ナイトタイムエコノミーとコト消費
昨年の秋くらいから「ナイトタイムエコノミー」なる言葉がメディアなどに出てくるようになっている。
この背景には、訪日客数は増えているが、消費額は伸び悩み、さらに「モノ消費」に偏っているという問題がある。
私は、公務員時代の2015年度「コト消費空間研究会」なるものを立ち上げ、調査検討を行った。
当時、「爆買」というように、東アジアからの訪日客の旺盛な消費に注目が集まっていたが、旅行先でのモノの売買は、物流網の発達によって、やがて消えていくことは日本人自身が経験をしてきたことである。さらに、地方都市の空洞化は、モノの売買が、郊外の大型店や、アマゾンなどの通販にシフトした結果であることを考えれば「物販」に、この先の観光振興を担わせる/地域振興を担わせるというのは、大きな矛盾をはらんでいることになる。
さらに、当時、「中国人はモノにしか興味が無い」といった事も、各所で言われていたが、タイやハワイなどの観光消費統計を見ると、それらの地域では、東アジアの人達も、普通にサービスに一定額を消費していた。
その結果をつきあわせると、訪日客は、日本を、単なるショッピングセンターと捉えているということが見えてくる。
一方で、サービス経済化の流れは、全世界的に起きているわけで、それにキャッチアップすることは重要な課題となる。そこで、「コト消費」という言葉自体は、すでに存在していたが、そのワードを流用しつつ、なぜ「サービス消費」が日本で伸びないのかという事をテーマとした事業だ。
そして、海外では、中心市街地に人が集まるようになったのに、日本は大都市の一部を除き、そうした動きが出てきていない事に注目し、コト消費を促すには、単に個店を整備すれば良いのでは無く、人々が集い、時間を過ごしたくなるような空間が必要であろうという整理を行った。
この研究会のアウトプットがエリマネ(エリアマネジメント)や、それをドライブさせる財源確保の重要性の提示であり、私自身が復職後に実施している「観光財源研究会」や、先般、成立した「地方再生法の改正」へと繋がっている。
個人的には、いろいろな形で施策が拡がり、動きを見せていることに手応えを感じている分野の一つである。
ナイトタイムエコノミーの問題は何か
が、昨年くらいでてきた「ナイトタイムエコノミー」議論については、いささか困惑している。
それが「コト消費の金額を上げるために、夜のコンテンツを観光客向けに作ろう」という話になっているからだ。
「夜の楽しみがない」というのは、例えば、京都市であっても以前から指摘されていた事項であり、問題の一つである。さらに、前述のように、訪日客の消費は「モノ」に偏っており、「サービス」が極端に低いというのも事実である。
両者を繋いだ解決策として「ナイトタイムエコノミー」に注目するという所までは、私も納得出来ることである。
が、ここまで論を進めたのであれば、「なぜ、日本ではナイトタイムエコノミーが伸びないのか」という疑問を持つべきだろう。日本は、勢いは衰えたとはいえ、現在でも、世界有数の経済力を持ち、高度なインフラと商業サービスが集積している国である。そうした国であるにも関わらず、なぜ、訪日客が期待し、財布の紐をゆるめてもらえるような「夜の楽しみ」が無いのかという事に注目しなければ、本当の意味での解決は出来ない。
実は、ナイトタイムエコノミーという言葉は、90年代にはイギリスで論じられるようになっている。イブニングエコノミーとも呼ばれるこの概念は、アルコールの提供ライセンスや治安などとも密接な関係を有しているが、背景には、都市化の進展がある。もっと言えば、世界的な規模で中心市街地が安全で快適になる事で、人々が「街中」に集まるようになり、その賑わいが夜中まで拡がっていったことで、それを経済として捉えようという動きが出てきた訳だ。
これは、前述した都市中心部でのエリマネ(BID)の取り組みと表裏一体の関係性にあることを示している。
もともと、日本の都市は、中心市街地の空洞化に見られるように、ゴミや治安の問題は少ないにも関わらず「人が集まらない」構造にある。これをエリマネによって、集まるようにしていこうという動きが現在進行中で見られるようなっているが、ナイトタイムエコノミーは、その延長線上にあるということだ。
つまり、「夜の楽しみ」コンテンツは、単体で造成できるようなものではなく、エリア単位での取り組みが必要だと言う事になる。
次に、ナイトタイムエコノミーは、来訪者が支えるものではない。
ましてや、いきなり「富裕層」が参画するような物でも無いということだ。
例えば、AUSのシドニーでは、2030年目標の一つに、ナイトタイムエコノミーの振興を掲げており、戦略的な取り組みを展開してきている。この中で、複数の調査を行っているが、注目したいのは、来訪者の属性・行動調査である。
この調査資料では、「夜の来訪者」の多くは30代以下であり、ほとんどは、地元住民(グレーター・シドニー)であることを明らかとしている。
国や地域によって、構成は異なるであろうが、ナイトタイムエコノミーの主役は住民、それも若年層というのは、どこでもそう大きくは変わらないであろう。
つまり、地元住民の「ライフスタイル」の一つとして、都市に出かけるというナイトライフがあり、それによって形成されるのがナイトタイムエコノミーだと言う事だ。一部、消費単価の高いコンテンツはあっても、主体は若者であるから、バリュークラスのコンテンツが主体となる。そして、市場規模的に、観光客はナイトタイムエコノミーを膨らませる効果はあっても、作り上げる効果は持ち得ない。
こう考えれば、「なぜ、日本では訪日客が期待するようなナイトライフが無いのか」という問に対する答えは「夜中でも集いたくなるような空間(サービス集積地)が乏しく、日本人自身が、ナイトライフを楽しんでいないから」という事になる。
コト消費を拡大するには
結局の所、訪日客のサービス消費(コト消費)が伸びないのは、日本人自身が、そうしたサービス消費を行っていないということに尽きる。自分たちが出来ていないこと、やっていないことを観光客向けに対してのみ用意し、提供する事は、発展途上国ならともかく、日本の立ち位置としては難しい。
例えば、マリオの衣装を着てカートで街中走行する事業があるが、訪日客にはとても人気だが、日本人からの受けは悪い。この「受けの悪さ」は、道路交通法の隙間を抜けた事業であることや、物理的に交通上、邪魔になっているということだけでなく、街中で、あのように「楽しむ」と言う事自体を、なんとなくタブー視している人達が多いということに起因していると考えられる。利用者も、自身は楽しくても、周りから白眼視されていることを意識するようになれば、先への拡がりは無くなっていく。
人は、自分が経験していないことを理解することは難しい。マリオ・カートにこだわる必要は無いが、アフターファイブの時間の使い方について、日本人、自身が拡げていく事が出来ないと、訪日客にナイトライフを通じたコト消費を拡大させていくということには繋がらないだろう。
サマータイム議論や、プレミアム・フライデーなど、アフターファイブの時間を拡げる取り組みは、散発的に出されるものの、既に政府がどうこうするという話も無いように思う。
敢えていえば、「働き方改革」の中で、まずは、自分自身がナイトライフを楽しむような時間と資金を主体的に生み出していくようにしていくことが重要なのではないだろうか。
海外との比較で言えば、欧米では、夫婦やカップルが、余暇時間の基本ユニットとなっている。対して、日本では家族か、同僚、同姓のグループとなる。夫婦(カップル)のあり方について考えて見るのも、特にナイトライフについては、重要な視点となるだろう。
また、施策としては、コンテンツ別にみるのではなく、エリアで捉えていくことが有効だろう。昼間は賑わっているが、夜間は閑散としているというエリアは、格好の対象となる。
そうしたエリアにおいて、例えば、19時まで、20時まで、21時まで賑わいを継続させるにはどういう取り組みが考えられるか?という視点で検討していけば、結果に繋がるように思う。
いずれにしても、サービス経済社会の中で、サービス消費を増やしていくことは、とても重要な課題である。戦略的な取り組みを期待したい。