本日、正式に全国の緊急事態宣言が解除されました。
これからも、いろいろとあるでしょうが、とりあえずは、コロナ禍の第一波をしのいだ我々の社会については、誇りをもって良いでしょう。
このまま、6月の感染拡大を抑え込めれば、夏休みには観光を再起動していくことが可能となるでしょう。政府も、7月下旬には需要喚起策となるGoToキャンペーンの実施を準備しているという報道もでています。
観光業界、観光地において、春休み、GWに引き続き、夏休みの需要を失うことは「本当に死活問題」となるので、つつがなく6月を過ごし、夏休みに観光を再起動させることは、なんとしても実現したいこととなります。
他方、この2ヶ月間で、人々に受け付けられた感染に対する恐怖感は大きく、人々が集まり、賑わいが出来るだけで否定的に捉えられてしまう現実があります。特に、地方部においては、その傾向が高く、地域外の人々に対する排他的な感情も生まれてしまっています。
一部地域では、首長自らが、かなり強い言葉で観光客を排除するメッセージを出し、メディアなどもそれを肯定する論調が拡がったのも記憶に新しいところです。
そもそも、コロナ以前も観光は「順風満帆」と言える状況ではありませんでした。
インバウンド客数は増大したものの、当初、狙っていた経済効果については限定的。さらに、一部地域に人が集中し、いわゆるオーバーツーリズムの状況も生じていました。特に、民泊問題は、自分たちのコミュニティ領域に、いきなり、「域外の人々」が踏み込んでくるという不安感を与えることにもなりました。
これらの問題が、地域コミュニティには棘のように刺さっており、それが、今回の件をきっかけに噴出したと考えるべきでしょう。
この状況で、観光客由来の感染拡大が生じてしまったら、観光・ホスピタリティ産業に対する地域の信頼低下は決定的なものとなってしまいます。そうなれば、行政(首長)が政策として観光振興に取り組むことも厳しくなります。
観光の対象が単純な施設ではなく、地域の総合力へと変化している中、産業側だけで出来ることは限界があります。地域との協働体制が作れなければ、自身だけで垂直統合的な展開が出来る一部の事業者を除けば、経営の持続性を確保していくことは難しくなるでしょう。
危機への対応スタンス
今回のコロナ禍は、間違いなく「かつて無いほどの」危機であり、これを乗り越えないと観光・ホスピタリティ産業の未来もありません。
ただ、この危機を「ともかく、何でも良いから短期的に乗り越えよう」と考えるのか、「予想されるパラダイムシフトに対応しよう」と考えるのかによって、対応策は変わってきます。
できるだけ落ちないようにすべき「谷」と考えるのか、乗り越えるべき「山」と考えるのかという違いです。
その姿勢が端的に現れるのは、ニューノーマル/新しい行動様式への対応でしょう。新しい行動様式は、率直なところ、かなり厳しい指針が出されています。
コロナ禍を「谷」として考えるのであれば、ともかく(対外的には)要件を満たして、いち早く再開業していくということが目指すべき方向となるでしょう。これはいずれ「もとに戻る」ということを想定しているので、コロナ禍への対応も暫定的、緊急避難的な対応となります。
他方、コロナ禍を「山」として考えるのであれば、要件を踏まえた新しいサービス・デザインを創出していくことを目指すことになります。山であれば、登らないことには先に進めないからです。
例えば、現状、どのガイドラインでもマスクの着用は必須項目となっています。これは感染症対策の「基本」とみなされているためですが、マスク着用では魅力的な顧客経験を創造し得ない業種、サービス領域もあるでしょう。そうした状況の中で、無理があってもマスク着用をお願いしていくのか、それとも、サービス提供を行う事業者側で、「マスクなし」でも感染症対策出来る手法を考えていくのかというのは、大きな分岐点となるでしょう。
とはいえ、今回のコロナ禍が谷なのか、山なのかは、変数が多すぎてわかりません。コロナウィルスそのものの撲滅は難しく、効果的なワクチンの開発普及もいつになるのか不透明という一方で、4〜5月の動向をみれば人々の行動によって感染拡大を抑え込めることも明らかとなっており、検疫体制が整備されていけば、懸念される第2波が杞憂に終わる可能性も相当量あるでしょう。
つまり、今回のコロナ禍が深刻ではあるが一時のこととして終わるのか、これを契機に3〜5年かけて社会の大きな枠組み(パラダイム)が変化していくのかは、現時点ではわかりません。
ただ、経営学的に言えば、外部環境への適用は経営の最も基本的な原理であることを考えれば、常に、パラダイムシフトの可能性を念頭に、保険を打っておくことが必要でしょう。
端的に言えば、まずは「谷」として対応し、致命傷を負わないように対応を進めつつ、中長期的な対応についても、必要となればコロナ禍という「山」を登攀できるように視野を拡げ、投入可能な経営資源を準備しておくことが重要となります。
地域側にも求められる変化
こうした対応は、事業者だけでなく、地域に対しても影響することになります。
例えば、人々は公共交通機関を避けるようになるでしょうから、自動車での移動が多くなるでしょう。湘南では渋滞が問題になっていますが、例年夏の最盛期ほどの人手ではないのに、渋滞が問題になるというのは、交通シフトが起きているためと考えるのが自然でしょう。
いわゆる「車離れ」や、環境意識の高まりなどから、公共交通機関へのシフトが進んでいましたが、それが一旦、断ち切られた形となったわけです。
もともと、観光需要は交通に高い負荷をかけます。その回避策が公共交通機関へのシフトであったわけですが、これとは真逆の動きが生じることになります。それによって、例えば、各地で取組が動きつつあったMaaSは、その内容を大きく見直すことが余儀なくされるでしょう。場合によっては、ローカル鉄道の収益にも影響する可能性があります。
また、近年は、地域の生活文化に密着するようなプログラムが注目されてきました。これは、観光トレンドの変化もありましたが、地域として観光振興の効果を吸収することにも繋がっていました。しかしながら、需給両面から、少なくても、当面の間、こうしたプログラム対応は難しくなります。これによって、地域と観光客を経済的につなぐチャンネルが喪失し、観光客が来ても渋滞とゴミしか残さないといった傾向が強まってしまう可能性もあります。
救急やレスキューの対応にも影響は出てきます。本来、3密とは成りにくい登山についても行動抑制が出されたのは、怪我をした場合の救援体制の難しさがあったためとされます。怪我人や急病人の対応をする場合、表情をみるためにマスクを外す場合も出てきますし、心肺停止ともなれば人工呼吸などの救命措置も必要となります。当然、フィジカル・ディスタンスを確保することはできません。
これらもコロナ禍を谷と見るか、山と見るかで、対応策は変わってきます。
谷と見るのであれば、ともかく「自粛」を継続して、何も対応しないというのが、最善の策となります。当然、関連事業者の収益には影響が出ますが、少なくても、公共側が責任を負うような事態とはなりませんから。
他方、山と見るのであれば、ポスト・コロナを展望し、新しいパラダイムに対応した方策を仕組みとして導入していくことが必要になります。
需要が戻ると想定されるタイミングだからこそ
バブル崩壊以降の「失われた10年、20年」をみても、パラダイムシフトは、数年かけて不可逆的に生じていきます。当事者として感じる変化はゆっくりではあるものの、気がつけば、以前の常識が全く通じない世界になっています。
秋冬において、第2波が来るかどうかはわかりませんが、少なくても、この6月を乗り切れば夏休みの需要は見えてきます。
事業者も地域も、この夏休みの需要を、しっかりと受け止めつつ、それを軍資金と経験として「山」への登攀を開始。秋冬の第2波に備えていくというのが、現状、取れる最善の策と考えます。