観光客数は「慣性の法則」に従う

観光客数は、中長期的に見ると直線的に推移する。これを私は「慣性の法則」と呼んでいる。

この推移傾向はかなり強固であり、世界遺産登録クラスのイベントですら一時的にしか観光客を増加させることは無く、元の基調となる増減傾向に戻る。

これは逆パターン、すなわち災害などによる下振れ圧力に対しても同様である。

例えば、福島県の東日本大地震(2011年3月11日発災)前後の観光客数推移を見てみよう。

2011年、震災によって県レベルの観光客数は前年の6割にまで減少した。2012年以降、回復傾向となったものの、2017年時点でも従前の数値まで回復していない。これだけを見ると、まだ震災の影響は大きいと見ることもできるが、実は、津波や原発被害が大きく、今でも物理的に被災している状況にあるいわき地域、浜通り地域は、2010年時点で、県内の20%のシェアを持っていた。つまり、いわき地域を除けば、2012年時点で、2010年時点の水準に戻していると考えられる。

実際、観光の中心地である会津地域に注目すると、2011年には前年の8割ほどまで減少したものの2012年以降は順調に回復し、2013年には2010年の数値を回復している。もともと、2010年の会津の数値は上振れ傾向にあることを考えれば、震災の影響は1年程度で回復していることがわかる。

つまり、いわき地域のように物理的な被災が継続しない限り、観光客数は回復し、従前のトレンドに従った動きで推移していくことになるのである。

これが、私の呼ぶ「慣性の法則」である。

出展:福島県のデータより作成

観光から見た災害対応とは何か

災害がおきても時間経過と共に従前のトレンドに回帰するとしても、その回帰するまでの期間が長引けば、観光産業(ホスピタリティ産業)は経営上、深刻な打撃を受け、場合によっては経営破綻することによって、需要が戻ってきても、対応する供給が無いということにもなりかねない。

また、災害がおきた場合、観光客の減少は避けられないが、その減少幅を最小とすることができれば、それだけ受ける経済的な損失を抑えることができる。もちろん、発災時に地域にいた来訪客の安全を確保することは絶対的に必要な取り組みであることは、論を俟たない。

つまり、観光における災害への対応とは、以下の3つである。

  1. 発災時の来訪者の安全を確保すること(帰宅を支援することを含む)
  2. 発災直後の観光客数減少を最小限に抑えること
  3. 従前トレンドへの回帰をできるだけ早くすること

この内、「1」の来訪者の安全確保については、防災マニュアルや災害対応マニュアルとして各所で整理されてきている。例えば、JTB総研では「観光危機管理」として、一連の対応を整理している。

一方、経営的な視点でいうと、2、3がより重要となる。特に、観光が地域経済において重要な意味を持つようになった現在、人の生き死にが関わるような災害の瞬間を乗り越えるだけでなく、どれだけ早く日常に戻るかが重要となる。それには来訪者、観光客から支持と理解をどれだけ得られるのかということが求められ、それはマーケティング的な領域となる。

発災から復旧までは大きく3期に別れる

時系列的に発災から復旧までの観光客数推移を模式化すると、次図のようになる。

まず、前提として、観光客数は発災からしばらくすれば、従前のトレンドの延長線上に戻ってきる。福島県(会津)でもそうだが、発災以前に増加傾向にあれば、復旧後は発災以前の数値に飛びつくことになる。

発災期

第1期となるのは、当然ながら発災期となる。地震、台風、テロなど災害が発生した場合、そこから身を守ることが求められる期間でもある。

これは発災から72時間となる。72時間を超えると生存確率は大きく減少するとされており、初動の3日間の動きが人命救助に大変、大きな意味を持っているからだ。

この期での、第1優先順位は人命救助であるのは論を俟たない。また、来訪している人々がスムーズに帰宅できるように動くことも大前提となる。

ただ、今回の胆振東部地震で見られたように、物理的な被害は限定的であるがネットワーク(今回は電力や空港)がダウンしたようなケース(地域)においては、観光部局においては、この発災期だからこそ求められる取り組みがある。

それは、災害に対する「一般的な情報」に、カウンターを当てるということだ。

災害が発生すると、マスメディアは「被災情報」として、大規模に情報発信を行う。被害が大きいところが切り取られた、それらの情報によって、人々のその災害に対するイメージは形成されることになる。

多くの人は、論理ではなく情緒で動く。安全は数値で示すことができるが、安心は情緒が左右する。

この「情緒」を左右するには、初期にインプットされる情報が重要となる。初期にインプットされた情報によって、その事案に対する基本的なスタンスが形成されてしまうためだ。一度、基本的なスタンスが形成されてしまうと、その後は、認知バイアスによって、状況認識が歪められてしまうためである。

それは、昨今の諸々の報道や世論が、初期に形作られたイメージによって展開し、その後、それを否定するような科学的な情報が提示されても、そうそう簡単に流れは変わらないことが示している。

参考)テレビ朝日で森山高至さんが流した「ガセネタ」ハイライト(修正、追記あり)

とはいえ、マスメディアが「被災情報」として流す膨大な情報量を凌駕することは難しい。

ここで重要となるのは、従前から「繋がっている」人たちへの情報提供である。

メーリングリスト、SNSで「繋がっている」人たちに対して、事実をしっかりと伝えること。これだけでも、ファンの人たちには、正しい情報が伝わることになる。

「繋がっている」人たちは、基本的に地域への来訪経験があるので、いわゆる「土地勘」を持っているため、地域が発信する情報に対する理解度も高い。

例えば、今回の場合でいえば、ニセコの事業者は、いち早く以下のようなメールを飛ばしている。ニセコへの来訪経験があり、メールを読んでいる人たちからすれば、マスメディアよりも早く、的確な情報を得られることになる。

停滞期

72時間がすぎ、次に訪れるのは、観光客数が大きく減った状態である。
キャンセルがあいつぎ、事業者の損失がどんどん広がっていく。地域に物理的な被害があれば、仕方ないと諦めもつくが、物理的には問題がないにも関わらず、客がこないという状態は納得しがたく、風評被害という言葉も回ってくる。

北海道が現在(2019/09/15)、突入しつつある段階である。

<北海道地震>宿泊客50万人解約 影響額100億円 9/14(金) 21:22配信(毎日新聞)

北海道胆振(いぶり)地方を震源とする地震で、道内の観光業への影響が広がっている。日本旅館協会北海道支部連合会の浜野浩二会長は、宿泊客のキャンセルは少なくとも50万人に上り、影響額は100億円に達するとの見通しを示した。

ただ、観光客は観光客で旅行先を選ぶ自由がある。せっかくの休みに時間と費用を使って旅行するのであれば、心置きなく楽しめるところに行きたいと思うのは当然のことである。こういう人たちが旅行先を被災地(やその周辺)ではない全く違う地域にすることは、咎められるものではないだろう。

地域としては、この停滞期を短くしていくことが重要となるのだが、熊本地震で言えば、この停滞期を抜けるのに2ヶ月ほどかかっている。
※ただし、別府市や由布市など、物理的な被害が限定されていた地域

基本的に、自地域に対する災害のイメージが抜けないことには、回復期には至らないと考えておいた方が良いだろう。

この期間においてやることは、3つ。

まず第1は、民間事業者に対する金融支援メニューを示すことだ。ホスピタリティ産業の事業者は、キャンセル=取り返しのできない損失となるため、災害が起きると、一気に財務が痛む。この負の状況にカウンターを当てておかないと、その影響はボディブローとして地域全体に広がっていってしまう。雇用に関する補助金や緊急融資などのメニューを示し、事業者に提供することが必要となる。

第2は、地元客に対する集客を強化することである。遠方からの来訪者と異なり、物理的に近い場所にいる地元客は、イメージではなく実情を把握しているため、いわゆる「風評」の影響を受けにくいからだ。熊本地震の場合には福岡市が貴重な市場となったし、北海道であれば札幌市が有力な市場となるだろう。

地元客は、思い立ったらすぐに動けるという利点もある。北海道で言えば、東京在住の人が思い立っても、その翌日に北海道に行くことは難しいが、札幌市民であれば、金曜日に週末の天気予報を見てから旅行計画を立てることができるからだ。

ふっこう割においても、初期に動いたのは地元市場であったし、911時のラスベガスを救ったのも西海岸の市場であった。

第3は、第1、第2の取り組みによって息継ぎをしながら、回復期に向けたロードマップを作ることだ。停滞期は、観光客の動態も低下するが、同時に、災害の後処理についても落ち着き、先が見えるようになってくる段階ともなる。

事業者としては、毎日、赤字を垂れ流している状態であるため、すぐにでもなんとかしたいと考えるが、人々の心が冷えている状態では需要は動かないし、災害によって物理的な被害があれば、そこに呼び込むのは難しい。

一方で、観光には季節性がある。いわゆる「書き入れ時」まで停滞期を長引かせてしまうと、その経済的損失は甚大となり、いくら金融支援があったとしても、ホスピタリティ産業は壊滅してしまう。

例えば、今回の場合、節電を気にしないで使えるようにならなければ、完全回復は難しいだろう。その完全な電源回復は11月以降とされている。一方、秋の行楽シーズンは10月中旬くらいまでであり、次の立ち上がりは12月中旬以降のスキーシーズンとなる。

なんらかの方策で秋の行楽シーズン中に回復期に転ずるのか、スキーシーズンを目標とし、それまでは地元市場と金融支援で乗り切るのか、判断が求められるところである。

いずれの選択を取るにしても、重要となるのは、回復期の目標時期を明確にし、それに向けて、どう進んで行くのかということをロードマップとして整理するのだ。

これを地域側で共有することで、回復期に向けた攻勢を強力なものとして行くことができるし、顧客に対しても、いつ頃からなら何ができそうなのかということを伝えることができるようになる。また、期間が見えれば、経済的損失の大きさも見えるようになるので、ホスピタリティ産業に対する金銭的支援の枠組みも推計できるようになる。

例えば、熊本地震の場合には、「ふっこう割」を夏休みと重ねると決め、各種の取り組みをそこに集中されることで、回復期を呼び寄せている。同時に、複数の金融支援を展開し、事業者の経営を回復期まで繋いでいった。

需要はいきなりは戻らない。地元市場と金融支援によって繋ぎつつ、ロードマップを元に「先を見据えた」取り組みをおこなうことで、回復期を呼び寄せていくことが重要である。

回復期

一度、回復期に入ると、観光客の戻りは早い。

ただ、戻し方を間違えると需給構造を変えてしまう可能性がある。例えば、阪神淡路大震災の場合、神戸市はそれまで全国のデスティネーションであり、東京でも神戸特集が多く組まれていた。

しかしながら、震災以降、神戸市は関西を集客圏としたデスティネーションへと変化してしまった。これによって、神戸市の顔の一つであった異人館は厳しい状況におかれるなど神戸市の観光は質的に大きく変化することになった。神戸市が再び、集客圏を広げるのは、2010年代以降のインバウンド観光の到来までかかることになった。

前述のように停滞期の需要確保には、地元市場を重視することは重要であるが、回復期に対しては、単に量を追うのではなく、自地域のマーケティング、市場ポートフォリオを考えた対応が重要である。

また、国によっても災害に対する感度が異なることがわかって来ている。詳細については調査中であるが、一般的に韓国の人は、災害に対して非常に神経質な傾向にある。東日本大地震以降、福島へのゴルフがめっきり減ったし、熊本地震時も韓国市場はすっと消えた。

こうした特性も踏まえつつ、予約時期や旅行形態を限定して割引やキャンペーンなどのセールス活動を展開して行くことが求められるだろう。

今回の北海道について言えば、この回復期は電源回復が見込まれる12月以降となろう。インバウンドの比率が高い季節でもあるため、すでに入っている12月以降のキャンセルを減らしつつ、新規予約を上積みして行くための施策を停滞期から講じて行くことが必要となる。

さらに、回復期に入ったら、予約をしてきて来訪してくれた人たちに、何を提供するのか。そして彼らに、どういった情報を発信してもらうのかといったことが重要となる。早期に予約してくれた人たちは、一定のリスクも踏まえて予約してくれた人たちである。その想いにどう応え、新しい関係性を構築して行くのかということも重要な取り組みである。

繰り返しになるが、回復期になると「忙しく」なるので、思考の時間が取れる停滞期にしっかりと考えロードマップとして取りまとめ、回復期において全力で実践していきたい。

重要なのはCRMとパートナーシップ

このように災害対応を考えていくと、発災後にできることは限られることがわかる。

十分に有効な取り組みを行うには、従前からの顧客との繋がり、そして、地域内事業者との繋がりが必要となるからだ。

発災期において顧客に情報を伝えるには、事前に顧客とのコミュニケーション手段を持っていなければならない。それはメールアドレスでも、SNSでの繋がりでも構わないが、従前からそうした手段を持ち、日常的に運用していなければ、実践できない。

また、停滞期において団結し、回復期に向けたロードマップを策定して行くには、地域の事業者とのパートナーシップが構築されていることが必要となる。有事の際は、事業者だけでは対応できない事案が多発することになるが、いきなり連携ができる訳でもない。

月並みな言い方になるが、災害はいつ起きるかはわからない。
が、それに対する準備をしておくことで、発災後の選択肢を増やすことはできる。

観光が地域において重要な位置付けとなってきた現在、その持続性についても真剣に考えて行くことが求められている。


※金融支援などについて加筆修正しました(2018/09/16)。

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