デービット・アトキンソン氏が東洋経済に以下の寄稿をしている。
内容は読んでいただければと思うが、端的に言えば、高品質でありながら安売りをしていることで、労働生産性の向上が抑制され、消費が低迷することで、経済が閉塞感を増していくということを指摘している。
同じく、あるブロガーが、以下の記事を投稿している。
立場も場所も異なるが、同様のことが指摘されている。
また、2019年2月のコロラド視察において、現地のガイドさん(日本人、コロラド在住)から「日本に遊びに行った知人たちは、このところ、雪の良さではなく、安さを強調するようになった」という話も聞いた。
実際、コロラドのスキー場の1日券(当日販売)は、2万円を超えるし、ちょっとしたお店でランチを取れば3,000円オーバーは当たり前。夕食に至っては1万円は覚悟しておく必要がある。
これは日本の「ほとんどの」スキーリゾートのそれとは、全く、異なる価格水準である。
国際リゾート並みの価格水準
が、この価格水準にキャッチアップしつつあるリゾートが(私が知る限り)国内に1つだけある。
それはニセコ(倶知安町)である。
ニセコエリアでは、2,000円を超えるラーメンが実在しているし、2,500円のカツカレーもある。これを頼んで、飲み物もつければ、ランチから3,000円コースだ。
スーパーに行けば、50,000円のウニが売っており、数億円のコンドミニアムが飛ぶように売れている。
「価格」をどう捉えるのか
さて、この状況をどう考えるのか?というのが、観光を地域振興の手段としていく場合の、一つの試金石となる。
まず、ありがちなのは「そんなボッタクリ料金、長続きしない」「バブルだ」というもの。
2つ目は、「ちゃんと地域に経済効果として落ちているのか」という経済視点にたったもの。
3つ目は、「観光客プライスとなって、物価が上がるのはおかしい」という住民視点にたったもの。
まず、1点目については、前述したように、そもそも海外のスキーリゾートでは「普通」の料金体系であることを考えれば、異常に高いという訳ではない。もちろん、その対価としてふさわしいサービス水準にあるかということが問われる。が、NYの一蘭が2,000円であることを考えれば、そもそも、日本の美味しくて、ヘルシーで、接遇も良い飲食の適切な価格というのは、我々が考えるより、かなり上にあると思って良いのではないか。
実際、海外から時間と費用をかけてきている人々からすれば、「少々の価格にこだわるより、失敗しない、安心できる時間を過ごしたい」と思うだろう。
そうした期待に応える取り組みを、適切な対価として受け取るということは、商行為として間違ってはいないだろう。
「モノのマーケティングとサービスのマーケティング」でも示したが、サービスの価値は仕様で決まるのではなく、顧客の主観によって決まる。その主観は、サービスに対する期待、思い入れによって左右される。つまり、観光客によってラーメンの価値は、原材料費とか人件費の積み上げで定まるものではなく、その場で、それを食べるという経験を、どれくらい思い入れを持って期待しているのかで決まるからだ。
一方で、物理的に顧客を閉じ込め、高いサービスしか選択できないようにすることで単価を上げようとする取り組みをしているところも残念ながら、少なく無い。これは「ぼったくり」と言われても仕方ないだろう。
例えば、先の倶知安のスーパーで言えば、50,000円のウニは、一つの選択肢として並んでいるだけであり、それを選ぶかどうかは顧客の意思次第だ。
要は、顧客が自分の主体的な意思で高いサービスを選択しているのであれば、顧客の期待に応える適正な価格となる。その意味で、観光による地域振興を目指すのであれば、そういう「期待」を持たせる取り組み(ブランディング)を行い、単価をあげていくことこそが重要だと指摘できる。
2点目については、実は、結構、深刻な問題だ。
というのも、もともと宿泊業や飲食業をやっていた人たちは、少々の環境変化が起きても、既存の事業スタイルが出来上がっているし、リピーターとなってくれている顧客や取引業者の顔がちらつくため、サービス内容の変更や値上げの理由付けに悩み、なかなか単価アップに乗り出すことができないことが多いからだ。
これに対して、「外の人」は、しがらみが少ないから、チャンスと見れば、ガンガンいく。結果、サービスをどんどんマネタイズして、儲けていく人たちは資本も経営者も、そして、労働者も「外の人」であることが多くなる。そのため、表面的な消費額は上がっても経済波及効果は伸びない。
そして、パレート分布は、こういう所にも適用されるから、一部の施設やサービス(経験則的に20〜30%)が売り上げを寡占(70〜80%)することになり「地域の人」が後から参入しても、売り上げを大きく伸ばすことは難しい。
その結果、地域の人たちから見ると「地域が盛り上がっている」のに、その恩恵は自分たちの所にはきていない…と感じることになる。
この問題に対する対応策はなかなか難しいが、域内の人材、事業者に対する支援を強化し、起業や業務拡大を促し強い事業者を作っていくことが一つの選択肢となるだろう。
例えば、鶴雅グループは北海道を代表する温泉旅館グループとなっているが、20年ほど前には阿寒湖畔に一軒の温泉旅館を構えるのみであった。それが、まずは阿寒湖畔にて複数の施設を経営するようになり、その実績をもとに、北海道全体に領域を広げ、現在では、北海道全域での「温泉旅館」のベンチマークともなている。そして、その拠点となった阿寒湖畔では、鶴雅グループのみならず他の民間事業者、行政がパートナーシップを組み、戦略的な観光地域づくりを進めているのは周知のとおりである。
同様に軽井沢がオリジンである星野リゾートは、今やホテルオペレーターとして国際的にも注目を集める存在となっていると同時に、その発祥の地である軽井沢のブランド価値を高めている。
沖縄県で誕生した沖縄ツーリストは、沖縄県をODとする旅行事業に取り組み、台風保険など沖縄ならではの新サービスを展開し、総合旅行業者やOTAとの競争の中でも、競争力を維持している。さらに、レンタカー事業に注目し、県外、海外(ニュージーランド)へ展開している。こうした取り組みは、沖縄県観光自体の底上げに繋がっているだけでなく、「小さな国際企業」として沖縄県経済そのものの付加価値を高めていると言えるだろう。
これらの事例は、民主導であり、行政などが「狙った」訳では無いが、ホスピタリティ産業を対象とした適切な産業振興政策を展開していくことが重要となっていくだろう。
経済波及効果を高めていくには、地域に世界と戦える事業者を増やしていくことが重要であり、それには観光政策と経済政策のリンクが必要であることを明記しておきたい。
3点目、観光的な人気が出ることで物価が上がるという問題は、以前から存在しているが、昨今、国際旅客が急増することで「オーバーツーリズム」として、再度、取り上げられるようになっている。
ただ、そもそも単価が上がらなければ、人件費への還元もなく、地域振興にも繋がらない。
以前のように観光対象が限定されている時代であれば、観光地域と居住地域というように分離も可能だったが、現在では、そういう対応も取れず、「物価が上がる」というマイナス要素を、ある程度、織り込みながら、取り組みを進めていくことが、これまで以上に重要となってきている。
そのため、色々な研究や対策も取られてきているが、そこで見えてきているのは、観光が地域に及ぼす効用について、しっかりと伝え、観光リゾート地にいることの楽しさ、豊かさを感じていってもらうことの重要性である。
例えば、コロラドのスキー場では、シーズンオフの時期に、トップクラスのレストランを安価で楽しめるレストランウィークを展開している。また、グリーンシーズンを中心にトップクラスの演者による音楽イベントが開催され、スポーツや文化に関する子供向けの育成プログラムや、環境保全プログラムも多く展開されている。
大都市から遠く離れた「田舎」でありながら、高水準の余暇、文化、教育を享受できるのは、競争力を持ったリゾートが発展していることが背景にあり、(私がヒアリングなどをさせてもらっている範囲で言えば)多くの人々が、その構造を理解し、そこに住んでいることに自負心を持っている。
ただ、このことは前項の「1」と「2」ができているからだとも言える。
「消費額」という観光振興の果実が、「波及効果」としてちゃんと地域に還元され、それが高質な地域環境の形成に繋がっているからだ。
最後に
以上、見てきたように「消費」一つをとっても、観光振興には様々な問題が生じうる。我々は、そうした問題に直面すると「◯◯が悪い」として、悪役を作り、物事を整理しようとしがちだが、視座を色々変えて見て、本質的な課題はなんなのかということを考えていくことが重要では無いだろうか。