私は、複数の地域で宿泊税導入/入湯税嵩上げ(超過課税)に関わっているが、その議論、検討過程において出される意見・質問について、少し整理しておきたい。なお、基本的に市町村レベルを対象としているので、県レベルの場合は適宜読み替えが必要となる。
Q1.既存の地方税で対応できないのか
市町村の地方税は住民税と、固定資産税の2本柱となる。
そのため、観光が振興され従業員が増える/給与が増える、または、旅館などが設備投資をすることで税収は増大する。これらの税収によって対応できないか?という質問となる。
原理的にはそのとおりなのだが、実は、これは成立しない。
なぜなら、ほとんどの市町村は、自身の地方税だけでは必要な歳出額は確保できない状態にあり、差額が国から交付税として補填されているからだ。そのため、地方税が増えた場合は、交付税は減ることになる。よって、仮に、観光振興によって住民税や固定資産税が増えても、当該の市町村として使える金額が増えるわけではない。
Q2.観光に注目するなら観光に傾斜配分すべきではないのか
観光を地方創生の核、柱とするのであれば、行政は、観光分野に支出を傾斜配分するという政治判断があっても良いのではないか?という質問となる。
これも経営という視点で考えれば当然の意見であるが、実態としては、難しい。
交付税の算定基準となる「必要な金額」は、基準財政需要額と呼ばれるが、これは基本的に人口規模によって設定される。現在、多くの市町村は長期的な人口減少が予想されているから、基準財需要額も長期的に減少していくことになる。
さらに、市町村の歳出項目の大部分は義務的経費(人件費、扶助費、公債費など)で占められており、大幅な削減は難しい状況にある。ただ、このままでは破綻してしまうため、削ることが難しい人件費を削減したり、公共施設の統合、民間への開放といったある種のタブーに取り組みつつあるのが現状だ。2019年度からはじまった水道事業の民間開放も、その延長線上にある。
こうした状況において、観光政策への支出を増やすことは、かなり厳しいだろう。
例えば、「地域の将来のために観光政策が重要なので、小学校を統合して/公立病院を縮小して/市営グランドを閉鎖して費用を確保させてください」といった話がまとまる地域は無いだろう。
むしろ、観光政策の経費こそが「無駄」として削減対象ともなり得る。
Q3.国からの支援が得られるのではないか
地方創生、観光立国という大きな国レベルの政策の流れがあり、国際観光旅客税(いわゆる出国税)も導入されたのであるから、観光に取り組む地域には特別な支援がえられるのは?という質問となる。
確かに、国は観光に対して手厚い支援を展開するようになっている。しかしながら、どの地域のどういった政策を支援するのかを決めるのは国であり、地方ではない。そのため、地方にとって、安定的な財源とはなりえない。
また、地方は、国の方針が出てから、その獲得に向けた動きとなるため、どうしても後追いとなってしまう。事業期間も限られており、中長期的に取り組むべき観光政策とは相性が悪い。
さらに、国からの支援を得る際でも、地方側は、50%程度は負担することが一般的である。こうした「裏負担」を用意できなければ、支援を受けることができない。つまり、外部からの支援を得るとしても、自身の財源問題は絡んでくることになる。
Q4.民間が独自にファイナンスすればよいのではないか
税金という形で、行政が調達するのではなく、民間事業者で会費などを出し合い、独自に対応した方が効率的/効果的なのではないか?という質問となる。
これは、一つの方法であり、地域によっては有効な方策でもある。ただ、いくつかの問題もある。
例えば、観光振興が進み、内外から注目されるようになると、観光客だけでなく、外部から資本も入ってくることになる。いわゆる外資と呼ばれるものであるが、こうした新規参入事業者は、必ずしも地域コミュニティには参加しない。一方で、地域において民間事業者が協働して進めてきた取り組み成果にはただ乗り(フリーライド)することになる。
徴収についての強制権が無い会費や協力金では、こうしたフリーライダーに対抗することは難しい。
こうした将来的なリスクを、どのように考えるのか?ということが、判断の分かれ目となるだろう。
また、観光地の整備は、公共の領域にも及ぶことになる。例えば、公園や道路といった公共インフラは行政の領域であるし、観光案内所やホールといった施設は公共所有であれば固定資産税はかからず維持できる。
民間のファイナンスだけでは、こうした領域へのアプローチは難しい。PPP/PFIを応用することで対応可能ではあるが、その場合でも行政側にも一定規模の財源は必要となるし、官民の密なパートナーシップが重要となる。
Q5.なぜ、今なのか?
地域において、観光事業者は、これまでも観光事業を営んできたが、それに対して必ずしも行政は支援をしてはこなかった。なぜ、今になって、観光政策に取り組み、財源が必要と言いだすのか?という疑問だろう。
これについては、各地の事情もあるので、一概に整理できないが、行政の立場から見て、最も大きい理由は「人口が減ることを前提とした対応が必要になった」となろう。これまで、基本的に、どの自治体も人口を増やすことが政策目標であった。が、日本の総人口が減る、それも世紀単位で減るという状況になった現在、人口減少を前提とした政策立案が必要となっている。
もちろん、全体が減ることと、自地域の人口とは別の事象であるが、パレート分布を考えれば、人口を増やすことができるのは2割程度に留まるから、その2割に入り込む見通しがなければ、人口減少を前提とした対応を取ることが合理的だろう。
その中で、インバウンド観光の進展もあり、交流人口による地域づくりを目指そうというのは、一つの選択肢となる。
が、前述のように市町村の財政規模は、基本的に定住人口の規模に比例するから、交流人口を対象とする観光政策に投入できる原資確保は難しい。
Q6.他の地域ではやっていない
宿泊税導入や入湯税嵩上げの取り組みが増えてきたといっても、その数は限定されている。別に、自地域で対応しなくてもなんとかなるのではないか?という疑問だろう。
これには、インバウンド観光時代になると競争環境が変わるということが関わってくる。
これまでの国内需要中心の状況においては、まず、人口集積地(関東、中部、近畿)からの距離によって、基本的な集客数が規定されていた。例えば、草津や有馬、別府といった日本を代表するとされる温泉地であっても、それぞれの集客圏は時間距離にして2〜3時間程度で、大半を占めてきている。その中で集客増をはかるわけだが、その競合先も同様に国内の地域となる。国内地域であれば、行政の財務状況は同様であるし、集客に関わるステークホルダー(交通機関や旅行会社、広告代理店など)も同様である。そのため、A地域がやったことは、B地域でも(多少の工夫は必要でも)実施することが可能だった。
しかしながら、国内の人口が長期的に減少する以上、交流人口といっても国内市場に依存した形では先がない。交流人口による地域づくりを、今後、何十年にも渡って展開していくのであれば、インバウンド客を取り込むことは必須である。
インバウンド客が対象となれば、競合先は世界に広がる。サービス経済化の中で、今や、観光は世界中で注目する産業であり、世界中の都市やリゾートが、その振興にとりくんでいる。そうしたところと肩を並べ、競争をしていくためには、投入可能な経営資源量を増やすことが必要となっていく。
国内他地域が行っていなくても、海外の競合先が行っていたら、同じスタートラインには立てないことになる。宿泊税による原資獲得は、そのスタートラインに立つための資金となる。
Q7.なぜ、宿泊客だけが負担するのか
観光客から、観光振興財源を得ることが必要だとしても、観光客には日帰り客もいる。また、地域住民だって一部の観光サービスは利用している。そうしたところをカバーせず、宿泊客だけに負担させるのは不公平ではないか?という指摘だろう。
この指摘も「そのとおり」でもある。実際、宿泊行為を課税客体とすることは絶対ではない。太宰府市のように駐車行為に課税することも、乗鞍のように入域する自動車に課税することも可能である。海外であれば、リフト券に課税している事例もある。
何を課税客体とすべきなのかについては、地域の状況に合わせて検討していくことが必要だろう。
ただ、離島や山岳のように進入ルートが限定されている場合はともかく、多くの地域では、日帰り客を行政が補足し課税することは極めて困難である。日帰り客はいろいろなルートで進入してくるし、仮に関所のようなものを用意できたとしても、通勤通学者や、地元住民の買い物需要などを区分するなど、その実施にあたっては、複雑な対応が求められるからだ。
また、税額設定においては受益に応じた負担をする応益と、金銭的な負担可能額におうじて負担する応能という考え方がある。通常の観光地の場合、日帰り客の滞在パターンや、個人属性は非常に多様であるから、応益も応能も一律的な設定が困難である。
その点、宿泊客であれば、宿泊施設は特定可能であり、宿泊するという行為に伴う応益と、宿泊費を負担できるという応能の双方から検討可能となる。
そうした検討の結果、海外を含め、宿泊行為を課税客体とする税制が一般的となっている。
Q8.価格を上げたら客が減るだろう
市場は、価格コンシャスであり、自地域だけが価格が上がれば競争上不利になってしまう。それは本末転倒ではないか?という指摘だろう。
これについては、宿泊税を利用した観光政策が、どこまで地域の競争力を伸ばすことにつなげていけるのかということに関わってくる。
宿泊客は、宿泊先を選ぶことができる。その際、100円でも200円でも価格が高くなるのであれば、他の場所を選ぼうという考える人も出てくるだろう。これは否定できない。
一方で、価格競争に陥るということは、競合先との間に差別化ができていないということでもある。選択的に旅行先を選んでいる人から見れば、(多少の金額差であれば)自分が行きたいと考えるところを選択するからだ。宿泊税を利用した取り組みとして指摘されることの多いマーケティング/ブランディングというのは突き詰めれば、価格競争に陥らないための取り組みである。
さらに言えば、これまでの国内市場を主体とした競争環境においては、競合先も同様の資質をもった地域であるため、特徴的なターゲッティングや、差別化は難しかった。しかしながら、インバウンド客を対象とする場合、宿泊料金が旅行費用に占める比率は限定的であるから、宿泊施設だけが価格調整を行っても価格競争力を得ることは難しい。
価格競争を上回るブランドを持つということは、容易に達成できるものではない。当然、宿泊税があれば、原資があれば達成できるというものでもない。ただ、原資がなければ達成しないものでもある。
今後とも、価格競争を主体とした従来型の受動性の高い対応で行くのか、それとも、インバウンド観光時代を見据えて、リスクをとって主体的にブランディングに取り組むのか。どちらの選択をするのかは地域の判断であり、官民での協議が必要である。
Q9.入湯税や特別地方消費税の二の舞になるのではないか
観光振興を目的とした目的税であれば入湯税がある。また、以前は、特別地方消費税も存在していた。しかしながら、それらの税は、実際としては一般税として利用されてきている。ここで宿泊税が導入されたとしても、同じことの繰り返しになるのではないかという指摘であろう。
これは深刻な問題であり、議会が最終的な使途決定を行う以上、宿泊税が、その二の舞になる可能性は否定できない。
しかしながら、従来は、地域にとって観光はオプションであったのに対し、現在の状況においては、観光を地域振興の柱にするのであれば、交流人口が増えなければ、結局、地域は破綻する状況にある。
国際的な視野の中で、地域の競争力を高めていくような活動に宿泊税を活用できれば、中長期的な地域振興が可能となり、また、宿泊税という税収も持続的に確保される。
一方で、自由に使える財源ができたとして、近視眼的な対応を行えば、地域の価格競争力を落とし、産業だけでなく地域も疲弊していくことになる。
宿泊税は、地域振興の生命線となる財源であり、賢く使っていくことが重要であるという認識を行政だけでなく議会も含め認識し、官民のパートナーシップを核に利用していくことが必要である。
そうした対応が担保されない場合は、残念ながら、過去の二の舞となる可能性は否定できず、慎重な議論が必要となる。
Q10.使途を明確にして必要な金額を示すべきではないか
税収が必要だというが、通常は「こういう事業が必要である」ということについて了解を取り、その上で「これを実施するにはいくらかかるのか」「その獲得方法はどういったものがあるのか」について検討するものであろう。そうしたものが定まっていないのに税金議論をするのはおかしいのでは?という指摘だろう。
民間の資金調達方法で考えれば、その通りである。しかしながら、行政の場合、資金調達手法は硬直的であり、事業に合わせて資金を調達する(税収を変える)ということが難しい。
また、観光を取り巻く環境は、短期間で大きく変化していく。例えば、今から5年前はインバウンドが「爆買い」によって注目を集めていた時期だし、その5年前はインバウンド自体は希薄で、リーマンショックによって国内需要も激減したところであった。今年になって、外国人就労のハードルが大きく下がったし、来年にはオリパラが来るし、そのあとには万博もやってくる。その頃にはどこかにIRが出来ているかもしれない。
つまり、「インバウンド観光を軸にした観光振興」といった目的は設定は出来ても、具体的に、どんな事業を行うのかということは、その時々に考えていく必要がある。
このように観光政策のファイナンスについては、事業を積み上げることで、いくら必要なのかというプロセスは適切ではない。むしろ、いくらなら確保できるのかという視点から額を設定し、目的達成には、その原資を、どのように配分するのかということを、環境に合わせて考えていくということが重要である。
もちろん、その議論の前提は「官民挙げてインバウンド観光自体に対応していく」という合意があることだ。