コロナ禍の趨勢は「神のみぞ知る」という状況にある。
コロナ禍を抑え込む確実な手法は、実用的で有効なワクチン開発しかない。ただ、このワクチンは、いつ出来るか確定的に語ることは出来ないし、開発できないという可能性すら存在する。仮に、ワクチンが開発できたとしても、それが多くの人に行き渡るまでは、相当量の時間がかかるだろう。
それまで「待つ」という選択肢はあるが、それでは産業が持たない。
そう考えれば、観光サイドとしては、コロナ禍が継続するという可能性を想定して、その上で、どう対応するのかということを考えていくべきだろう。
特に、大きな問題となるのが「インバウンド」だ。国内、ドメスティックについては、時間経過と共に、なんとなく、戻っていくことになるだろうが、もともと、新型コロナは海外から移入されたものでもあり、鎖国を解くことは大きな決断となる。また、現実問題として、諸外国でも、新型コロナは様々にくすぶっている状況であるからだ。
そうした状況において「インバウンドを戻す」ことは、難易度の高い取組であるが、何もしなければ、戻ってくるのは「運任せ」ともなる。
インバウンド復活の手法として、オセアニアや北欧ではトラベル・バブル構想が進んできている。また、中華圏(中国・シンガポール・香港)ではファストトラックによって、ビジネス客を動き出させている。日本でも、タイ、ベトナム、オーストラリア、NZを対象国にファストトラック的なものを導入する方向で議論が進んできている。
新型コロナが感染拡大したとは言え、圧倒的多数の人々は、感染とは無関係であるのだから、抑制しつつも、人を動かしていくというのは、合理的な判断である。
ただ、これらの動きが進んでいけば、インバウンド観光も「そのうち」となるかといえば、そうすんなりとは行かないだろう。
まず、トラベル・バブルは、二国間の信頼関係が重要となるが、この信頼関係は単に新型コロナに関する科学的な根拠にとどまらず、国際政治的な要素や、両国民の相手国に対する感情も大きな変数となる。実際、日本政府が、国を開ける対象としてタイ、ベトナム、オーストラリア、NZの4カ国を想定しているのは、もちろん、これらの国が新型コロナを抑え込みつつあることが大きいだろうが、それだけが理由なら、なぜ、台湾は対象にならないのかという話になるだろう。
そう考えれば、インバウンドの主要市場である中国、韓国は、新型コロナの感染状況に不確定要素が多いこともあり、早期にトラベル・バブルの対象となっていくということは展望しにくい。特に、中国については国民感情も考えれば、かなり難易度の高い政治判断となる。
一方で、ファストトラックは、事前のPCR検査などを義務付けることで、入国後、14日間の隔離措置を免除するといったものであるため、より限定的な「開国」で、かつ、感染者の入国を排除しながら、非感染者であれば、コロナ以前と同じような行動が出来ると同時に、国民の感染拡大への恐怖心を和らげる効果が期待される。
ただ、これは当面、重要なビジネスや物流に関わる人に限定したものである。これを単純に観光まで対象拡大してしまったら「ファスト」ではなく、「標準」となるわけで、出入国の基本プロセスが変わることになってしまう。
つまり、トラベル・バブル的な発想では、インバウンド市場を支える周辺国からの渡航許可は難しく、ファストトラック的な発想を単純に観光に拡大することも難しいということになる。実際には、トラベル・バブルとファストトラックは組み合わされて運用されるであろうことを考えれば、難易度はさらに高まることになる。
インバウンドを動かすには、より一歩、踏み込んだ対応が必要となるだろう。
インバウンドを動かす取組
例えば、以下のような取組は検討できないだろうか。
- 旅行会社のパッケージツアーとする
- 往復エアーは、チャーター扱いとして、旅行会社のツアー客以外は搭乗できないようにする
- 旅行会社は発地と着地(日本国内)双方で、PCR検査を実施できる体制を用意する(検査は健康診断のように自主的なものとして、保険対象の医療行為とはしない)
- ツアー客は、旅行会社が用意した検査機関で出国72時間以内に検査する(帰国時も同様)
- 検査結果で陰性の場合、入国時(帰国時)の隔離措置を不要とする
- 旅行会社は、ツアー客の訪問中の行動を追跡できる仕組みと、旅行後の状況確認できる仕組みを用意し、感染が発生した場合に備える
端的に言えば、ファストトラック的なものを、パッケージツアーとして実現しようというものである。ここでは、便宜上、観光版ファストトラックと呼ぶことにしよう。
技術的な問題も、感情的な問題もいくつかあるが、観光版ファストトラックが展開できれば、インバウンドを動かしていくことが出来る。
さらに、仮にこうした取組を行う場合、ツアーの期間は一週間程度を基準とすることが検討できる。2度(出国時と入国時)のPCR検査の費用負担と、滞在中のPCR検査に伴う手間や時間を考えれば、数日の短期滞在では効率が悪くなりすぎるからである。
長期滞在を基本とすると、実人数(人回数)以上に、人泊数が増大することになる。地域にとっての経済的メリットは人泊数に比例し、感染リスクは、来訪の実人数に比例すると考えられるから、滞在日数を増やして実人数を増やすことは、地域にとってのメリットも大きい。
さらに、旅行先について、地域側と事前協議も可能となる。感染リスクが高いとか、ツアー客の行動が見えなくなるといった理由で、大都市を対象から外すことも出来るだろうし、例えば、沖縄県のように医療リソースが乏しい地域では、人数を制限しながら対応していくこともできるだろう。
つまり、この取組は、コロナ禍への対抗措置ではあるが「うまく」使うことで、コロナ以前に我が国のインバウンド観光が抱えていた各種の問題(単価の下落、特定地域への観光客の集中/人が集まらない地方部)を解決していく手段としても活用可能となる。
まずは、こうした取り組みによって、日本のインバウンド観光の体質改善を図りながら、インバウンドを動かし、ワクチン開発を含む感染状況の推移を見ながら、FITへと拡げていくということが有効となろう。
最大の課題は旅行会社
観光版ファストトラックを実現するには、国の政治的な判断も大きな要素となるが、それ以上に、運用する旅行会社がしっかりと責務を果たせるかということが大きな課題となるだろう。
インバウンドのパッケージツアーとなれば、その主体は、発地の旅行会社となる。そうした「海外」の旅行会社が、我が国の事情を汲み取り、真摯な対応をとってくれないと、この取組は成立し得ないからだ。
例えば、PCR検査などの形式だけをあわせて、ツアーを粗製乱造されるようになれば、集まるツアー客の意識も低下し、各種のトラブルを引き起こすことは目に見えている。
重要なことは、感染拡大リスクがゼロではない中で、観光を動かすには、自制的な行動が必須だということを関係各所が認識し、それを「握り合う」ことのできる主体同士で、物事を動かしていく体制を作り上げていくという認識に立つことだろう。
これを実現するには、旅行会社と、地域とが、しっかりとしたパートナーシップのもと展開していくことが必要となる。具体的には、地域にも以下のような取組が求められる。
- PCR検査の要件などを二国間の「政府レベル」で設定する
- 旅行会社/ツアー内容の選定に関する裁量権を「地方自治体」に付与する
- ツアー客に対するCRMを「DMO等」で展開し、モニタリングする
このように、民間サイドの覚悟に加え、国から地方自治体、そして、DMOと、重層的な対応を行うことが出来れば、インバウンドを早い段階で立ち上げていくことも可能となるだろう。
安全や安心を担保した上で、インバウンドを、いかに早く動かすことができるかということは、今や、全世界の課題となっている。官民連携のパートナーシップのもと、日本でも、この難題に取り組んでいくことも、日本観光のレジリエンスを示すことになるのではないだろうか。