観光振興には、多くのステークホルダーが関わってくる。

これは、国内でも海外でも変わりない。
そのため、国内においても海外においても、観光振興には、多様なステークホルダーと調整していくことは「重要」とされる。

特に、近年は、地域の農業や製造業といった狭義の観光事業だけではない主体が観光対象となることも多く、住民生活との接点も増大しているため、それらを全体として俯瞰し、調整することは観光振興において欠かせない視点である。

そこで多用されるのが「合意形成」という言葉である。
日本版DMOの登録要件の第1も「日本版DMOを中心として観光地域づくりを行うことについての多様な関係者の合意形成」となっている。

Wikipediaによると合意形成とは「ステークホルダー(多様な利害関係者)の意見の一致を図ること。特に議論などを通じて、関係者の根底にある多様な価値を顕在化させ、意思決定において相互の意見の一致を図る過程のこと」とされる。

観光振興を進めるに当たり、関係者の合意形成は重要であることは間違いない。ただ、日本の地域では、合意形成を重視するが故に、観光振興が機能しなくなるという事例が多く発生していることも、また、事実である。

例えば、デジタル・マーケティングは、今の時代、欠かすことの出来ない取り組みでありながら、なかなか展開されないが、今となっては、マーケティング的な成果はほとんど期待できない紙パンフレットの作成配布は各地域で続けられている。

また、近年は流石に下火となったが、ゆるキャラとかB1グランプリといった取り組みも、その成果が確認されていないのに、各地で展開されていた。世界遺産登録もマーケティング的には同様である。

他方、観光地ブランディングに不可欠(というか大前提)なブランド・コンセプトは、多くの地域で曖昧で、その地域の経験価値が何なのかは判然としない。そのため、その地域から発信する情報のベクトルはズレまくることになる。

こうした「矛盾」が起きるのは、合意形成を優先するために「何かをやめる」とか「何かに集中する」いうことが、非常に難しいためと考えられる。

当然ながら、合意形成を重視すると、異論・反論を避けることが求められる。本来あれば、異論を持つ人達とも、じっくりと議論し、理解し合うことで「合意」にたどり着くべきであるが、実際の現場において、これは相当に難しい。

まず、合意を得るステークホルダーの範囲が、いくらでも変化する。一昔前であれば、宿泊事業者、広げても交通、飲食、物販といった観光関連事業者といった範囲だったが、観光が政策的に注目されるに連れ、1次、2次産業を含む他の事業者、住民、議員…などへ拡がっていく。更には、「旅行会社」とか「外部の投資家」など地域外の人々も関係してくるし、文化的/自然的な資源の多い地域であれば、その関係筋の専門家、有識者も絡んでくる。

これでは仮に「合意」を取る秘訣があったとしても、合意形成が無限に続いてしまう。

もう一つの構造的問題は、人によって、物事の捉え方や問題解決に向けた意思決定の手法が異なるということだ。

まず指摘できるのは、論理的に考える人と、情緒的に考える人の違い。物事を論理的に考える人が、確率統計思想で方程式を解くように物事を整理するのに対し、情緒的に考える人は、自身の経験や価値観から判断する。

また、物事を捉える範囲の違いもある。

論理的に考える場合でも、その検討にあたって、どれだけの変数、制約条件をその検討作業に組み込むのか。変数間の関係性をどう規定するのかによって、解くべき方程式は変わってくる。例えば、ライバルの存在をふまえてターゲッティングするか、自身の魅力のみでターゲッティングを規定するかによって結果は変わってくる。

情緒的に考える場合でも同様である。例えば、自身または自身の周りの人達のことだけを考えて判断するのと、海外や異業種などの事例を踏まえて判断するのでは、同じ情緒的な判断でも結果は異なることになるし、ここ数年のことだけを考えるのか、10年、20年のスパンで考えるのかによっても、変わってくる。

本来、戦略性が高いのは論理的×多面的な意思決定となるが、この思考をするには、意思決定者に相応の知識、技術、そして経験が求められる。例えば、フレームワークを知らなければ、与件の設定すらできないし、確率統計を知らなければアンケートの分析すら出来ない。当然、その意思決定を「理解」する側にも、相応の能力が求められることになる。

「多くの人」は、そういう意思決定は苦手であるから、情緒的な方向に傾きやすくなる。それでも、若かったり、他業種、(海外を含む)他地域経験があったりする人であれば、多面的に考えることができるが、実際の現場では、情緒的×局所的に物事を捉える人が多くなりやすい。

さらに、我々は人間であるから、議論過程に感情的な対立も上乗せされやすい。単純に気に食わないということもあるし、面子を気にする人も少なくない。これは、ある意味、当然のことである。

また、論理的思考は、確率統計的な発想となるから、いわゆる弱者、少者を切り離すことに繋がりやすい。差別化とか集中化というのは、何かしらを「捨てる」ことで成立する戦略でもあるからだ。

しかしながら、我が国においては、こうした発想は、政治的にも、社会的にも評判が悪い。ゼロリスクを訴える声が出てくるからだ。

こうした構造にある中で「多様な主体との合意形成を重視する」とどうなるか。

本来であれば、じっくりと議論し論理的×多面的な意思決定を目指すべきであろうが、それには、多大な時間と精神的苦痛が伴うため、情緒的×局所的な意思決定に傾きやすくなる。

これは地域内で完結する地域づくりであれば、一定程度、有効であるが、観光のように本質が競争戦略となる分野では通用しない。

このように、戦略性と合意形成は、ある種、トレードオフの関係にある。

もちろん、両者が両立することが望ましいが、それには、「合意を求められる側」の姿勢、考え方の変化も必須である。少なくても、「合意を求める側」にすべての責任が負わされるものではないだろう。

現在、日本版DMOの機能強化についての検討も進んでおり、地域での議論も行われている。そうした議論の中で、権限と責任について、改めて議論し、DMOが、実際の地域の中でプロ・ソリューションを展開していくことができるようにしていくことが重要なのではないだろうか。

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