Discussion of Destination Branding.

風評被害とリスクマネジメント

ふっこう割が狙うところ

「11府県ふっこう周遊割」が始まった。

「九州ふっこう割」で、大きな災害が起きた時、その復興を早め、宿泊業の機会損失を低減することを目的に「旅行費用を割引する」という施策が始めて実施されたが、その「11府県」版となる。

マーケティングの基本は、差別化、集中化、そして価格だが、その中でも「価格」は最強の手段である。「価格」は、供給者の提供サービス、そして、そのサービスを享受するターゲットに寄らず、全方位で対応するためである。

持続的な成長を考えれば、競争力は差別化や集中化によって得る事が重要だが、一方で、宿泊業は需要の消滅性、同時性というサービスの特性を持っており、需要を在庫しておくことは出来ないし、供給量を超えた需要を受け止めることも出来ない。

つまり、宿泊業の場合、その施設が物理的に被害をうけていなくても、需要、つまり宿泊客が来なければ減収となり、その減収は、その後の回収が難しいという特性をもっている。

これが製造業の場合、物流が止まったことによって工場が操業を止めたとしても、操業開始後に、フル稼働することで生産量を取り戻すことができる。これが第1,2次産業と3次産業の違いである。
※物理的な被害を受けて居る場合は、農業も製造業も宿泊業も同様。

こうした特性を踏まえ、ともかく、短期間で需要を戻すことを目的とした施策が「ふっこう割」である。

風評被害

つまり、「ふっこう割」は、物理的な被害は無いにも関わらず需要が張り付かないという場合に対する施策である。

これは、「ふっこう割」は、「風評被害」に対する対策であることを示している。

「風評被害」と言えば、東日本大震災は今でも大きな傷跡を残している。

東日本大震災では原発問題を避けて通れないが、今でも福島産の農作物について否定的な意見はネットを主体に流布されている状況だ。

しかしながら、農作物について放射能検査がなされており、科学的にその影響は見極められているということについて触れられることは少なく、実際、その認知度も低い。

否定的な意見を流す人達は、いろいろな情報を集め持論を展開させるものの、こうした自身の主張に「都合の悪い」情報には触れない。

つまり、科学的なデータだけでは納得しない人達はおり、その人達が取る言動が、供給側から見る「風評」となる訳だ。

リスク認知のタイプ

観光分野においてリスクをどのように認知し、行動するのかという事については先行研究が出ている(Segmenting Leisure Travelers by Risk Reduction Strategies) 。

この研究に寄れば、リスク認知は3タイプに分かれる。

※客層イメージや有効なツールについては、山田が追記

この論文は、香港人を対象としているため、そのまま日本に流用する事が出来るか否かは検証が必要だが、細かい比率はともかくとして、大きく3タイプに分かれるだろうということは類推できる。

仮に、この3タイプが普遍だとした場合、風評被害を引き起こすのは誰なのか。

そこに踏み込んだ先行研究は確認できていないが、「B.自主判断群」の一部と考えられる。この群は主体的に判断する(少なくても、本人はそう思っている)わけだが、前述のようにこの「主体的に」というのは必ずしも、科学的、客観的な判断ということではないからだ。

2つのデータ処理タイプ

色々なデータ、情報を主体的に取得し判断するのには、大きく2つのタイプがある。

一つは、できるだけ広範な情報を集め、その上で科学的、合理的、客観的に判断をしていくタイプ。ただ、残念ながら、日本人はこういうタイプは少ない(ように感じる)。変わって、多いのは、情報を広範に集めているように見えて、実は、あらかじめ自身が持っている主観(思い込み)を確認するために情報を集め、補強しているというタイプである。

一昔前であれば、情報はマスメディアを通じて提供されていた。この時代では、自身ではなく、参照しているマスメディアの論調が、自身の判断材料の源となっており、多くの人が「C.他者依存群」だったと考えられる。

その後、ネットメディアの隆盛に伴い、個々人で情報を集め、判断することが可能となったわけだが、タイトルを見てクリックする仕組みでは、自身がもともと関心を持っている内容を参照する機会が増えることになる。

「人間は自分が信じたいことを喜んで信じるものだ。」とは、ガイウス・ユリウス・カエサル
(『ガリア戦記』第3巻18)の言葉らしいが、ネットメディアは、この習性をさらに強化することに繋がる。

これを理論軸と感覚軸を置いて整理すると、上図のようになる。

例えば、「被災地は危険だ」と思っている人は、「すでに安全である」という情報は理論は通っていても、感覚的におかしいということになる(ポジションはB)。理論と感覚が矛盾した状態は気持ちが悪いのでAかCに向かおうとするわけだが、この際、感覚が優先されがちである。
となると、「被災地は安全である」という矛盾する情報はスルーし、「被災地は危険だ」という自身にとって都合の良い情報をネットから集中的に集めることになる。

結果、「すでに安全である」という理論が間違っているとしてポジションDをとる。
なお、これは、今でも危険だというのが真に正しい理論だと考えた場合の、ポジションAでもある。

安全と安心

少々、理屈っぽくなったが、理論と感覚の対立は、安全と安心の違いとして表現することもできる。

安全というのは客観的な事実であり、安心は各人が心の中で感じる主観的なものであるからだ。

安全か否かは事故率や犯罪率など、統計確率的に示すことができる。
一方、安心は各人がその状況に対してどう感じのか、守られていると感じるか否かという話である。その判断に対して「数値」は一定の影響を及ぼしうるが、数値だけでは決めることはできず、基本的には各人が経験的に持っている感覚が重要となる。

つまり、「安心」は、外部からの働きかけによって変えることは難しい。
観光分野で言えば、もともと初めて行く/回数の少ない旅行先には、一定の不安や緊張が生じることを考えれば、被災の記憶が新しい間に、新規客を獲得することは難しいと考えるべきだろう。

その意味で言えば、風評被害の根本的な対策は、それまでにどれだけのロイヤルティを獲得して来れていたのかということになる。

近場の需要が重要

ただ、ロイヤルティは時間をかけて構築して行くものであるから、天災が起きてからでは対応のしようがない。

そうした中、重要となる市場は「近場」である。

空間的に近い地域の人たちは、当然ながら現地の情報について「事実」を知っている。つまり、理論と感覚の矛盾は起きないし、安全と安心のギャップも小さい。復旧が進めば、その事実を問題なく自身の主観として整理できる。

つまり、風評とは無縁の世界にいる。

一方で、日帰り圏内であれば、これまで、よほどのことがない限り宿泊はしてきていない。地元の旅館の存在を知っていても、泊まったことがないという人はたくさんいることになる。

少し古い話であるが、ラスベガスが911の同時多発テロ時、マーケティング対象をこれまでの東海岸から(自動車でもアクセスできる)西海岸に広げることでさらなる発展に繋げたという事例もある。

また、九州のふっこう割、その前のふるさと旅行券でも、近場の需要は喚起されてきている。

被災後という期間は、そうした近場の人たちに利用してもらい、認知を高めてもらう期間と考えることもできる。

※「2県以上・連続して2泊以上」という条件付きの11府県ふっこう割は、遠方からの利用者に限られるため、近場需要の掘り起こしには繋がりにくいのは残念。

最後に

観光は、個人が生きて行くのにあたり不要不急の活動である。

災害発生の有無に関わらず、旅行に出かけるのか否かは個人の判断であるし、旅行に出かけるとしても、その旅行先の選択肢は非常に多い。

そのため、現地の状況を的確に把握し、論理と感覚に整合が取れていても「敢えて、今、そこには旅行しない」という選択肢もあることは認識しておくことが必要だろう。

また、観光客数は中長期的な傾向線に沿って推移する。

参考) インバウンド需要はバブルかファンダメンタルか

発災前までのトレンドは、発災後にも影響するということは、発災前に減少傾向にあった場合、発災後に復旧したとしても、その水準は発災前よりも低いものとなる。

そうした顧客の判断結果や中長期トレンドを無視し、全てを「風評被害」としてしまうと、対策も的を外したものとなって行く。

「ふっこう割」のような制度が定番化してきたことは、宿泊事業の安定性を高めることに大いに寄与すると期待する一方で、これに頼りすぎない事前の準備、リスクマネジメント体制の構築も重要であろう。

 

Share