コロナ禍が世界を覆っていますが、コロナ禍は我が国が直面している問題の一つに過ぎません。

その「問題」の中で、最も厄介で、かつ、深刻な問題は「人口縮小」でしょう。現在、我が国は毎年50万人以上、人口減少しており、コロナ禍による死亡者数は1.5万人(2021年8月時点)ですから、量だけで言えば、高齢化と少子化による自然減少は、コロナ禍の30倍以上深刻です。さらに、コロナ禍はワクチン接種などによって、1〜2年程度で収束していくと思われますが、人口縮小は数十年単位での取り組みが必要となります(新生児が成人となるには20年かかる)。

既に、コロナ禍以前…という表現のほうが適切となりつつありますが、多くの地域が「観光振興」に取り組んだのは、この「人口縮小」社会への対抗という側面がありました。地方部での人口減少は、20世紀後半から生じていましたが、その時は、まだ、日本全体では人口が増えていました。そのため、その「増えている」人口の配分を変える、端的に言えば、都市部に集中する人口を地方部に移動させるというのが基本戦略でした。

しかしながら、日本全体の人口が減少する状況となれば、その戦略は展開不能となります。

とはいえ、国民感情的に他国からの移民を正面から受け入れるという選択肢も取れない。

そこで注目したのが、東アジアを中心に勃興した「国際旅行」市場です。観光市場は経済状況と密接に関係しており、経済成長が高い国ほど、その市場が拡大することになります。東アジアは世界的にも経済成長が著しい地域であり、その市場拡大は「ほぼ確実」でした。

日本は、その市場拡大地域に地理的に近い位置にあり、これまでの「内需」によって、移動や滞在に関わるインフラ、施設整備も進んでいる。さらに、近年の観光活動の多様化によって、観光旅行先(デスティネーション)が拡がったことで、日本全体の地域を対象にできる(観光振興に取り組める)という側面もあった。1990年代後半に、農村部(グリーン・ツーリズム)や、地方都市の中心市街地(まちなか観光)の活性化手法として観光が使われていたことも呼び水となっただろう。

観光が振興されれば、交流人口を地域に呼び込むことが可能となる。それは地域に賑わいと、経済的恩恵を創造していくことに繋がる。

これが、(人口縮小社会を与件とした)地方創生において、観光が注目された理由となる。

つまり、人口縮小社会であるため定住人口を増やすことは望み難いが、交流人口を増やすことで地域の経済規模を維持しようとしたわけである。

これに合わせ、観光庁では、観光消費による経済波及効果推計のデータを利用して、どの程度の観光客数増があれば定住人口減少をカバーできるかという試算も提供している。

経済的恩恵だけでは地域縮小は変わらない

ただ、ここで留意しなければならないのは、地域の人口減少は自然減と社会減の2つで生じているということである。

自然減は、高齢化と少子化によって生じているが、更に、その少子化を加速化させているのは20歳前後に生じている人口流出に伴う社会減であるわけだ。

観光振興、交流人口の増大によって、地域に落ちる観光消費額が増大したとしても、社会減(人口流出)を止めることができなければ地域は縮小し続けていくことになる。

そこで注目されるのが、観光消費による雇用効果である。観光客が来訪することで、飲食店や土産品店、宿泊施設などが起業されたり、事業拡張されれば雇用が増え、それによって、社会減が抑制されるだろうということだ。

特に、これら観光関連サービスは、若年女性の就労分野と重なる部分が多く、若年女性の地域残留率が高まれば、地域の持続可能性を高めることになる。

すなわち、観光振興を地方創生の手段とするには、地域に観光消費を呼び込むことがゴールではなく、(若年女性の)雇用を生み出し、人々が定着することをゴール設定することが必要となるわけだ。

最低賃金産業という現実

ただ、ここに難問がある。

そもそも社会減、人口流出が起きる理由は地方と都市部の経済格差にある。

次図は、2011年時点の最低賃金額と、その後2018年までの若年女性(20−24歳)の年間増減率の関係をプロットしたものだが、最低賃金が低い都道府県から、高い都道府県に人が移動していることがわかる。

観光関連産業、宿泊業や飲食業は、労働生産性が低く、この最低賃金に貼り付いてしまっているのが実情である。

となれば、地域で観光関連産業が振興され、雇用が増えたとしても、その賃金は相対的に低位となる。つまり、若年女性の立場で考えれば、地域にとどまるのであれば、他産業を選んだほうが高賃金となるし、観光関連産業を嗜好するのであれば、より賃金の高い地域に移動した方が収入は高まることになる。

そして、地方創生を切実に望んでいる地域ほど、経済力が乏しく、最低賃金が低くなる傾向にある。

つまり、経済合理性だけを考えたら、地方で観光振興をしたとしても、若年女性を留めることは難しいということになる。

観光振興は若年女性を引き留めるのか?

一方で、観光関連サービスは、一般論として若年女性に人気のある職種と言える。

また、現時点の賃金水準は低位であったとしても、観光が注目され、振興されていくのであれば、将来性に期待や希望をもつことも考えられるだろう。自分が生まれ育った地域に愛着があれば、なおさらである。

そう考えれば、地域で観光振興がなされていることは、一定程度、若年女性の流出を留める可能性は否定できない。

そこで、最低賃金が「最低」レベルにある16県について、2011年から2018年にかけての人泊数増減率(年率)と、若年女性の定着率(15-19歳ー>20−24歳にかけてのコーホート分析)状況についてプロットしたところ、高い相関(r=0.6)を得た。

ただ、最も人口移動が少なかった県(沖縄県)でも、定着率は88%であり100%を切っている。年率換算10%の人泊数増というのは、沖縄県以外には大阪府しか存在しないことを考えれば、観光振興だけでは女性の「15−19歳」ー>「20−24歳」の人口流出を留めることは難しいことを示している。
※大阪府は定着率113%

この結果より、自地域において観光が振興され、投資が入り、職場が生まれることは、地域の持続可能性に大きく影響する若年女性の定着率向上に寄与する可能性とともに、それだけでは限界があると考えられる。

「産業」視点の重要性

単純に観光が振興されれば、地域が振興されるというわけではない。

観光を理由に、若年女性が地域に残る(地域に入ってくる)には、彼女たちが魅力と感じ、希望や期待を寄せる「職場」が地域に生まれる必要がある。宿泊者数(人泊数)が増えるというのは、一つの観光振興フラグではあるが、それだけで魅力的な職場が生まれるわけではないだろう。

大手ホテルチェーンには、支配人であっても、給与所得者の平均給与額に達しない給与水準で雇用しているところもあるし、ハイブランド・ホテルであっても、必ずしも給与が高いわけではない。また、我々はライフステージの変化によって、求めるワーク・ライフ・バランスや給与水準も変化するが、そうした柔軟性や成長性を持たない事業者も多い。

観光関連サービス業の労働生産性は、事業者の経営力だけでなく、その地域の産業集積状況や、観光客数のオン・オフ格差などによって左右されることが指摘されている。

さらに、観光関連サービス業は、週末や祝日が忙しく、勤務時間も不規則となりやすい。これは、役所を含めた「既存」事業者のタイムテーブルとは異なるものである。それは、例えば、子どもの育児などにおいてもハンデを負うことになる。

労働生産性にしても、労働時間の不規則正に関わる問題にしても、事業者と就労者との関係性だけでは解決できるものではない。

その解決には、地域が事業活動に介在し、地域として観光関連サービス業を産業(ホスピタリティ産業)として育てていくことが必要となります。

観光客を呼び込むだけでは、人々、特に若年女性が働きたいと思うような産業は形成されない。

地域は、その認識を持ち、観光振興に並行した産業振興策を展開していくことが必要でしょう。

新型コロナで傷ついた産業クラスタを立て直せるか

地域の観光関連サービス業は、この1年余りのコロナ禍によって、著しく傷つき、その産業クラスタはズタズタに寸断されています。

観光客は、コロナ禍の収束によって戻ってくることになるでしょう。

しかしながら、疲弊した事業者と寸断されてしまった産業クラスタ下では、労働生産性は更に低下することになります。地域での成長産業として期待を集める原動力であった「インバウンド」も吹き飛び、さらに、観光は「地域にウィルスを運びもの」とされてしまった現状で、「地域の観光産業に期待を持ちましょう」というのは無理な話でしょう。

ここで、産業クラスタの再構築ができなければ、観光客が戻ってきたとしても、希望の持てる良質な雇用を生み出すことはできず、観光振興がもってきた若年女性の流出抑制効果を失うことになります。

特に、今回のコロナ禍で受けた「観光は地域にとってマイナスの存在」というイメージ、印象は深刻です。

今後も観光を地域振興に取り組む行政、DMOにおいては、コロナ禍からの回復において、地域の観光関連サービス業の「名誉回復」もタスクだという認識を持って行動していくことが求められます。

コロナ禍が明ければ、元に戻るわけではない。その認識を持つことが必要です。

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