費用も必要であり、そのハードルを越えられるという保証も無い。本人は良くても同行者がNGという場合も少なくない。

つまるところ、各地域が主体的に「魅力を造成し、伝えたい人たちに魅力を伝える」という正攻法、より具体的に言えばマーケティング・ミックス(4P/4C)をターゲットに仕掛けることで、観光客数を維持、増大させる…というセグメント・マーケティングの実践も難しいのが実状である。

ではどうするのか?

これは、実は、答えは出ている。それは「紹介意向を高める」ということである。

インバウンド需要はバブルかファンダメンタルか」で述べたように、紹介意向の高低は、観光客数の増減と比例関係にあることが確認されているからである。

つまり、来訪している人達に話を聞き、分析し、自地域と相性のよいセグメントを見つけ出し、彼らの紹介意向を高める手立てを講じていく…というのが最も有効な観光地マーケティングとなる。

これは、市場でのシェアを獲得するという発想ではなく、顧客を維持する(リテンション)という発想となる。

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