HTAへの逆風

日本版DMOにおいて、海外のロールモデルの一つとして取り上げられることの多い組織にハワイ州の政府観光局「HTA」があります。

90年代半ば、激減する日本人観光客と撤退する日本資本(=バブル崩壊の余波)という厳しい状況の中、宿泊税を増税し、増税分を原資としたHTAを創設。合わせてワイキキの大規模リノベーションに取り組み、数年で競争力を回復。というのは、日本の観光リゾート地にとって、大いに参考になる事例でしょう。

  • 余談ですが、日本には、HTAというマーケティング/ブランディング部隊の創設だけが強調して伝えられ、平行実施されていたワイキキでの大規模リノベーションについては、ほとんど触れられることが無いのは残念だと思っています。

それはさておき、そのロールモデルとも呼べるHTAが、現在、非常に厳しい状況に置かれています。

そもそも、宿泊税の増税分をHTAへという話で始まったものの、その約束は数年で反故にされ、キャップを被さられることになっています。それ以降も、宿泊税の税収は増大していますが、それは一般財源に投入され、HTAの予算は増えていません。

参考) ハワイで宿泊税を更に増税か?

これは、約束違反だ!と騒ぎ立てるに足る状況だと思いますが、逆に、現地では、HTAへの風当たりは、どんどん厳しくなって行きます。

端的にいえば、予算執行が緩すぎるということが追求され、結果、予算の大幅カット、トップの交代という事態となりました。

キャップがかけられた状態でありながら観光振興に貢献し、税収を伸ばしてきた(=消費額を伸ばしてきた)にも関わらず、その予算執行体制にケチがついたのは、皮肉なことに、観光振興がうまく行き過ぎたということもあるようです。

これには2つの面があると考えています。

まず、限定された予算でもパフォーマンスを発揮できるなら、もっと、削減したって大丈夫じゃない? 予算使い過ぎでしょう?という感覚。
もう一つは、観光振興の結果、物価上昇や、観光客と住民とのハレーションに繋がってきているという指摘です。

もともと、ハワイ州は財政的に恵まれた状態にはなく、宿泊税は重要な財源となっています。が、政治的には観光以外にも多くの政策課題があり、まとまった金額であるHTA予算の再配分を望む人が少なくないだろうということは、容易に想像できます。
これは、日本でも、かつて道路特定財源が槍玉に上がったことや、「事業仕分け」とか「埋蔵金」とかが叫ばれたことがあったことと同じです。

とはいえ、そもそもの導入経緯や、納税者(ハワイの場合は宿泊事業者)の受益と負担の関係から、単純に、鉈を振ることはできない。

そこに浮上したのが、いわゆるオーバーツーリズム問題です。

HTAでは、ローカルの文化や自然にフォーカスしたブランディングを展開しています。これは、今日的な観光需要にマッチしたものであり、ハワイ観光の再生に大きく寄与する取り組みであったといえます。

しかしながら、ローカルに焦点を当てるということは、ローカルのコミュニティに多くの「観光客」が侵入してくるということになります。しかも、現在は、ネット社会ですから、人々は、インスタグラムでスポットを知り、グーグルマップで道を確認し、レンタカーで移動し、どこでもグイグイ入って行きます。結果、普通の住宅の軒先をぞろぞろ人が歩いて写真を撮られたり、路上駐車が横行したり、隠れたスポットだったところに多量の人が訪れたりということが起きて行きます。人によっては、危険とされるスポットに侵入し、事故に遭う場合も出てきています。

こうした状況においてHTAは、「レスポンシブル・ツーリズム」という概念を提示し、観光客自身にハワイ文化、コミュニティ、自然環境に対する知識と責任感を持ってもらい、自律的な行動を促そうという取り組みを初めています。
オーバーツーリズムに対して、こうしたカウンターを充ててくるところは、さすがノウハウを持ったHTAだと言えるでしょう。

ただ、HTAだけでは対応のできない領域にもハレーションは広がってきています。
それは物価上昇です。
観光客の流入と、消費単価向上の取り組みは、物価の押し上げに繋がって行くからです。

すでに不動産価格は急騰しており、賃貸料金も高騰。食料品なども移入への依存度が高いため、一般の物価も上昇して行くことになります。絶対的な賃金は、日本より高い状態にありますが、それを上回るペースで上昇する物価上昇の中、経済的なフラストレーションも高まる傾向にあると考えられます。

観光によって地域振興を行うには消費単価を増やすことが重要。しかしながら、「地域」を対象とした観光の場合、消費単価を増やしていけば、それは地域の商品サービスの価格上昇となり、物価上昇を引き起こすことになります。

  • 一方、ディズニーランドのように、クローズされた施設内で展開される観光の場合、物価上昇は施設内に限定されますから、こうした問題は起きにくいと考えられます。
  • クローズな観光施設は「時代遅れ」とみなされることが多いですが、オーバーツーリズムに関する影響を地域に波及させないという効果があることは再考しても良いでしょう。

住民の所得向上が、その物価上昇に追いついていけば無問題ですが、そのリンクが作れなかったり、遅延することになると、地域を豊かにするはずの観光振興が、地域を住みにくいものにして行くことになるというのは、大きな矛盾でしょう。

求められる総合的な視点とミクロへの対応

ハワイが直面している問題は、色々な要素が絡み合ったものであり、純粋に観光領域だけの問題とはいえません。ただ、地域の文化や自然環境を武器に、観光産業(ホスピタリティ産業)が地域の基幹産業となっていく場合に生じて行く問題でもあると考えておいた方が良いでしょう。

従来、観光の地域に対する効果は、経済波及効果などで示されてきました。

ただ、ハワイが直面している現場からは、経済波及効果だけでは住民(や議会)の理解を得るのは難しいということも見えてきます。

かつてニューヨークのタイムズスクエア地区の再生時、NYCは公共住宅を作り、それを(まだメジャーデビュー前の)劇団員に優先的に賃貸することで、人材を呼び込み、劇場街としての再生につなげて行きました。つまり、住宅政策を産業政策、都市政策と連動させたことが成功のきっかけとなったわけです。

「地域」を対象に、ホスピタリティ産業を振興して行くためには、ホスピタリティ産業だけに注目するのではなく、そこで働く人たちや、周辺に居住する人々の生活にも目を配り、各種の政策を連携させ、総合的に取り組むことが重要でしょう。

その上で一つ一つの施策は、地域住民や議会が、その効果をリアルに感じるように個別具体に展開し、そのプロセスや成果を共有して行くことで、地域での観光に対する意識を高め、観光政策への支持を取り付けて行くことが重要である…といったことをハワイの事例は伝えてくれているように感じました。

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