時給$20台での攻防
2018年10月8日。米国ハワイ州でホテルの従業員(ハウスキーパー)が賃金アップを要望して、ストライキを実施。経営者側との調整がつかず長期化したのですが、約二ヶ月をへて11月27日にストライキは収束しました。
このストライキ、労働者側は、当初「$3」の時給アップを要望しておりましたが、最終的には「今後、4年間で約$6をアップする」ということで決着しました。
で、もともとの平均時給はいくらだったのか?というと、前述の英語記事中にあるよう$22とのこと。
つまり、平均時給$25へのアップを要望していた事になります。
これが初年度、$1.5+α上がり、次年度に$1、2020年には更に$1.76、2021年には$1.44上がり、最終的に約$28となる見込みです。
1日の労働時間を8時間、年間の労働日数を220日とすると、年収は$22で$38,720、$28だと$49,280となります。$1を113円とすれば、それぞれ438万円、557万円となります。
日本の全産業での平均年収は422万円です。宿泊業・飲食業だと234万円。
ハワイのハウスキーパーは、日本人の平均年収を上回るだけでなく、同業であれば倍近い水準にあるという事になります。
実際には、フルタイムで働くわけではないでしょうから、年収ベースで、そこまでの差とはならないとしても、彼我の差は大きいことは否定できません。
以前、「観光で稼ぐ 〜沖縄とハワイの比較で見える事」で整理したように、ハワイでは労働生産性は右肩上がりで上がっています。今回のストライキは、高まる生産性がもたらす給与アップでも追いつかないくらい、物価が上がっているという問題が背景にありますが、観光消費が増えても労働生産性が高まらない日本よりは、真っ当な経済構造を持っていると言えるでしょう。
マカオに行けば4倍
観光をはじめとするサービス需要が増えても、それが労働生産性アップに繋がらず、結果、賃金差が広がっているという指摘は各所で出ています。
「板前」は、特別な技能を持った人だから…という話はあるでしょうが、このコラムでも指摘しているように、1人あたりのGDP差が広がり、「ちょっとしたお店で夕食を食べると、料金が1万円近くになるのはごく普通のこと」という指摘を考えれば、特別な人の特別な話と考えるのは危険です。
例えば、ハワイのワイキキでは、ランチのパスタに$36のプライスタグがついています。これだけでもすごい価格ですが、米国なので、これに20%くらいのチップが加わります。で、このチップは、基本的にウェイター、ウェイトレスの収入になります(分配方法は店によっても違う)。となると、パスタを1つサーブすれば$7の収入が加わる事になります。仮に、1時間で10皿サーブしたら、それだけで$70です。
なお、ワイキキなら誰でも高給という訳ではありません。
例えば、ワイキキでもファーストフード(マクドナルド)は日本よりも高いけど「ユニバーサルな価格」であり、従業員の時給も$11スタートと、東京とそう変わりません。ファーストフードなので、チップも無し。
つまり、同じワイキキでも、高給ホテルのハウスキーパーと、マクドナルドのスタッフの時給が倍近くあるという事です。
これは、サービスの提供価格が、労働生産性に連動し、時給へ反映されるという事を物語っています。
人手不足の解消には選ばれる必要がある
入管法が衆議院を通過し、ホスピタリティ業界では、人手不足への期待が盛り上がっています。
しかしながら、海外の人材にとっても就労先を選ぶ権利はあります。
外国に「出稼ぎ」にいく事情があるとしても、日本ではない他国に行けば、より高い収入が見込めるのでれば、そちらを選ぶのが自然でしょう。
入管法を改正すれば、海外から人手がどっとやってくるというのは、日本は経済大国であり、日本の人件費は相対的に高額であるという認識に基づいています。しかしながら、製造業はともかく、サービス業、それもホスピタリティ業/宿泊業においては、むしろ相対的に低い位置にいるというのが日本の実状です。
日本の宿泊業を就労先として考えてもらうためには、報酬を増やすことが必要であり、そのためにはサービス価格のアップが必要。つまり、高付加価値のサービスを提供できるようにしていく必要がある訳です。
ただ、供給と需要はセットです。高額で高付加価値のサービスが成立するには、可処分所得の高い顧客が必要です。
求められるサービス経済への対応
「量か単価か」で整理したように、人手不足の中で、労働生産性を向上させていくためには単価を目指すべきであることは、ほぼ自明です。が、実際には客数を狙ってしまうのが実状です。この背景には、日本の観光がホスピタリティ産業ではなく人数が売上に直結する観光産業主体で行われてきたという事情もありますが、日本国内の所得分布が低所得側が厚くなってきている事に加え、低価格帯の方が利益率が高いという事実があります。
端的にいえば、日本の所得構造の中で、個々の企業が個別最適をしていく限り、単価アップには繋がりにくく、報酬増にも繋がりにくいという事です。
特に、90年代後半以降、景気が低迷し、デフレも顕在化、有効求人倍率も低迷する中で、労働賃金は低下を続け、そうした「人手」を中心においた労働集約事業が発達することとなりました。
これに対し、海外では、ITの進展や、それをベースとしたサービス経営学の進展の波に乗り、マリオットグループのような巨大なホテル事業体を形成するに至っています。
この差は、海外では労働組合が企業別ではなく、業界別(産業別)で組織されていることが多いということもあるでしょう。冒頭で紹介したハワイの例も、一つのホテルではなく、ホテル群での対応であったことは、その好例です。そのため、仮に海外からの労働者であっても安価に雇用するというのは「やりにくい」構造にあります。なぜなら、より安価な労働者が入ってくることは、自身のポジションが脅かされる可能性があるため、産業別労組として反対の立場を取るためです。
サービス経済化の流れは、90年代以降、世界規模で生じています。この20年間の対応方法の違いが今日の差を招いていると考えることもできます。その意味で、バブルの崩壊は、最悪のタイミングであったとも指摘できます。
東アジア市場の勃興という好機を、産業構造の変革に繋げ、サービスで稼げる社会としていけるのか、正念場を迎えているのではないでしょうか。