かつての封建社会と異なり、現代社会において、我々は自分たちの時間の使い方を、自分たちで決めることが出来るし、どこにでも行くことが出来る。婚姻関係にない男女が旅行することや、女性の一人旅が白眼視されていたこともあったが、今では、そうしたタブーもなくなっている。
ただ、だからといって、誰でもが旅行をしているわけではないし、様々なレジャーを楽しんでいるわけでもない。宿泊観光旅行をおこなっているのは、国民の半数に過ぎず、市場シェアでいえば、国民の2割で市場シェアの7割を占めているからだ。
その背景には、所得水準がある。
旅行実施と所得(年収)には、強い関係があることがわかっており、概ね世帯年収500万円を超えてくると実施率は大きく高まることになる。もちろん、年収が500万円より低い人々も観光旅行する人はするし、年収が1000万円あってもしない人はしない。が、全体としてみれば、所得が大きく作用しているのが現実だ。
アクティビティにも影響する所得水準
こうした関係性は、宿泊観光旅行にとどまらない。
少し、古い調査(2014年実施)であるが、アウトドア系のアクティビティの実施状況(継続的に実施+一時中断したが復活した)を世帯年収別にみてみると、多くのアクティビティが、年収が上がるほど実施率が高まることが確認できている。
これらのアクティビティにおいては、年収が600万円を超えてくると、ぐっと実施率が高まる傾向にあることがわかる。
ザクっと言って、年収600万円未満と、それ以上では、実施率はダブルスコアくらいの違いがある。
ただ、キャンプは年収400万円で実施率が立ち上がっており、登山は年収800万円が分岐点となっているなど、アクティビティによって所得の影響には差異がある。これは、そのアクティビティにかかる費用の問題とも考えられるが、あまり、費用がかからないランニングでも、年収が影響していることを考えれば、費用だけではないと考えられる。
「年収」は、経済的な指標であるが、その年収の背景にあるライフスタイル、価値観も影響するのだろう。年収が高いほど好奇心が旺盛で、健康志向で、自由時間を活用することに積極的になると考えることが出来るからだ。
ただ、これもアクティビティが「経年的な経験」を通じて、技術を高め、面白さが深まっていくものだと考えれば、高所得者は、アクティビティを継続実施/高頻度実施できるだけの所得があり、それだけアクティビティを「楽しい」と感じる確率が高まるからと考えることもできる。
実施率とボリュームの差
いずれにしても、高所得者ほど各種アクティビティの実施率が高まるのであれば、日本の各種アクティビティも高所得者向けのサービスとなっていそう…だが、実態はそうなっていない。
この理由は、所得分布にある。
日本の世帯別所得水準は、平均所得金額は529万円だが、中央値は415万円となっているように低所得方向に偏在している(いわゆるパレート分布)。
実施率が低くても、量(人数)が多ければ実施人数は多くなる。そこで、実施率と年収分布から各アクティビティの実施世帯数を算出してみると、以下のようになる。
これを見ると、年収300−500万円くらいまでがボリューム帯となっていることがわかる。
1000万円以上も世帯数は高くなっているが、これは1000万円以上の世帯(全体の11%)をまとめたためである。
マーケティングの隘路
実施率は、高所得者層の方が高いのに、実施世帯数でみると所得の平均/中央値世帯が主体となっている。そのため、集客を考えれば300−500万円あたりをターゲットとするのが都合良い。が、この年収帯の人々は、そう高い費用は支払うことが出来ない。ので、価格設定は低めとなり、ボリュームで稼ぐこととなる。
国内需給だけで考えれば、事業者が価格競争を展開することはマーケティング、競争戦略において正しいし、日本人にとっても手軽にレジャーを楽しめることとなるので悪いことではない。
が、ここに海外からのインバウンド需要が入ってくると、話が変わってくる。
インバウンド需要を利用して、地域振興、経済振興を効率的に行っていくためには、いかに日本のサービスを高く(=高付加価値を付けて)販売できるかが重要となるが、この国内需給構造の関係で、日本には「高価格=高付加価値サービス」が生まれにくいからだ。
例えば、スキー/スノーボードのリフト券だが、日本では高くても5000円程度/日となっている。他方、海外では1万円は余裕で超え、2万円を超えているリゾートも出てきている。
家計消費で見れば、国内でも11%を占め、かつ、実施率も高い年収1000万円以上の世帯であれば、海外リゾートの価格設定にも追随できるが、ボリューム帯に合わせたサービスデザイン、価格設定になっていることの証左だろう。これを打破していくには、国内のボリュームゾーンを捨て、国内&国外のアッパー層に展開していくことが求められるが、これは、かなりハードルの高い意思決定が必要となる選択である。
海外のように、アッパー層を対象としたマーケティングを展開しようとしても、もう30年投資が止まっている状況では、顧客の期待に応えるサービスデザインを設定し、提供していく展開が困難だからだ。
緻密な戦略が必要
コロナ禍前、一部の施設において高価格設定となり「日本人にはアクセスできない」という不満が出ていた。が、コロナ禍において、そうした高価格施設は全般に好調を維持している。これは、従来、海外旅行として漏出していた高額所得者の需要が国内に向かっていたことが一因だろう。
これは、従来、一定の所得&意識を持った人の需要を、国内地域、施設がフォローできていなかったことを示している。強制的に海外旅行ができなくなった結果、国内で「溜飲を下げることが出来る」施設が、そうした高価格施設であったと考えられるからだ。
現実的に、コロナ禍においても、国内の高価格帯施設は、国際的なブランド、チェーンを持つ施設が抑えつつある。これは、投資ファンドが、これらがアウトバウンド需要、インバウンド需要双方に対応しうる 施設であると認識しており、国際的なトップブランドの維持確立に注力している。
この流れを受け入れるだけでは、日本は観光から付加価値を得ることは難しい。
一方で、日本が持つ自然資源、歴史文化資源を活用した「観光」は、本来、地元住民である日本人が享受すべきであるという主張には、一定の重みがある。が、日本人のボリュームゾーンの需要に対応することでは、経済効果、付加価値の増大に繋がりにくいのも事実である。
この両者の矛盾、ギャップをうまく整理していくことができれば、新しい世界が拡がっていくことになるだろう。
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