「観光」は、地域創生、地域経済の振興に有効とされているが、他方、各地の「観光地」で生じているのは、深刻な人手不足である。

他方、産業政策的には、観光を含むサービス業の生産性の低さが問題とされ、政策課題ともなっている。
生産性の定義は、いくつかあるが、この文脈で指摘されるのは、労働生産性。すなわち、雇用者1人あたりの付加価値となる。付加価値の大部分は、人件費であることを考えれば、労働生産性は1人あたりの給与額と連動すると考えられる。

つまり、「観光業は、労働生産性が低い」−>「給与が低い」−>「人材が集まらない」−>「人手不足」−>「潜在力はあるのに、観光業が伸びない」−>「地域経済の振興に繋がらない」というのが、生産性と雇用に関わる一般的な理解である。

他方、我が国は、現在、国際的に見ても、非常に低い失業率となっている。
参考)世界の失業率 国別ランキング・推移(ILO)

すなわち、「職が無い」という状況では無い。むしろ、業種に関わらず、人手不足というのが現状である。

仮に、人手不足なのだとしたら、「人出」は、業種および企業単位で、取り合いとなる。
労働生産性向上は、経営者にとっては少数でのオペレーションを可能とし、雇用者としては給与アップにつながり、さらには、同業界にすすみたいという人を増やす効果も期待できる。

一方で、低い失業率となっているのは、労働生産性の低い業種が、多量の人々を雇用しているためだとも考えられる。

この辺がもやもやしていたので、少し整理をしてみた。

(考察資料)「観光」は、雇用の受け皿になっているのか(PDF)

バブルが崩壊したものの、なんとなく推移していた日本経済の潮目が変わったのは1997年。消費税が3%から5%に増税されたタイミングである(便宜上、消費税ショックと呼ぶ)。これ以降、名目GDPが前年割れに転じ、給与所得者(=サラリーマン)が受け取る総給与額も減少していくこととなった。

ただ、給与所得者数は、2002年頃までは横這いで推移している。総給与額が減少しているのに、人数は減らないため、当然、1人あたりの給与所得は減少していくことになる。

2002年頃になると、不思議な状況が生じる。総給与額が減少していく中、給与所得者数が減るのではなく「増える」のである。この不思議な状況は、リーマンショックの2008年まで続く。
ただでさえ(名目GDPに連動して)総給与額が減少している中、人数は増えていくため、構造的にとても厳しい状況だったと言えるだろう。

こうした傾向をリセットしたのは、偶然なのか皮肉なのかリーマンショックだった。リーマンショック後は、総給与額が大きく減少していくが、給与所得者数の増加は止まり、消費税ショック後と同様に、横這いで推移していく。

次の転機は、アベノミクス登場前夜の2011年頃である。2011年頃から、名目GDPは増大に転じ、それにあわせて総給与額は増大するようになり、あわせて、給与所得者数も増大してきた…。
というのが、バブル崩壊後の大まかな流れである。

このように、バブル崩壊後、雇用者数が増大したタイミングは2つある。第1期が、2002〜2008年。第2期が2011〜2015年だ。どちらも、雇用者数が増えてはいるが、背景となる経済状況は正反対である。

では、この2回の「雇用拡大」に、観光は寄与しているのだろうか。

観光業を「宿泊・飲食」として見てみると、実は、第1期はほぼ無風(対2002年比で2008年の雇用者数は99.7%)。第2期も、男性は、ほとんど無風であり、女性のみ雇用者数を増大させていた(2011年から2015年で、104.5%/男性は101.7%)。

つまり、観光(宿泊・飲食)が雇用拡大したのは、名目GDP上昇と重なる第2期であるが、それは主に女性によってもたらされているということになる。

なお、期、男女を問わず、雇用者数を増大させている業種は「医療・福祉」である。雇用者数は2002年から2008年で128.9%、2011年から2015年では116.4%という推移になっているからだ。しかも、男性の方が増大率は高く、それぞれ135.2%、118.5%となっている。
特に第1期での伸びがめざましいが、総給与額が減る中でも、人数が増えたのは、医療・福祉が、ある種、官製サービスであることが影響しているのだろう。

業種別シェアで見ると、男性は製造業(22.3%/2011年/以下同じ)が最も高く、卸売・小売(14.8%)、建設(11.9%)、運輸(8.7%)、宿泊・飲食(3.7%)となっている。女性では、医療・福祉(21.3%)と最も高く、卸売・小売(20.5%)、製造業(12.4%)、宿泊・飲食(8.4%)となっている。製造業、卸売・小売、建設は男女ともにシェアを落としており、医療・福祉、ついで、宿泊・飲食への雇用シフトが進んでいる。特に、女性のシェア変化は大きい。

このように見てみると、観光(少なくとも宿泊・飲食)は、女性の社会進出、雇用の場を提供しているということは言えそうだ。ただし、医療・福祉のような「確実に増える」業種ではなく、景気に大きく左右される性格もうかがえる。

また、雇用者数(給与所得者数)も増え、かつ、製造業などからの雇用シフトが起きているにも関わらず、人手不足なのは、医療・福祉業界が、大量の「新規人材」を確保してしまっているという構造も垣間見える。

医療・福祉分野も人手不足となっている事を考えれば、人手不足の解消は難しく、やはり、事業者としては労働生産性をあげ、少人数でもオペレーションしていくことが求められるということになりそうだ。

同時に、医療・福祉という官製サービスが持つ「安定性」とは異なる就労モチベーションを提供していくことが有効なのではないだろうか。などと。

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