供給は需要を創れない
コロナ禍の中、日本全国、ワーケーションへの注目が集まっていますが、個人的には供給サイドのアプローチばかりが先行しているように感じています。
これまでにも、いろいろな「ツーリズム」が提唱されてきました。が、そうした「ツーリズム」が、各地に根付き、日本観光の多様化が進んだかと言えば、微妙なところでしょう。
もちろん、1990年代以降を俯瞰すれば、団体旅行から個人旅行(FIT)にシフトしたことは間違い有りません。そして、様々な地域で、20世紀とは異なる観光スタイルが定着してきていることも事実です。
しかしながら、それらが「○○ツーリズム」と呼称されるような「ムーブメント」となったとは言い難い。それは、「○○ツーリズム」すなわち、形容詞観光は、基本的にニッチであるからです。マスに対するオルタナティブと表現することもできますが、いずれにしても、需要の規模は限定されており、その限定された需要を適切に見つけ出し獲得できた地域でのみ有効に成立するものとなります。
すなわち、新しいツーリズムが魅力的に見えても、汎用的に見えたとしても、それを顕在化させるためには、特定の需給条件が満たされることが必要であり、供給を増やすことで横展開できるようなものではないということです。
顕著な例は、バブル期のリゾートブームでしょう。国内に長期滞在需要が存在していなかった訳ではありませんでしたが、それを大きく上回る地域が関心を寄せたことによって、圧倒的な供給過剰状態が生じ、多くの問題を生じさせることになってしまいました。
需給バランスという以外に、マーケティング的に見れば、もう一つ、異なる指摘もできます。
ニッチを狙うニッチャー戦略は、競争環境における弱者の戦略です。他方、強者が取るリーダー戦略は、全方位での対応を行うことで、チャレンジャーやニッチャーが仕掛けてくる「差別化」攻勢を無効化します。差別化されなければ、強者は強者のままで居られるからです。
観光の場合も、後出しジャンケンであっても、資源性の高い地域が形容詞観光への対応を進めれば、資源性の低い地域は厳しくなります。
例えば、自然体験、エコツーリズムは2000年代初期、強い関心を集めましたが、「国立公園満喫プロジェクト」のように、国内で圧倒的な観光資源を有する国立公園がエコツーに乗り出してくれば、資源性の低い地域は競争力を失います。
「観光」は基本的に、供給では需要を創れないということを意識しておくべきでしょう。
ワーケーションの課題
そうした現状認識から、ワーケーションを振り返れば「ワーケーション的な需要はあるが、多くの地域に展開できるほどの規模ではない」と考えるのが、適切でしょう。
理由は単純。いわゆるサラリーマンで、自由に遠隔地において仕事ができる人は、かなり限定されるということ、そして、旅行先でテレワークを追加することで、滞在日数を増やしたいと思う人も乏しいということに尽きます。
前者は制度的な問題で、後者は需要(プッシュ・モチベーション)の問題です。
本質的な課題は、後者でしょう。
テレワークができるから長期滞在する…という以前に、長期滞在したいという欲求が出てくることが必要ですが、残念ながら、こうした需要は、国内ではほとんど育ってきていないからです。その点、バケーションとして1W、2W単位で旅行に行く文化が出来ている欧米とは大きな違いがあります。
この壁を超えないと、テレワークと旅行需要をつなぎ合わせることは難しい。
長期滞在については、リゾートブーム時のように「供給側の問題」が取り沙汰されることが多いですが、オーストラリア人が訪れるようになったニセコ地域は、いきなり長期滞在リゾートになりましたし、ハワイは日本人の倍の日数を米国本土客は過ごします。つまり、滞在日数は、供給(地域)側の問題ではなく、需要側の問題です。長期滞在、連泊をしたいと考える人々を来訪させることが重要となるわけです。
我々のこれまでの調査によれば、子供の時の家族旅行で、連泊経験をもっている人は、大人になっても連泊での旅行を行う可能性が高いことがわかっています。裏を返せば、そうそう「習慣」は外的に変わらないということになります。
リーダー地域では当然の対応となる
そう考えれば、ワーケーションも、まずは長期滞在需要を持っている人を取り込めている地域から始めていくというのが自然です。
前述のように、国内では需要量は低く限定的であるのですが、皆無でもありません。夏休みの沖縄旅行であれば2連泊、3連泊は普通にありますし、少なくなったとは言え、冬のスキー場でも、そうした滞在形態は健在です。これらの地域において、テレワーク・プランを提供することで、プラス1泊、2泊を提示していくことは有効と考えられます。
例えば、3泊とか4泊の宿泊料金で、1W宿泊できるようなプランが出てくれば、その地域での連泊経験があり、かつ、テレワークができる職種の人は、かなり心を揺さぶられることになるでしょう。
連泊経験のある人なら解ると思いますが、自分の嗜好にあった地域は、何泊しようと、最終日を迎える時の寂しさ、まだまだ残っていたい気持ちが湧いてくるものだからです。
また、仮に、そうした積極的なプラン展開をしなくても、社会的に、テレワークやワーケーションが叫ばれることで、顧客の側でも、旅行先で「ワーク」が発生することを想定していくことになるでしょう。
そのため、連泊需要が取り込めている地域では、ワーケーションに関係する設備(ネット会議ができるコワーキングスペースの整備や、WiFiなど)の取り組みは、いずれ、必須となります。
つまり、積極的にワーケーションに取り組むか否かに関わらず、既に連泊需要が取り込めている地域は、需要に対応していく中で、自然と全方位のリーダー戦略が成立してしまうことになります。
ニッチャー戦略
その結果、連泊需要を取り込めてきていない地域においては、かなり厳しい状況となります。
それら地域が獲得している需要は、週末型の1泊需要が主体ですが、1泊しかしない人々に多くのコンテンツを提示して見せても、宿泊日数が増大しないことは、これまでの取り組みからも見えています。新規に連泊需要を持った人々を呼び込めれば、状況は変わりますが、競争に勝たなければ旅行先としては選んでもらえません。そもそも、その競争に勝てるなら、苦労しないでしょう。
よって、こうした地域では、観光滞在を基軸とするワーケーションは、厳しいと考えるべきです。
一方で、コロナ禍の中で、多くの人がテレワークを体験した事は大きな意味をもっています。これまで、テレワークに無縁だった人も、実際に経験し、そのやり方を覚えたからです。経験財となる旅行やサービスにおいて、この「経験した」ということは、とても大きい。
さらに、企業側としても、東京の本社に社員を集めて、そこでクラスター発生したら、事業が動かなくなってしまいますから、BCPの一貫としても、主要な社員を分散させ、何かあっても事業を展開できるようにしておく必要が出てきています。また、今回のコロナ禍において、強い不安感を持つ社員に対するケアも企業としては重要なタスクとなってきています。
ちゃんとした企業ほど、少々、効率が落ちるとしても、個々の社会への対応力を深めつつ物理的に組織を分散させ、冗長性を高めていくことを志向するでしょう。
そうした企業と社員の事情を考えれば、企業側の「都合」に合うような滞在スタイルが出てくれば、法人需要としてワーケーション需要が立ち上がる可能性は期待できます。端的に言えば、企業の収益改善やレジリエンス向上、従業員の健康増進、リテンションといったことに資することが見えれば、事業戦略の一つとして、遠隔地でのテレワーク推進について、企業としても促進することになるでしょう。
これは、田中氏の言うパターン3「ブリージャー」や、パターン4「オフサイトミーティング」の一貫となります。
例えば、打ち合わせなどの業務出張がある社員に対して、出張時休暇の取得を促すことでブリージャーは出現しますし、企業側が特定の地域で研修制度を展開すれば、オフサイトミーティングとなります。
社員は、一種の業務命令の中で旅行することになりますから、それまでの旅行経験関係ナシで拡がることになります。
おそらく、現時点で、多くの地域においてDMOなどが取り組むことで成果が上がる確度が高い「ワーケーション」は、パターン4でしょう。
パターン3のブリージャーは、企業側に「年休取得率の向上」はもたらしますが、出張自体が抑制されていく可能性は高いですし、仮に実施されても、社員の旅行先までは規定できず、結局、ブランド力のあるリーダー地域に需要は流れてしまうからです。
パターン4は、取り組み手法としては、MICEのMやIに重なります。
企業としても、コロナ禍のなかで、海外研修はNG。国内であっても、従来のように100名、200名を集めての研修の実施は難しく分散させる必要がでてきています。また、人数が限定される役員会議や、戦略会議においても、密度の高い大都市に幹部を集中させることは積極的には行いにくい。
こうした時に、少人数での研修を反復的にハンドリングしてくれたり、密にはならないが快適な環境での会議環境を提供してくれたりする地域・施設は、注目される存在になりえます。
ただ、MICEのMやIと考えれば、この分野においてもリーダー地域が強いことは否めません。ニッチャーとして、MやIに対する、何かしらの武器をもつことが必要となるでしょう。リーダー地域が、この分野に進出し、覆いかぶさられる前に陣地を確保するということです。
いずれにしても、MICE全般がそうであるように、しっかりとした地域全体での受け入れ体制の構築と、マーケティングが必要となります。
いずれ「普通」の取り組みになる
このようにワーケーションへの取り組みで需要を確保することは、容易ではありませんが、他方、多くの観光地において、テレワークへの対応は必須となっていくでしょう。
前述したように、一部とは言え、人々のテレワーク志向は高まっていくことになり、旅行先でも、それを要求する人々は増えていくことになるだろうからです。統計的な裏付けがあるわけではありませんが、所得が高く旅行好きな人々は、テレワークの活用度も高いだろうことは容易に想像がつきます。
その意味で、テレワークへの対応力は、地域や施設(ホテル)で高めていく必要があります。おそらく、外資系のホテルなどは、早晩、この分野を従来以上に強化してくることになるでしょう。
ただ、旅行先でテレワークすることと、滞在日数が増えることは、おそらく相関しません。テレワークができるからという理由だけで、観光系の宿泊需要が増えることも、多分、無いでしょう。
テレワークできる環境整備は、多くの地域で必須となる一方で、それに紐付いたワーケーション需要が張り付くかどうかは、「連泊したい」と思わせるような地域や施設の取り組み次第ということです。
そのため「ワーケーションなんか、うちには全く関係ない」という態度は、どの地域にとっても不適切となっていくことでしょう。
どうせ後追いで始めることになるのであれば、テレワークという行動に関心を持ち、先行的に取り組んでいくほうが、得るものは多いと考えられるからです。
『ワーケーション」と構えるのではなく、変わっていく人々のコミュニケーション、暮らし方、過ごし方への対応と考えていくことが必要なのではないでしょうか。
顧客視点では違う風景
また、ワーケーションは、それを実践する顧客側の視点で言えば、ワーク・ライフ・バランスと密接に関係をもった問題です。個々人が、職業や所得といった制約の中で、どういう時間を誰とどのように過ごすのかという問いの中から、ワーケーションという個人でも業務でもない曖昧な時間が生まれるからです。
もう何十年も年休取得率が50%程度で推移し、国民の半分しか宿泊観光旅行にでかけていないという現状は「豊かな生活」とは、かけ離れたものでしょう。
さらに、コロナ禍によって、抑制された生活の中で、我々は、高いストレスを感じるようになっていますし、DXの遅れや、大都市ならではのリスクにも直面しています。
ワーケーション、遠隔地でのテレワークは、こうした閉塞的な状況に風穴をあけることが期待されます。
ワーケーションを、働き方、暮らし方、社会のあり方といった論点で捉え、主体となる顧客、すなわち、国民を基軸とした支援策の展開を期待したいところです。