本ブログでは、これまでにもホスピタリティ産業の生産性向上の重要性について述べてきている。

これは、諸外国における観光への注目は、サービス経済社会への転換の中で、ホスピタリティ産業が次代を支える産業として期待しているからである。

そもそも、今日の観光振興への注目は、増田レポートを発端とする人口縮小社会への対応という部分が大きい。もはや避けることの出来なくなった総人口の減少という環境変化への対応策として、定住人口ではなく、交流人口によって地域を維持しようという考え方が基本的な背景として存在する。

ただ、人口縮小社会への対応としても、単に観光客が訪れるだけでは地域の振興には繋がらない。観光客の来訪が、域内での消費に繋がり、それが地域に付加価値をもたらしていくことが必要となる。

人泊が増えれば生産は増えるのか

ところで、そもそも観光客が来訪することは、付加価値(純生産)に繋がるのか。

その検証として、宿泊旅行統計から得た都道府県別の述べ宿泊者数(人泊)と、宿泊業・飲食業の純生産(総生産から固定資産減耗を除外したもの)の関係を見てみると、両者には相関(相関係数:0.89)が確認できる。
単純回帰を行うと、その傾き(一人泊あたりの純生産)は、30,087円となった。

宿泊旅行統計(観光庁)及び県民経済計算(総務省)より作成

この結果は、宿泊者が1人泊増えれば、宿泊業(及び飲食業)の総生産額が3万円ほど増大することを示している。

ただ、よくみると述べ宿泊者数に対して、純生産が大きくなっている地域が存在している。これは、定住人口が多い地域が含まれるためと考えられる。宿泊業(及び飲食業)は、交流人口(宿泊客)だけでなく定住人口からの需要もあるからだ。そこで、大都市圏である一都三県と、愛知県、大阪府、兵庫県、福岡県を除いた39道府県について、改めて分析すると同様に相関(相関係数:0.89)が確認でき、単純回帰の傾きは、11,667円となった。

39道府県を対象/宿泊旅行統計(観光庁)及び県民経済計算(総務省)より作成

このことは、定住人口が少ない地域においても、宿泊者数が1人泊増えれば、純生産が1万円強ほど増大することを示している。

純生産への貢献は低下傾向

この結果は、人泊を増やせば、地域経済も増大する構造にあることを示しているが、問題なのは、経年の変化である。

統計の揃っている2011年以降で見てみると、人泊あたりの純生産が2011年には13,000円を超えていたが、その後低下。近年は回復基調にあるが12,000円を割り込んだ状態にある。
インバウンド数の増大傾向は2012年頃から始まっているが、そうした動きとは連動していないことが見て取れる。

39道府県を対象/宿泊旅行統計(観光庁)及び県民経済計算(総務省)より作成

なぜ、こういう動きが生じているのかということを、経年での人泊と純生産との関係で見てみると、2011年から2013年にかけて人泊(述べ宿泊者数)が増大した地域において純生産が伸びない傾向があることが見て取れる。一方で、人泊が増えていない地域で純生産が増大する傾向があることも見える。

そこで、2011年から2013年にかけての人泊数増減と、純生産増減を見てみると、両者はほぼ無相関であり、むしろ負の相関(相関係数は-0.20)となった。2013年から2015年については若干、正の相関(相関係数は0.16)に触れているが、ほぼ無相関と言ってよい(いずれも、統計的には非有意)。
つまり、マクロ的には人泊と純生産は比例関係にあるが、個別地域での経年変化でみれば、両者は必ずしも比例しない(非相関)ことになる。

なぜ、こういうことが起きるのか。

ここで改めて「人泊」と「純生産」を考えてみよう。人泊は需要側、純生産は供給側の数値であるため、両者の関係はシンプルなものではないが、基本的に以下のような関係が成り立つ。

  • 人泊×単価×乗数=総産出額
  • 総産出額×付加価値率=純生産

2011年から2013年にかけては人泊が増えたにも関わらず、連動して純生産が伸びていないわけだが、この原因は人泊と総産出額に相関がないことにある(相関係数は-0.09)。2013年から2015年にかけては傾向が変わり人泊が増えれば総産出額も増える方向にあるが、統計的な有意性はない(相関係数は0.18)。
一方、付加価値率は、ほぼ一定となっている。
つまり、人泊が増えたにも関わらず、総産出額が増えていないことが、付加価値(純生産)が増えない原因である。

人泊数は付加価値に比例しない

今回の分析からはわかることは、必ずしも人泊数が増えても、マクロ的な総産出額は増えず、付加価値(純生産)も増えないということである。

実際、47都道府県別に5年間(2011年から2015年)の人泊と純生産との関係を見てみると、相関係数は大きく分布し、ほとんど無相関となった地域は半数に及ぶ。具体的には、47都道府県のうち、相関係数を0.8以上は14、0.65以上は9、0.65未満は24に登った。すなわち、この5年間に限って言えば、半数の都道府県は人泊増減と純生産の連動性は見られない。

ある程度の相関(0.65以上)が確認できた23の都道府県においても、単純回帰の傾き(1人泊あたりの純生産増減)は、以下のように大きな違いを示した。

2011年から2015年までの都道府県別人泊数と純生産(宿泊業・飲食業)のデータより作成

5年間という限られたデータ(自由度は3!)での算出であるため、いずれも参考値レベルであるが、この結果は、仮に人泊と純生産が一定の比例関係にあるとしても、その効果はかなりのばらつきがあることを示している。

人泊だけでは目標となり得ない

付加価値は、地域経済を形成する最も基本となる要素である。
観光振興において、観光客数や人泊数を目標値とするのは、それが地域振興に繋がると考えるからである。

ただ、今回の分析は、必ずしも人泊が増えても付加価値形成に繋がらない可能性を提示している。

経済波及効果の推計スキームで考えれば、消費が発生すれば、そこから何かしらの経済波及効果は発生することになる。しかしながら、経済波及効果の推計は、ある時点の需要量に基づいた産業間取引から算出するものである。実際の経済、商取引では増大する需要に問題なく供給が対応できる訳ではない。供給のキャパシティを超えてしまえば、非効率であっても外部調達を進めなければ対応できないのが現実である。

特に観光はサービス財であるから、需要の増大への耐性は弱い。
需要に対応するには、基本的な供給可能量を増やす必要があり、それには産業クラスターを増大させる必要がある。これにはどうしても時間差が生じる。

2013年から2015年にかけて良化する傾向が見られるのは、地域において増大した需要への対応力が上がってきたためだと考えることも出来るだろう。

今回の分析は、かなり粗々なものであるため、これだけで論じることは危険だが、観光を地域振興に繋げていくためには、単に観光客を呼び込むだけでは不十分であり、それに対応する供給体制、ホスピタリティ産業クラスターの形成も同時並行で行っていかなければならないことを示している。

人泊だけでは目標となり得ないということだ。

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