Discussion of Destination Branding.

観光需要とバカンス需要

2つの相反する旅行需要

人はなぜ旅行するのか。何を求めているのか。という事は、観光分野において古くて新しい研究課題である。

その中の一つに、「新奇性を求めて」と「なじみの行動を求めて」というものがある。

前者は、ノベルティ・シーキング(Novelty Seeking)と呼ばれ、後者はファミリアティ(Familiarity)と呼ばれる。

この相矛盾した動機が混在するのが旅行市場であるということを理解しないと、観光地のマーケティングやブランディングは見えてこない。

我々は、家族や職場、地域といったコミュニティの中で、日常生活を送っている。
そして、「日常」が、自身の理想通りであり、なんの不平も不満も無いという人は少ないだろう。
また、高い満足を持っている人であっても、家族や恋人と、より充実した時間を過ごしたいと思うだろう。

こうした「日常」に対する意識が、「日常から離れたい」という旅行動機を生み出すことになる訳だが、その向かう先には2つの方向がある。それが新奇性なのか、なじみ深さなのかということだ。

「新奇性」は、ともかく「新しいことをしたい」ということになる。せっかく、日常を飛び出したのだから、今までに見たことが無いことをしたいし、やったことが無いことをやりたい。結果、同じ所には行きたくないし、同じホテルにも泊まりたくない。となる。

一方、「なじみ深さ」を求める人は、刺激的な新しさよりも、定番となった関係性の中での心地よさを求めている。毎年、夏休みになれば同じ所に出かけ、プールサイドで読書し、お気に入りのレストランで食事をとるのが楽しい。となる。

日常という表現を使えれば、新奇性は「非日常」であり、なじみ深さは「異日常」となる。

需要に寄って異なる旅行先選択

ここで気がつくのは、新奇性を求める人は、基本的にリピーターにはならないと言う事だ。
旅行先で楽しさ、満足度を感じたとしても、彼らが旅行先に求めるのは「新奇性」だから、新しい経験が出来る新しい地域を、次の旅行先に選ぶ。
また、仮に3泊の旅行だとしても、同じ宿には泊まらない。Aホテル、B旅館、Cホテルというように、違う宿泊施設をハシゴしていくことが楽しいからだ。
実のところ、日本の宿泊観光旅行市場は、この「新奇性」によって支えられてきており、我々が「観光需要」と称するのは、この新奇性を指すことが多い。

他方、なじみ深さを求める人達が求めるのは、日常とはちょっと違うパラレルワールドのような日常である。自分にとって、「日常」では実現出来ない、より理想的な日常を求めて旅行するのである。
そのため、そうした滞在経験が出来る場所が見つかれば、自分が投入出来る時間と費用の限界まで、そこで「理想の生活」を送りたいと思う。これは連泊需要の創造へと繋がる。
これは、日本では希薄な「バカンス需要」と称することが出来る。

以前、「観光地とリゾートの違い」について整理したが、観光需要、すなわち新奇性を求める人達の旅行先は、観光地、リゾートの双方が選択肢となる。珍しいモノやコトがある観光地はもちろん、多様なホスピタリティ産業が集積しているリゾートも新奇性を満たすには十分だからだ。

ただ、彼らはリゾートを訪れたとしても、長期滞在はしない。そのリゾートの「新奇」なモノやコトを体験すれば欲求は満たされるからだ。

他方、バカンス需要を持つ人達の旅行先は、基本的にリゾート一択となる(この場合のリゾートは都市も含まれる)。ただし、滞在し、「異なる」日常を過ごす中で、観光地に出かける場合もある。これは、新奇性という欲求は、日常生活から生まれるものであり、また、そうした欲求を生じさせ、それを満たすだけの滞在日数もあるからだ。

すなわち、「なじみ深さ」というのは「新奇性」の先にある。

日本の観光地は、これまで、日本人の需要、すなわち新奇性に対応し最適化されてきた。
その取り組みは、現在の東アジアの旅行需要の受け入れにも反映されているし、その他の国々からの「観光」需要にも対応出来ている。

しかしながら、日本人は、バカンス需要が希薄であったため、「理想のライフスタイル」を演出し、それを提示できているような地域は乏しい。そのため、バカンス需要をもった人々からは、旅行先として日本は選ばれにくい。
訪日客数が増えながら、滞在日数は伸びず(むしろ低下傾向にあり)、消費単価も伸びないのは、これが原因であると考えるのが自然だろう。

更に言えば、新奇性に頼った観光振興は、燃料投下が止まったところで需要が失速することになる。海外でも定番となっている都市やリゾートは20年前も今も変わらない一方で、話題にのぼり消えていく地域は数多く存在している(存在した)ことが実証している。
世界から注目を集めている今の時点で、なじみ深さ、理想のライフスタイルを来訪目的としうる地域を作っていかないと、持続性の確保も難しくなるだろう。

同じように見える観光旅行であっても、その基本となる需要の種類によって、旅行先選択も、旅行先で求める行動も変わってくる。
これらは、海外の観光研究を紐解けば、既に指摘されていることでもある。
インバウンド客は、自分たちとは異なる価値観や風習をもった人々である。我々の「常識」で考えるのではなく、まずは、基本となる観光研究を紐解いていくことが必要なのではないだろうか。

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