私の通常の履歴書では省いているのだが、実は、私は20代の時、ITベンチャーを起業し、破綻させている(厳密には、破綻する前に、現在の組織に転職している)。履歴書で省いている理由は、当時、在籍していたゼネコンからの出向という形であったことと、それを入れ込むと20代の経歴が「(悪い意味で)華やか」になりすぎてしまうことがある。
それはさておき。
一応、そのベンチャーではプログラマー兼、SEやってたので、WEBサーバーの構築から、システム設計、プログラミングまで、一通り対応でき、転職後も、いくつかの事業でシステムの開発や運用を行っている。
DXに至る道筋
という背景を示した上で。表題について私論を述べておきたい。
先日、某検討会で「観光はDXが進んでいない。問題だ」みたいな話題が出た。まぁ、そうなんだけど、そういう指摘は、それこそ20世紀から言われている話であって、新しいものではない。20世紀はOAだったし、2000年前半はIT、その後ICT、で、今はDXとラベルが変わっているだけだ。
問題は、四半世紀以上、「問題だ」と言われ続けていることだろう。
そして、その根源的な理由が見えなければ、観光DXは生じえず「失敗」を繰り返すことになる。
そもそも、OAからDXにつながる「情報化」の流れは、どういうものだったのか。まずは、それをちゃんと振り返ることが必要だろう。
電子的なコンピューターというものの起源に遡ると、その始まりは第2次世界大戦中に、砲弾の弾道計算を行うためにベル研が開発したマシンとされる。その後、リレースイッチがコンデンサやトランジスタ、IC、LSIと進化していく中で飛躍的に性能を上げていく。
ただ、これらの「コンピューター」は、(当時としては)高性能であったが、一部の技術者でないと使えない代物であり、かつ、高価格だったために、限定されたマシンを(使いこなせる)技術者でシェアして利用するものだった。
これが大きく変化したのは、1960年代以降、オフィスコンピューター、パーソナルコンピューター(以下、PC)が登場したことにある。同時に、高級言語と呼ばれるプログラミング言語が登場し、より多くの人が、コンピューターが利用でき、かつ、プログラミングできるようになった。PCは、その後、高性能化と低価格化が進み、多くの企業、大学などに大量に入り込んでいく。
ここで生まれたのが「OA」。オフィス・オートメーションである。
企業内での定型業務、例えば、請求書のような定形文書作成(ワープロ)とか各種の積算(表計算)、宛名印刷(カード型データベース)などが拡がっていくことになる。ただ、これらの業務は、それまで、いわゆる事務職(多くは女性)や若手社員が担っていた単純作業、ルーチン作業が主体であり「業務のデジタル化」という水準だった。
PCも、部や課で1台というレベルでしかなかった。
これが大きく変化し始めるのは、1980年代頃。コンピューターの性能が上がってきたことで、多くの経営情報を統合的に取り扱うことが出来るようになり、これを経営の意思決定に反映させようという動きが出てきたからだ。これは、SIS(戦略情報システム)と呼ばれる。同種のアイディアは1960年代のMIS(マネジメント情報システム)、1970年代のDSS(意思決定支援システム)があったが、実用レベルになったのはSISからと言われる。
で、この1980年代という時代が、今日のDXを考える上で、大きな意味を持っている。
1980年代は、日本の製造業がピークだった頃。米国は製造業大国の地位を日本やドイツといった他国に譲り、サービス産業へシフトしていくタイミングとなる。そして、1980年、マイケル・ポーターが「競争の戦略」を発表。いわゆる「マーケティング」概念が体系的に提示され、経営学の一つの流れを作っていくタイミングでもある。
すなわち、今日のサービス経済社会での経営手法に直接的につながる変化が、米国で起きていたタイミングだということだ。
もともと、米国企業はトップダウン経営とされる。つまり、経営者が自身の権限と責任において、企業の方向性を定める構造だということだ。
しかしながら、1980年代はボトムアップ型の日本企業の経営が注目された。その結果、これは、顧客に近いところにいる現場が、一番情報を持っており、そこから稟議として上げられるものが、経営陣が独自に得る情報よりも、質、量、そしてスピードに勝っていたという分析がされている。
端的に言えば、この当時、米国企業の経営者が得られる情報が限定され、かつ、古いことによって、トップダウン経営では社会の環境変化の速度や複雑さに追随できなくなっていたということだ。
しかしながら、現場においてOAが進んでいくと、現場情報のデジタル化が進んでいくことになる。例えば、営業日報を定型化し、PCでの入力とした上で、データベース連動とすれば、全社の営業情報が日々蓄積されるようになる。
これらの情報を整理統合し、集計・分析データとして示すことの出来るSISが組み合わされていくと、現場の情報は自動的かつ迅速に、経営陣に上がり、集約されていくことになる。
それらの情報を、マーケティングや財務などの技術を持った経営陣が精査し、処理し、解釈していくことで、意思決定の速度と精度は高まることになる。トップダウン経営の弱点をSISが補ったということだ。
これによって、「経営のデジタル化」という段階に至る。
会社の状況を、経営陣が迅速かつ豊富に得られるようになると、当然、得ようとする情報も変わっていく。マーケティングの検討には、顧客情報と販売情報が紐付けされることが重要だし、財務と経理をつなぐものとして、きめ細かいリアルタイムに近い管理会計も発展していくことになるからだ。
これは、経営が、データを元にして行われるようになっていくということだが、この背景には、どういった経営課題の解消には、どういったデータが必要なのか、因果関係があるのかという研究もどんどん進み、それが経営現場に取り込まれていってという流れがある。
例えば、私の専門分野であるCSロイヤルティで言えば、1980年代の後半には、経営の持続性の高い企業とそうでない企業で、CS水準が違うという知見が学術研究で提示されていく。となれば、顧客に対してCS調査を行うということになり、それはSISに統合されていく。さらに、90年代の後半に、CSからロイヤルティ、そして、ブランド・エクイティへとフォーカスが変わっていくと、当然ながら、得るべき情報も変化し、顧客を購買時だけでなく、時間連続的にフォローアップしていくことが求められていく。これは、「ちょっと前」であれば、難しかったが、コンピューターの性能があがることで、数万人の顧客データを時系列的に管理するCRMが実現可能となった。で、数万人規模の時系列データが研究者に渡ることで、生涯顧客といった概念を登場させ、それはロイヤルティ・プログラムのような仕組みに繋がっていく。
DXとは「経営のデジタル化」である
ここまで整理すれば、DXと概念は、ここ数年で生まれたわけではなく、日本のバブル期頃から生じていた大きな潮流であるということ、そして、それは、既存の作業を代替する(オートメーション化する)というものではなく、経営学の理論と組み合わされることで、一体的、スパイラル的に双方が昇化してきたものだということが理解できるだろう。
我らがホスピタリティ分野も、1990年代後半には、製造業主体の経営学から分派し、学問としてのホスピタリティ・マネジメントが急速に発展していくことになる。そして、それらの知見を貪欲に取り入れ、実践していった企業が至った姿が、現在の、米国の強大なホテル・チェーン群である。
つまり、DXというのは、それが独立的にあるのではなく、それを活かす(理解する)経営手法と組み合わされないと実現できない。言い方を変えれば、経営者がデジタル技術の潮流と、それを用いた新しい経営術を把握しており、両者が一体、不可分となった経営戦略を展開できなければDXは実現できない。
これは、経営とマーケティングとの関係にも似ている。マーケティングが経営課題として注目されるようになったのは1980年代頃からだが、現在ではマネジメントとマーケティングに明確な境目はない。例えば、ホスピタリティ産業にも重要な意味を持つサービス・プロフィット・チェーン(SPC)が、へスケットなどから提示されたのが1994年。SPCは、CSの向上が収益力を高め、それが従業員の就労環境を良化させ、モチベーション高い従業員が増えることで、さらにCSを向上させるという概念である。CSの向上には、適切なマーケティングが必要であるし、得られた収益を中長期的な時間軸で就労環境の良化につなげていくのはマネジメントの領域である。
つまり、SPCを回すには、マーケティングを経営(マネジメント)に深く組み込むことが必要となる。マーケティングとセールスの違いがわからないとか、製品主義、販売主義に囚われている経営者では、チェーンは回らないということだ。
それでも20世紀の間は、デジタル化というのは、業務系の話であり、無視を決め込むことも出来た。が、その状況も21世紀に入ると一変する。
それは、インターネットの出現と普及である。
インターネットの普及は、TCP/IPを実装したWindows95が端緒となるが、当初は、業務系の延長であった。しかしながら、スマホとSNSの登場によって、新しいパラダイムが構築される。具体的には、The Facebookの開始の2004年。そして、iPhoneが発売された2007年を境に社会は大きく変わる。我々は、PCを使わずに、自由自在に情報をやり取りできる世界を手に入れたことになり、コミュニケーションが、超絶的に拡張されたからだ。
これは、当時、Web2.0などとも呼ばれたが、いわば、「社会のデジタル化」という第3段階に入ったことになる。
こうなると、「嫌だから」とか「よくわからないから」とデジタル化を避けていた事業者も、追随せざるを得なくなる。例えば、電話やFAXだけで、宿泊予約を受け付けていたり、ホームページすら持っていなかったら、まともに事業を行うことすらできない社会になってしまったからだ。
社会のデジタル化というトラップ
ただ、私は、ここにトラップがあると感じている。
デジタル化を「やった気になる」のではないかという懸念だ。
例えば、ホームページを持つ、SNSにアカウントを持つというのは、社会のデジタル化が進んだ以上、必須の対応である。ただ、これは、単純に、パンフレットの作成や配布、関係先へのリアルな営業が置き換わっただけに過ぎない。基本的には、1960年代から始まった「業務のデジタル化(OA)」と変わらない行為だということだ。
なのだが、そうした対応でDXを実現している、取り組んでいると感じてしまう主体は、少なくないのではないか。
繰り返しになるが、事業者にとって重要なことは、業務のデジタル化ではなく、経営のデジタル化に至ることである。
が、これは前述のようにデジタル技術だけがあれば実現できるものではなく、経営の理論と実践の組み合わされなければ、実現できない。
例えば、もはやホスピタリティ事業の基本となっているダイナミック・プライシングの展開には、過去の販売実績と、現在の予約状況が重要なデータとなるが、ホームページやSNSへのコンテンツ別・アクセス数の動静も大きな情報となる。提示するキャッチフレーズ、商品内容、画像、価格などなどへの反応を見ることができるからだ。独自に、これらのアクセス数とその後の販売実績との相関について分析を行っていれば、実際の購買前(予約前)の潜在需要がどの程度あるのかということを測ることが出来るようになる。それによって、プライシングの精度を高めていくことができるし、マーケティング/ブランディングに寄与する情報も提供できる。
このように本来的なDXは、ホームページやSNSを、旧来手段と置き換えるもののではなく、デジタルを道具して利用しながら、経営そのものを変革していくものである。
しかも、社会がデジタル化したことで、経営者が得られる情報は、飛躍的に拡大している。これまで、かなり意図的に(=費用と時間をかけて)取りに行かなければ得ることの出来なかったデータや、技術的に取得が難しかったデータを市中より調達できるようになったからだ。例えば、玉石混交ではあるがSNSには、多様な世論がデジタル情報として流通しているし、グルメサイトでは(一定の補正がなされているとは言え)多様な飲食店の人気度を収集することができる。交通系の流動データや、クレジットカードの販売データや、一部のOTAからはAPI利用で、販売内容のデータを取得することもできる。
こういう大量かつ多様な情報は「ビッグデータ」と呼ばれるが、現在の情報技術では、これら膨大なデータから、事業にとって有意な影響を持つ情報を抽出することが出来るようになってきている。ともかく何でもかんでもデータを放り込んで、グツグツとコンピューターで煮ると、チンと美味しいデータ相関が出てくるということだ。実際には、そうそう美味しい相関が出てくるものでもないが、従来の「研究者などが仮説を立て、それを検証する」やり方に、新たな手法が加わってきたことは間違いない。
今後、さらに社会のデジタル化が進み、AIも強化されていけば、おそらく、どこかでシンギュラリティ(技術的特異点)を超えることになるだろう。
つまり、経営のデジタル化の先は、フル・デジタル化された情報を元に、AIと協働しながら経営していくという世界が待っているということだ。
観光DXの実現が難しい理由
さて、本稿の本題に戻ろう。
ここまでお読みいただければ、私が、観光DXは進まないと思っている理由がわかるだろう。
端的に言えば、サービス経済社会に対応した経営技術に転換できていないのだから、その道具であるDXが進むはずが無いということになる。
既に、新しいパラダイムで経営を行っている事業者は、当然に「経営のデジタル化」を行っている。一方で、現時点で「経営のデジタル化」を行っていない事業者は、そもそも、デジタル技術を利用した経営を行ってきていない。その経営手法を変えていくには5−10年の時間が必要であるが、遅くても、2000年頃には、経営技術の変化は目に見えていた訳で、四半世紀近く、それに追随してこなかった経営者が、突然、目覚めるとは考えにくい。現実的に、中年以上の経営者では、新しい経営手法を学び、実践することは難しいだろう。
もう一つの課題は、経営のデジタル化は、経営の規模拡大と裏表にあるということがある。デジタルに関わる投資、費用は固定的な性格が強く、規模に対する弾力性が低いからだ。
例えば、CRMを展開するに当たり、顧客数が1万人でも100万人でも、そのシステムの開発や維持管理にかかる費用は、さほど変わらない。ホームページにしても、1日10人しか見ないサイトでも、10万人が閲覧するサイトでも、さほど費用は変わらない。
そうなると、必然的に、規模が大きい事業者のほうが有利となる。同程度の開発投資、維持管理費用を負担するなら、顧客数が多く、売上が大きい事業者のほうが、利益が多くなるからだ。そもそも、一定規模以下の事業者では、初期開発の投資費用を工面すること自体が難しいだろう。
「クラウド」を利用することで、一定程度、この差を埋めることは出来るが、経営戦略の道具としてデジタル技術があると考えれば、汎用のクラウドサービス利用では限界がある。利用できる技術が同様であれば、差別化が難しくなるからだ(不可能ではないと思うが)。
つまり、経営のデジタル化を進めていき、それが成功し、ブレークするようになると、必然的に規模拡大、横展開が進んでいく。
が、日本の観光地は、基本的に中小企業が支えている。法人化していても、実質的には個人事業という事業者も少なくない。しかも、資本と人材は、その地域と強く結びついているため、他地域への横展開というモチベーションも低い。こうした事業者にとって、業務のデジタル化はともかく、経営のデジタル化は、コストアップ要因にしか感じられないだろう。そもそもの売上高の上限があるのに、デジタルに通じた人材を高給で雇用したり、年間、数百から数千万円の費用負担を「追加」でするインセンティブが無いからだ。
この事情は、一般の中小企業でも同様であり、経営のデジタル化が日本で進んでこなかった根源的な理由だろう。
この問題は、観光分野に関わらず、日本の特性みたいなものであり、そう簡単に状況が変わるとは思えない。
観光DXの進展に向けて
ただ、明るい希望はある。地域が一体となりDXを進めるという動きが、出てきていることだ。
例えば、兵庫県豊岡市の城崎温泉では、2022年9月、各旅館の予約情報を共有する取り組みを発表している。予約情報は、ダイナミック・プライシングなどに、とても重要なデータとなるが、これらを「ちゃんと解析して活かす」のは、それなりの投資が必要となるため、個々の旅館では対応が難しい。それをDMOが介在し、地域単位で展開できるようになれば、規模的なしきい値を超えることが可能となる。さらに、DMOにデジタル&経営に通じた人材を確保できれば、そこで集中的な解析を行うことで、有意な情報を地域の事業者全体で得ることが出来る。
このように地場の宿泊事業者が互いを「ライバル」とせず、他地域(や外部からの参入事業者)をライバルと捉えることができれば、仮想的に一つの事業体となることで、中小企業であっても、経営のデジタル化を進めていくことが出来るようになるだろう。特に、それが地域の競争力を高める観光地域づくりの取り組みとシンクロすれば、高い相乗効果も期待できる。
これは、「観光地域経営のデジタル化」と呼ぶことが出来るだろう。
もう一つは、地域が異なる複数の事業者がアライアンスを組み、共同でデジタル投資を行うことだろう。この場合、同じような志向をもつ「同志」が集まることで展開できるので、地域での広範な合意形成を得るよりは楽かもしれない。例えば、エコロッジin雪国のようなアライアンスにおいて、協働して経営のデジタル化を進めるというやり方もあるだろう。
これは、大資本と、中小がどう戦うかという話でもある。
DXを表層的にでなく、大きな潮流の中での取り組み、変化と捉えていくことが必要だろう。
もっと言えば、既にやっているところはやっているわけで、当然、その事業者の競争力は時間経過と共に高まっていく。その流れに乗っていない事業者を取り上げ「問題だ」と言い続けるのを止め、リスクをとって先行している事業者をもり立てていくような発想への転換も必要なのではないだろうか。