新型コロナ、COVID-19との戦いは、年度をまたがることとなりました。

ワクチン接種が始まったものの、その効果については未知数の部分が多く、フィジカル・ディスタンシング、マスク着用など「ニューノーマル」を超える感染症対策も形成されてはいません。

このままだと、2021年は、2020年を二の舞となりかねません。

さらに、2020年にはGoToトラベル・キャンペーンという「復活ドーピング剤」が仕込まれており、実際、それが発動した期間、国内観光は一時的に回復し、明るい状況を作り出しました。しかしながら、GoToトラベル・キャンペーンは、第3波の引き金となったという濡れ衣を着せられて休止。現状、6月以降の再開とされているものの、補助率の減額なども言及されており、再開されたとしても、2020年秋のような効果をもたらすかは不透明な状況です。

いくつかの地域では、県内旅行についてカンフル剤は打たれているものの、県内需要だけで支え続けられるかは判然としません。人口と所得という制約によって県内需要は有限ですし、宿泊割引券方式では、嗜好性の高い宿泊施設は需要を確保することが出来ても、その他多くの宿泊施設や、土産や食事、ガイドなどへの波及効果は乏しいためです。

2020年12月頃からの第3波において、観光は主因とみなされ行動規制がかかり、GoToトラベルキャンペーンも休止。人が動くことが、感染拡大の原因という社会的認知は根強く残っています。

一方で、首都圏での緊急事態宣言は続いていたものの、3月になると人は動くようになっています。これは、今後、コロナ禍が継続するとしても、一定規模の人々は、自身の判断で旅行にでかけていくことを示しています。

また、夏のオリパラが開始され、ワクチンの普及が進めば、国際的な人流の復活に向けた動きも顕在化していくことになるでしょう。現在、感染が抑制出来ていない欧州も、バカンスシーズンを完全に止めることは社会不安にも繋がるため、何かしらの方法、ルールのもと旅客移動を認めることになるでしょう。どの程度、国際旅客を受け入れるかは政府の判断に寄りますが、順当に考えれば、世界規模で、国際旅客は、昨年よりも増大することが期待できます。

さらに、国立感染症研究所の研究員からは、感染と各種要素との相関を検証する論文が出ていますが、この結果では、GoToトラベルキャンペーンが感染を拡大させたとは言えない(むしろ、抑制している)という分析結果を提示しています。

人を動かす施策であるGoToトラベル・キャンペーン期間中の方が、感染拡大が抑制されていたというのは、直感に反する結果ですが、GoToトラベル・キャンペーンという、政府が需要側にも供給側にも発言権を有する制度があったことが、いわゆるニューノーマルな世界の普及に繋がったと考えれば、その矛盾は解消されます。

しかしながら、GoToトラベル・キャンペーンの再開が6月以降に先送りされていることが示すように、コロナ対策は科学的というよりは、情緒的、主観的な判断、世論に大きな影響を受けます。仮に、6月以降、感染が収束していたとしても、コロナ禍は、気温や湿度に大きく左右されるため、また、冬になれば感染拡大していくことが予想され、そうなれば、同じことの繰り返しです。

安全な観光の実現

こうした状況から、2021年度の対策を考えれば、それは、多分、一つだけ。

コロナ対策、コロナと観光振興の両立方策について、地域主導で方針を立て、実践をしていくということです。

その具体的な「方針」とは、「健康パスポート」の運用、使いこなしということになるでしょう。

「健康パスポート」は、航空会社主体で導入が急ピッチで進められている取り組みです。欧州や米国では、旅行を動かす手段として、注目が高まっていますが、最終的に国を開けるか否かは、政府の判断であり、ここは微妙なところです。 特に日本政府は、現時点では非・積極的な見解を示しています。

ただ、観光の再開にあたり、より安全な顧客をフィルタリングする手段として、現状、この「健康パスポート」を超える取り組みは見当たりません。

本サイトで何度も指摘しているように、旅行そのものは感染を拡大させてはいません。が、世論というか、社会的な認識はそうはなっていません。旅行というのは、ある種、生活そのものですから、飲食もするし、遊びもするし、交流もする。日常生活の中で、誰もがコロナに感染しないのと同様に、旅行だからといって感染する(感染させる)わけではないのだけど、同時に、日常生活と同様に感染したり感染させたりするリスクはゼロじゃない。

ちょっとでも感染が拡大すれば、日常生活においてさえ、人流を抑制しよう、飲食店の営業を規制しようという動きが出る「社会」であることを考えれば、「旅行は安全です」というロジックは、なかなか広められない。

そうした状況において、観光を動かすには「安全な人を選別しています」ということを、地域住民に理解してもらうい、社会的にも認知してもらうことが必要となります。

この方向性について、私は、昨年の5月の段階で、旅行前から顧客とコミュニケーションを行い、より安全な人をフィルタリングしていくことを提案しています。

1年経って、結局は、こうしたスキームでなければコロナ禍での観光を、有効に機能させられないことが見えてきています。そして、今年から来年にかけて、さらに、その重要性は高まっていくことになるでしょう。

なぜなら、前述したように、2021年度は、一定程度、インバウンドも開いてくると思いますが、日本社会がコロナ禍を克服するには(恐怖心が拭えるのは)、おそらく2-3年かかるからです。

1400万人の人口をもつ東京都が、0.01%以下の陽性確認者の発生に怯えてしまう社会ですからね。陽性者が数人出ただけでも、大騒ぎ…という状況は続き、そのたびに、観光は悪者とされることでしょう。その時に、インバウンドが開いていれば、その矛先はインバウンド客へ向かうことになります。

そもそも、県内客だから安全というのは、非論理的な発想です。無症状の潜伏期間が長い新型コロナの場合、居住地で顧客の安全性が担保される話ではないからです。実際、この1年間、観光リゾート地において発生したコロナ・クラスターは、少なからず、地元住民/従業者コミュニティ発です。

旅行者の立場からみても、感染拡大している地域を、旅行先から避けるのは自然な行動です。同時に、安全性が低いと考えられる旅行者と「一緒」になることも避けたいと願うでしょう。

ちゃんと、観光を動かすのであれば、地元客であろうと、国内客であろうと、インバウンド客であろうと、同様の基準で検疫体制を構築することが必要でしょう。

その依代になりえるのが「健康パスポート」ということです。

健康パスポートの課題

ただ、世の中的に「健康パスポート」が整備されるから、その流れに乗れば良い…と考えたら、甘いでしょう。

その理由は、前掲した「国際旅行の再開は?」でも触れていますが、再整理すると、以下の3つが問題として指摘できます。

  1. 健康パスポートに記述されるPCR検査情報やワクチン接種情報について、基準がない
  2. 日本政府は、健康パスポートがあればOKという姿勢ではない
  3. 個人情報保護への懸念がある

「1」については、今後、欧州や米国が正式採用していく中で、規格が確定していく可能性はありますが、例えば、中国やロシアのワクチンは、どう取り扱うのか?という問題は残ります。PCR検査についても、様々な試薬があり、検査手法によるブレも大きいとされています。もっと言えば、なんちゃってPCRみたいなものも無いとは言えません。

ここの基準がしっかりと担保されないと、健康パスポートの信頼感は高まりません。

「2」は、これも政治的な判断となりますが、過去1年の動きをみていると、健康パスポートがあるから出入国OKですよということには、なり難いと感じています。「1」の問題もありますが、国をまたぐ移動は、政治マターであり、いろいろな力関係、駆け引きが生じて然るべきだからです。おそらく、必要条件の一つにはなっても、十分条件とはならないでしょう。

「3」も厄介な問題です。健康に関する情報は、なんであれ、機微な情報です。それをパスポートという形で外部に示すことに対して拒否感を持つ人は、一定数、いるでしょう。特に、宗教上の問題や個人の心情などでワクチン接種を忌避したい人たちにとっては、差別の原因となる可能性もあり、神経質にならざるを得ません。

結果、国が、日常生活レベルまで、健康パスポートで社会を動かすということにはならないでしょうし、国内旅行や、インバウンド客の国内移動について健康パスポートを適用する(前提する)というのも難しい。すくなくても、時間がかかると考えておくべきでしょう。

一方で、度重なる緊急事態宣言、まん防発動を経て、観光リゾート地も旅行者、双方が、より安全かつストレス無く観光を実現したいという欲求は高まっています。その実現の手段として「健康パスポート」的な枠組みを先取りする仕組みを提案することは可能でしょう。

そして、国内客に対して健康パスポート的な仕組みを動かしていければ、将来的に国が健康パスポートを必要条件として国際旅行を動かした際には、そのまま、インバウンド客を呼び込むことが可能となります。

具体的なフローを整理すると、以下のようになります。

  1. 信頼できるPCR検査/ワクチンをリスト化する
  2. 来訪者に対して、それらの検査/摂取を促し、対応者にはなんらかのインセンティブを付与する
  3. 各「健康パスポート」に対して、地域規格の取り入れを要請する

健康パスポートを機能させるには、着地側で、PCR検査の基準や、対象とするワクチンを定める必要があります。将来的には、何かしらの標準形に集約されていくでしょうが、国レベルの対応が期待できない「当面の間」は、地域側で検討し、選択することが必要だからです。

ここでの「選択」は、健康パスポートが、どれだけ安全を担保するものなのかということを、地元住民に認識、納得してもらえるのか、安心につながるのかという問題とも関わってきます。例えばですが、報道記事に対する世論の反応を見ていると、中国やロシアのワクチンを、リストに入れるかというのは悩ましい問題となるでしょう。

ここで信頼を失ってしまえば、健康パスポートは、COCOAのように意味を持たない取り組みとなってしまいます。

一方で、限定しすぎたり、厳密にしすぎれば、旅行者側が対応できず、地域からの「お願い」を無視する人が増えてしまいます。例えば、PCR検査について、数万円の検査のみとすれば、検査結果の信頼性は高まるものの、対応できる旅行者は限定され、多くの旅行者は健康パスポートを無視するでしょう。そうなれば、健康パスポートは機能しなくなってしまいます。

どういったPCR検査、ワクチンを対象とするのか。専門家を交えて地域で議論していく必要があるでしょう。

こうしたリスクが伴う議論と決定は、地方社会の苦手とすることですが、観光を再起動できるか否かのターニングポイントになると私は思っています。

責任ある観光への転化

健康パスポートは、航空会社がなんとか旅客を戻したいという思いから策定されつつあるサービスですが、ウィズ/ポスト・コロナの観光についても、いろいろな意味を持っていく可能性があります。

旅行者が健康パスポートを持つということは、来訪前に、訪問先が要望する検疫に協力するということでもあり、地域としては顧客を選別できるということでもあるからです。

この概念や仕組みを将来的に拡張していけば、例えば、地域の環境や文化に対して敬意を払ってくれる旅行者を優先的に誘致するといったことも可能となっていくでしょう。

これは、オーバー・ツーリズムを抑制し、レスポンシブル・ツーリズムを実現する手段となります。

昨年のコロナ禍以降、基本的に、観光地が取り組むべきことは変わっていないと、私は考えています。

それは、地域側で感染症対策のガイドラインをつくり、それを明示的に示し、信頼を得ること。そして、顧客に対して感染症対策の徹底をお願いすることの2つです。

健康パスポートは、その延長線上に位置する一つの手法ではありますが、これだけで全てが解決されるものでもありません。

問題を先送りするのではなく、しっかりと、コロナ禍があろうと集客できる仕組みを作っていくことが、2年目の観光地に課された課題ではないでしょうか。

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